第148話 私のやりたいこと
「幼い頃に、読んだ本に登場する主役が大好きだった。私も、あんな風になりたいと夢見て、騎士の道を目指したんだ」
クラウディアさんが、窓の外に視線を向ける。
大勢の住民が行き交う、賑やかな大通りは平和そのものだ。
「大人になり騎士の称号を得ることができたのだが、清く正しいやり方だけでは彼女のような立派な騎士にはなれないと、痛感させられた」
クラウディアさんはしんみりと遠い眼差しで、外の風景を眺めながら続けた。
「ふたたび新たな脅威が、この理想郷に侵攻してきたら私は……この安寧の地で、ようやく人並みの日常を過ごすことを許された者たちを守りきることができない」
騎士って恵まれた環境で育った連中ばかりだと思っていたから、こんな風に悩むことができるなんて知らなかった。
「だから———頼ることにした。私に出来ないことは、仲間たちに任せる。私は、私にしかできないことをやる。憧れの主役になれなくても、この街の平和を守れるのならば、もうどうだっていいのさ」
それがクラウディアさんの、やりたいこと……。
自分ができないことは、仲間に頼ればいい。
(私は……)
その言葉で開拓調査で亡くなっていった仲間たちの背中を思い出す。
仲間たちは、私を生かすために立ち塞がって、全員死んでしまったのだ。
一人だけ助かってしまった私に、ふたたび誰かを頼る権利があるのだろうか?
「たとえ、それが間違っていたとしてもですか……?」
無意識に、本音を口にしてしまった。
クラウディアさんとは会ったばかりで、失礼にもほどがある質問だった。
「そのやり方で誰かが傷付いても、本当に夢を諦めるほどの価値があるんですか?」
「ル……ルチナちゃん?」
気持ちが悪い。
性格が悪い。
駄目だと理解しているのに、抑えきれない自分が大嫌いだ。
殴られても、文句を言えるはずもない。
「自分のせいで、誰かが死んだら———」
夥しい数の屍の上で、唯一生き残った私が、やりたいようにやっていいわけがない。
生かされた命を無駄にしてまで、誰かを犠牲にしてまで、あの地獄に戻る価値が、果たして私にはあるのだろうか?
「それの何が悪いというのだ……?」
(は?)
「は?」
予期せぬ返答に、裏表で同じような反応をしてしまった。
悪く無い、だって???
「たとえそれが友人であろうと他人に甘えるような奴は怠惰で愚かな人間だと蔑まれることもあるが。産まれて死ぬまで誰かに頼らずして生きていくことは我々人間には無理だ」
産まれて、死ぬまで————
クラウディアさんの言う通りだ。
今の私があるのは母が父が、過去の人たちのおかげなのに。
これからもそうだ、誰かに頼らずに生きていくなんてことはできない。
一人で生きている人間なんて、この世には何処にもいないんだ。
「だが受けた恩を、いずれ返さなければならないことだけは決して忘れてはならない」
「……っ!」
覆い被さっていた靄が拡散して、ようやく自分のやりたいことに手を伸ばせるような気がした。
人間はこれからの人生を孤独に過ごすことはできないのなら、私のやりたいようにやってやる。
誰かを巻き込みたくないという建前なんて捨て去って、これからは感情を押し殺さず、本音で———
「あ、注文したのきたよ!」
お茶とケーキが運ばれ、そのあまりのスケールに思わず目を疑ってしまった。
クリームで塗りたくられた真っ白な円形のケーキと、お皿と食器のなにもかもが豪華だったからだ。
田舎っ子の私には無縁の世界だった。
まさか、エリーシャたちは毎日こんな贅沢を。
「な、なんだこの超弩級な物体は……動くのか?」
「怖い」
うん、彼女たちも初めてのようだ。
しかしこれほどまでに手の込んだ菓子を短時間で仕上げた厨房の料理人には敬意しかない。
少しでも残してはならない。
「えっと……どう切り分けましょうか?」
用意されたナイフだけでは綺麗に切り分けられる気がしない。
ところが、ここで立ち上がったのはクラウディアさんだった。
持っていた剣を鞘から抜き、構えた。
「どうやら私の出番が来たようだな。いい機会だ、日々の鍛錬の成果をここで発揮してみせよう」
クラウディアさんは目を瞑り極度までに感覚を研ぎ澄ませると、抜剣した。
あまりの速度に目では追えなかったが、剣を鞘に戻した瞬間、重々しい斬撃音が店内に響き渡る。
「……………あっ」
細切れにしすぎたせいで、ケーキが崩れてしまった。
「……すまない」
クラウディアさんは頭を下げて誠心誠意謝るが、別に食べれないわけではないし、たかが菓子の一つや二つで怒ったりはしない。
喫茶店でクラウディアさんと別れて、エリーシャと帰路につく。
家に着くまでの間は二人で何気ない談笑で盛り上がったり、昔話に花を咲かせたりした。
悩んでいたのが馬鹿馬鹿しい気持ちになりながら家に到着すると、真っ先にロベリアさんの元へと向かった。
「帰ったが。ずいぶんと嬉しそうだが、何かいいことでもあったのか?」
仕事から帰っても、忙しそうにリビングで積もった書類に目を通すロベリアさんが、こちらに気がついて話しかけてきた。
今日は、良いことしかなかった。
私が自らの手で覆い隠していた”やりたいこと”を、ようやく言える時がやってきたからだ。
「ロベリアさん、私は———」
死ぬかもしれない。
死にたくない、生きたい。
だけど、ずっと自分に嘘をついて、生きていきたくない。
「———ラケルを助けたい」
もしも死ぬときがやってきても。
死んでも後悔しないように。
「———だから、どうか私も連れて行ってください」
生きていきたい。
「ロベリア先輩」
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