第147話 女子会
荒野だけが続く乾燥地域ばかりの人魔大陸を数年間移動してきたからこそ、この国だけがこの大陸において異端な存在であることを理解していた。
建物と建物を結ぶ渡り廊下から広大な街を眺める。
ここが首都クロウリー、勇者が放棄した町を傲慢の魔術師が都市にまで発展させた、行き場を失った者たちの理想郷。
北の方には自然豊かな深い森、やや離れた場所には農地が広がっており、街の中央には王都などの都会でしか見たことのない壮麗な建築物や公共施設がいくつも建てられていた。
そこを獣人、エルフ、リザード、ドワーフ、様々な種族が行き来している。
とくに中央市街地から一番近い位置にある商業区”メインストリート”が賑わっていた。
室内だけではなく屋台や露店が立ち並んでおり、食べ物や服、アクセサリーや骨董品、他にも見たことのない物が色々と売られていた。
「ここが行きつけのお店なんだけど、ディミトラさん居るかな?」
「あの、服屋はあっちの方に沢山あったけど、なんで洋裁屋に来たの?」
連れてこられたのは裏通りにある小さなお店だった。
なんか屋根に穴が空いてるけど、前々からあったのかエリーシャはノーリアクションだ。
看板に洋裁屋って書いてあるけど、本当にお店なのかな……?
「服屋さんにも行くけど、まずここでルチナちゃんの旅用の服を作ってもらおうと思って……あれ、開かない」
扉に鍵がかけられていた。
それに人のいるような気配がしない。
鑑識眼で確認するのが確実だけど、魔力の消耗激しいから止めておこう。
「要望を書いて郵便受けに入れておこうか」
そう言ってエリーシャは紙とペンを取り出して、少し考えてから、何も書かなかった。
恥ずかしそうに私の方に両方差し出してきた。
「読み書きができないんでした……私」
「えっ……………」
人を見た目で判断しちゃいけないけど、意外すぎて声に出してしまった。
世界中、読み書きの出来ない人間の方が多い。
なにも恥ずかしいことではないけど、エリーシャならてっきり出来ると思っていた。
「え、ええと、何をどう書けばいいの?」
本人が恥ずかしがっていることを友人として、これ以上触れないであげよう。
「細かいデザインとかはディミトラさんが決めるから、どんな感じにしたいかは大まかで良いよ」
「そう……じゃあ……」
『地味な目立たない』『無キャに似合いそうなの』
これでいいや。
エリーシャが覗き込んで読もうとしているけど、難しそうな顔をした。
ちょっとぐらいなら読めるらしいけど完璧には無理とのことだ。
もう、これ以上の要望はないので紙を郵便受けに入れる。
「じゃ、次は服屋さんに行こうか。ルチナちゃんはお金のことを気にしないで好きなのを選んでいいからね!」
「なんでもって言われても……」
ファッションセンス皆無なので、どれが私に似合うのか分からないし、買い物はエリーシャに任せよう。
私は、陰キャとして物陰に大人しく潜むことに徹しよう。
結局、死ぬほど付き合わせられた。
お店を十件以上は回っただろうか、買い物袋がパンパンである。
何着買ったのか覚えていないけど一週間分を遥かに上回っているのは確かだ。
だけど必要な服や日用品を買い揃えられたので買い物はようやく終了。
だけど、このまま帰るのはかなりシンドイ。
正直に疲れたので何処かで休みたいとエリーシャに言うと、疲れなんか吹き飛ぶほどの眩い笑顔で「いいよ」と返してくれた。
同性なのに、ドキドキが止まらない。
本当に、私がエリーシャの友達しちゃっていいのかな。
「それなら新しく開かれた喫茶店に行こっか。ここから歩いてすぐの場所にあるし、荷物は私が持つよ」
嫌な顔一つせず買い物に付き合ってくれて、同じぐらい疲れているのに第一に私のことを気遣ってくれる。
こんな良い子を嫁にもらえた傲慢の魔術師さんが羨ましい!
