第114話 第一試合 アルスvs魔官ホド 下
魔官ホドと、アルスの戦いが始まった。
防具や武器を持たない敵に、アルスも同じく素手で挑んでいた。
その表情は怒りに染められており、一撃でホドを仕留めると宣言していたが実力の差はそう簡単に埋められるものではなかった。
すばしっこく闘技場を飛び回るホドを目で追うのがやっとなのか、一撃どころかアルスは手も足も出せない状態だった。
消えては現れ、消えては現れるホドの重い打撃をアルスは受け続けていた。
地面を転がり、額から血を垂らしながら、それでも彼は立ち上がった。
「おいおい! 熱り立って宣伝した一発はどうしたんだよ!? まだまだコッチは本気も出してねぇんだぞ!!」
飛びあがったホドの回し蹴りがアルスの顎に食い込んだ。
踏ん張ろうとするアルスに容赦のない攻撃が繰り返される。
試合と呼ぶには、あまりにも一方的だった。
地面に倒れ込んだアルスの腕を踏みつけ、ホドは舌なめずりをした後にこちらを見上げてきた。
「てめぇが餓鬼なんか出場させるから、こうなんだよッ!」
ボキッ!
ホドは踏みつけた腕を、躊躇いもなく折ったのだ。
「ぐああああああああああ!!!」
アルスの痛々しい声が闘技場を響きわたった。
大切な弟子が目の前で
魔導書を手に取り、試合に割り込もうとしたがボロスに遮られてしまう。
「ロベリア様、冷静になってください。結果はまだ決まっておりませんよ」
「あれを見せられて……黙っていられん。今すぐ、あの魔官を……」
忌々しく魔官ホドを睨みつける。
それを感じ取ったのか、一瞬だけホドがビクつくのが見えたが、すぐにいつもの舐め腐った表情でこちらを見上げてきた。
「いつもの貴方らしくもない……エリーシャ嬢に仰ったことを、もうお忘れなのですか?」
―――あの二人を信じてくれ。
ボロスの言葉に、少しだけ揺らいだ。
この試合を中断したらアルスは、負けただけではなく師匠の手を煩わせてしまったことで責任を感じてしまうかもしれない。
弟子を辞め、俺たちの目の前から消える可能性も。
考えすぎかもしれないが、そんな気がしてならない。
信じて、戦いを最後まで見届ける。
試合が開幕する、ずっと前から覚悟していたじゃないか。
怒りを抑えながら、魔導書を懐にしまう。
「ご安心を。彼なら勝てます……きっと」
澄ました顔で言いながらも、ボロスの手が小刻みに震えているのが見えた。
骨を折られ、片方の目を潰され、全身が痣だらけになってもアルスは立ち上がった。
戦意喪失した表情を浮かべることもなく、強い眼差しをホドに向けたままだった。
観客席から試合を中断するようにと声が上がっていたがアルスが『まいった』を口にするか『気を失う』まで戦いは終わらない。
「ただの餓鬼だと思っていたが打たれ強いほうなんだな。俺の連撃を受けて立っていられた人族とは、あまり会ったことがなかったんで正直驚いたぜ。だけど、俺に傷一つ負わせることができない時点で……あの傲慢の魔術師と同様に虫ケラも同然なんだよ!!」
高く飛びあがったホドは片足を大きく振り上げ、そのまま急降下。
魔力の込められた踵落としが、アルスの脳天に叩きつけられた。
アルスの体を中心に、闘技場の地面に亀裂が走る。
地震が発生するほどの破壊力に耐えきれるはずもなく、白目を剥きながらアルスはそのまま倒れ――――
「…………師匠を……侮辱すんなって……忠告したはずだ……」
頭部から大量の鮮血を流しながら、踏ん張った。
信じられない光景に、誰もが息を飲んだ。
有り得ない。
全力ではなくても魔官の魔力の込められた打撃を生身で受けたのだ。
普通の人間ならば、立っていられずはずがない。
「ホド、遊びは終わりじゃ。ささっと楽にしてやれ。誇りの高い魔官ならば……今すぐに」
観客席から立ち上がる、魔王ユニの姿が見えた。
いつもの、おちゃらけらた雰囲気はなく至って真剣だった。
「黙れ! 俺はなぁ、最初からテメェなんざ魔王に認めた覚えはねぇんだよ! 俺が心を許し、剣を振るうのは初代魔王様の為だけだ! 誰が、甘っちょろい餓鬼に頭なんか下げるかよ!」
彼女の命令を聞き入れるどころか、苛ついた声を張り上げていた。
ホドは初代魔王シオンを崇拝していた幹部の一人なのだ。
魔王ユニに仕えることを不服に思いながらも感情を押し殺し、初代魔王の目指そうとした世界の支配を実現させようとした。
ところが魔王ユニの思想は絶対的な支配ではなく、平等そのものだった。
戦争に勝利したとしても彼女は敵対する人族も平等に扱おうというのだ。
魔王軍幹部、魔官ホドには認められない考えだった。
「そんなにトドメを刺して欲しければ、この餓鬼を殺してやる! テメェもだロベリア・クロウリー! 偽りの善行で築き上げた、この国も……何もかもをぶっ壊してやる!!」
ホドの周囲を、赤い胞子が漂っていた。
魔王に与えられた力を覚醒させるつもりだ。
これでは闘技場にいる人々も巻き込まれてしまう。
魔力障壁を展開させようとしたが、遅かった。
空間を歪めるほど加速したホドが、アルスへとあと数歩のところまで近づいていた。
「……師匠……二人の力……借りるぜ……」
アルスは巻いていた包帯を取り外した。
黒魔力によって痛々しく侵食された『腕』が曝される。
(この感覚、まさかアルスの奴……)
アルスの腕には今もなお、黒魔力が宿っていたのだ。
速度を倍増させたホドの動きを、アルスは捉えていた。
拳を握りしめ、体内に流れる『竜の血』をも解放。
全力で踏み込む、ホドを迎え撃つ。
「【
魔官の最強奥義が放たれる。
迫りくる超質量の技を眼前にして、アルスは拳を振るった。
閃光が二つが衝突すると、爆風が発生した。
岩盤が割れ、砂埃が闘技場に舞い上がる。
誰もが、結果を確認する中。
魔王ユニだけが不敵な笑みを浮かべていた。
彼女のすぐ傍らには、観客席にまで吹き飛ばされたホドが倒れていたからだ。
顔面が陥没。
腕と足の関節があらぬ方向に曲がっていた。
意識もなく、試合の続行ができない状態だった。
宣言通り、一発で仕留められたのだ。
闘技場の真ん中には、満身創痍になりながら魔王ユニへと指をさしているアルスの姿があった。
「第一試合、勝者! アルスです!!」
実況が声を張り上げるとともに、会場にワっと歓声が沸き上がった。
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