最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載中》

第52話 帰ろう

　エリーシャが目を覚ましたのは、その後すぐだった。

　漁船に乗っているらしく、周りには何処かを心配そうに眺めている理想郷の戦士面々がいた。

(あれ……何があったのか思い出せない)

　ロベリアに薬を飲まされた後の記憶がない。

　それよりも周りだ、一体何を見ているのかと起き上がり周りが視線を向けている方向を見た。

　そこには沈没を始めている英傑の騎士団の船『ブレイブギア号』と、それと同じぐらい大きい、禍々しい巨大な門が宙に浮いていた。

　膨大な魔力が、船から次々と込められている。

　術者が誰なのか、この後エリーシャはすぐに知らされた。

　ロベリアの黒魔術であることを。

　あれはロベリアだけしか使えないはずだ。

「……ロベリアは、どこ？」

　漁船に、彼は乗っていなかった。

　みんなの視線の先にある巨船は沈没を始めていた。

　先ほどまで、自分とロベリアはあの中にいたのだ。

「エリーシャ殿……」

「ユーマさん、ロベリアは何処にいるんですか？」

「まだ船に残っています」

「……そんな、戻らなきゃっ」

「駄目です」

　真実を告げられ動揺するエリーシャにユーマはきっぱり言った。

「ロベリア殿は、貴方の安全を何より望んでいます。引き返すわけにはいきません」

　ユーマも内心、引き返したいと思っていた。

　しかし命令を受けた以上は引き返すことが、彼にはできないのだ。

「やだっ！　あのままじゃロベリアが死んじゃうっ！」

　エリーシャはよろけながら立ち上がり、海に飛び込もうとした。

　すぐ傍にいたアルテナは、とっさにそれを止める。

「離してっ……！　離してよっ！！」

　押さえつけてくるアルテナに、エリーシャは泣きながら懇願する。

　悲痛な声が、海に響く。

「いやああああああっ！！」

　それはまるで、叫び声のようでもあった。

　―――――

　燃え盛る、広間の中。

　俺はエリオットと向きあっていた。

　斬りつけられた腹、背中が痛い。

　それでも、まだ動ける。

　まだ戦える。

　船の外で、まだ完成していない【虚構獄門（サムシング・イン・サイド）】に魔力供給をしながら、この戦いでまだ利用できる量の魔術を込める。

　目の前にいるエリオットも『神装グラディ・スイッチ』を構えた。

　何故、奴はあんなにも余裕なのか。

　ここで勝ったとしても逃げ場はない、船が沈めば終わりだ。

「……」

「……」

　バチバチと燃える音、焦げる臭い。

　鉄の味、針に刺されたかのような痛み。

　残された時間はない、一撃で奴を無力化することに専念しろ。

　魔力を右腕に集中させ、風を生み出す。

「はああああああ！！」

「おおおおおおおお！！！」

　床を蹴り、互いの距離を詰めた。

　最初で最後の正面衝突だ。

　エリオットが剣を振り下ろしてくる。

　尋常ではないほどの速度。

　ラインハルの右腕を名乗るほどのことはある。

　俺も残り少ない力を全身全霊、振り絞ってみせた。

　―――そして遂に、二つの閃光が交じり合った。

　片方が、血を吹き出しながらドサリと倒れる。

　やはり実力の差は埋められない、必然的な勝利なのだ。

　俺は、両足を切断したエリオットを見下ろしながら思った。

「ぐっ……あああ！！　足がぁあああ！！？」

　鼓膜を震わせるほどの叫び声に、俺は顔をしかめた。

　そして奴に、ゆっくりと近づく。

　それに気が付き、顔面蒼白で逃げようとしていたが遅い。

　まるで芋虫のように苦しみもがくエリオットの腹を踏みつけ、右手で形成した風の刃でさらに足を細切れにしていく。

「ぎゃああああああっ！！！　やめっ！！　ごばぁっ！！！」

　あまりの痛さで嘔吐するエリオットの顔面に蹴りを入れる。

　叫び声は、そうしてようやく途切れた。

　これなら、もう動けやしないだろう。

　虚構獄門は、もうじき発動する。

　範囲は、この船全体だ。

　俺が死んでしまった場合を想定して、発動を自動的にしている。

　一時中断する方法がないため一刻も早く、この船からアルスと脱出しなければならない。

　俺はアルスの元まで行き、容体を確認する。

　息はしているが、まだ意識を取り戻していない。

　死ななくてよかったと、安堵するにはまだ早い。

　このまま脱出できなければ本当に死んでしまう。

「ぐっ……それでも、傷が……」

　懐から取り出した回復薬を飲む。

　それでも神装の傷となれば聖剣と同様に、直ぐに治りはしない。

　血も大量に流してしまっているため、意識が朦朧としてきた。

　だが諦めはしない。

　俺の一番の目的は死なないことだ。

　自身を奮い立たせ、アルスを背負う。

「帰ろう……みんなの理想郷（ところ）に」

　小さく呟きながら、一歩踏み出す。

　だが、何かが騒がしい。

　そう思い振り返ると、そこには――――