「ねぇ、ロベリアさんなんかと離婚して私と結婚しない?」
「……ふふ、それはヤダ」
冗談のつもりだったけど、笑顔なのに目が笑っていないエリーシャがA級の魔物よりも何倍も怖かった。
友達だからって超えてはいけない境界線だってあるんだね。
次から冗談でも、ちゃんと考えてから発言することにしよう。
「あれ、あそこにいる人って……」
目当ての喫茶店に辿り着くと、店前でウロウロしている黒髪の女性を見かける。
腰の鞘に剣をおさめている、剣士なのかな?
腕を組んで難しそうな顔をして店の前を歩き回ったり、店内の様子を窓から覗き込んだり、不審者度マックス。
でも知り合いなのか、エリーシャは不審者に近づいた。
「———クラウディアさん? ウロウロしてどうかしたの?」
「ピッギャッ!?」
肩を叩かれた不審者が奇声を上げながら跳ねた。
なんて可愛い声を出してやがる。
「ぐ、ぐ、偶然通りかかっただけで、べ、べ、別にこの店の名物を食しに来たのでは断じて………って、エリーシャ? 何でここに?」
「友達と喫茶店で休もうとしてたところなの。こちらはルチナちゃん。それとルチナちゃん、この人はクラウディアさん」
「ふむ……エリーシャの友人か、見ない顔だな? もしかして新しい移住者なのか?」
クラウディアって。
あの英傑の騎士団のクラウディアさん?
ジークさんといい、なんで英傑の騎士団が続々と理想郷にいらっしゃるの!?
「ううん、お客さん」
「そうか、なにか事情があるようだが、エリーシャの友人なら私の友人だ。よろしくな」
「あ……あ、ア、ア、よ、し、く願いしやす」
初対面相手だと、壊れたカラクリのようにテンパっちゃうんです私ぃ!
勇者様のギルドに所属する凄い方だから尚更、呂律が回らない。
「ふふ……ルチナちゃん、さっきのクラウディアさんみたいで可愛い」
「忘れてくれ! 急に声をかけられたから上手く喋ることができなかったのだ!」
慌てふためき言い訳をするクラウディアさんを、エリーシャは微笑ましそうに見ていた。
「あ、そうだ。クラウディアさんが良ければだけど、一緒にお店に入らない? 人数多い方が楽しそうだし」
「い、一緒だと? だから、私は偶然通りかかっただけで———」
「あ、ベリーパイもあるらしいよ」
「仕方ない、私も同行しよう」
(切り替え早っ!?)
きっと、こういった場所とは無縁の真面目でお堅い人なんだろうな。
けど本心では、ほかの女の子のような事をしてみたいという気持ちが強いのかもしれない。
喫茶店をウロウロしていたのも、入りたくて仕方なかった証拠だ。
「いらっしゃいませ。空いている席へどうぞ〜」
店内は普通の喫茶店と、あまり変わらない。
理想郷では初の喫茶店かもしれないけど、学生時代によく通っていたお店よりも広いぐらいで、なにか驚くような要素はなかった。
「ここが、喫茶店か……」
クラウディアさんが戸惑っていた。
やっぱり、こういった場所は初めてだったか。
ふふ、なんかちょっと優位になれたようで気分がいい。
とりあえず三人で窓側に座ることにした。
外を歩いている通行人からは、少しだけ丸見えだけど大量の荷物を置けるようなスペースがここしかなかったのでしょうがない。
飲み物とデザートを注文する。
さて、待ち時間ですることといえば、あれだ、あれしかない、ガールズトークである。
女友達同士でやるアレ、授業終わりにやってるクラスメイトを見たことがある。
私はやったことないけど。
「あ、あ、あの、クラウディアさんは……」
「ん、私がどうかしたのか?」
夜番を任せられた騎士のように腕を組んで待っているクラウディアさんのことを、もっと知るためにもこっちから色んな質問をしてみよう。
「……好きな人、とか、いますかぁ……なんて?」
「………」
「あのー……?」
石化の呪いを受けたかのように突然、固まってしまったクラウディアさんを見て、する質問を間違えてしまったことを後悔する。
なんで知り合って数分前の相手の、好きな人を聞いているの私ぃ!?
デリカシーが無いのにも程があるだろ私の馬鹿ぁ!
「———ああ、いるぞ」
あんなに固まっていたのに、普通にいるのかよ!?
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