第117話 第二試合 ジェシカvs魔官ティファ 中
世界でも指折りの聖職者の家系に生まれたジェシカは、魔術師として将来を約束されたようなものだったが、そうはならなかった。
ジェシカは生まれたときから、魔術が不得意だったからだ。
五歳になれば下級魔術、全属性をマスターするのが当たり前の家だった。
上の兄や姉はみんなそうだった。
それが、どうして出来ないのか。
魔力を込め、教えた通りにやれば魔術は発動する。
それができなかったジェシカは、高慢な両親によって捨てられた。
父に仕えていた『ある人物』に連れられ、二度と家へと戻ってこれない異国の地に置いてかれたのだ。
自立のしていない七歳の子供が、誰かの庇護もなく生きるのは難しい。
それは子供にも解る、言うまでもない事実だった。
ましてや魔術の初期段階すら習得していないのでは話にもならない。
殺されたようなものだ。
どうやら両親は、どうしてもジェシカという存在を無かったものにしたいらしい。
先祖代々から優秀でなければならない家名に、汚点はいらない。
現代日本なら育児放棄とみなされるだろう。
だが、この世界では日常茶飯事にそれは起きている。
それを咎めるような人間はいない。
裕福な家庭に生まれ育ったジェシカには、それが理解できていなかった。
ある日、突然知らない人間に連れられ、知らいない場所に置いてかれた。
帰りたい、でもそれができない。
お腹すいた、でも食べ物がない。
魔法が全てとは言わないが、最低限の基礎すらまともにこなすことのできない子供では、生き残るには厳しい世界だ。
大親友のアルス、ルイと出会うまでは———
「やった……使えた! ボロス師匠ぉ! 見て見て! 使えたよ!」
興奮のあまりピョンピョンと跳ねるジェシカの右手の、炎属性魔術を見ながらボロスはうんうんと頷く。
「ジェシカの得意属性は炎ですか。私とロベリア様と同じですね」
大好きな師匠と同じ。
それを聞き、嬉しさのあまりジェシカは芝生の上をゴロゴロと転がった。
「では、飛ばしてみてください」
「飛ば……へ?」
「いえ、だからそのまま魔術を前方にある的にめがけて飛ばしてみてください。それで威力を確かめるのです」
シャレムの作った的は人の形をしている。
木材で作られているが、大した魔術では破壊できないほどの耐久性を持っている。
つい先ほどアルスは壊していた。
ならばジェシカはどうなのかとボロスは期待を胸に待っていたのだが。
「…………どうやるの?」
ジェシカの一言に、ボロスは顎に手を当てた。
驚愕するような質問ではない。
確かにどうやるのかは、考えたこともない。
どうやって呼吸をしているのかと聞かれても、簡単に答えられるものではない。
こうやって息をしているんだと答えても、果たしてそれは答えになっているのだろうか?
いざ言語化しようと、難しい質問だ。
「魔力を弾く……いや、それは違いますね。それとも放出……」
「ぐぬぬぬ!」
ボロスが考え込んでいる横で、ジェシカは必死に魔術を飛ばそうとしていた。
ところが時間切れがきたのか、魔術はぷしゅーという音を立てながら消滅してしまった。
「ありゃ、消えちゃった」
ジェシカは呑気そうだ。
長い時間をかけて、ようやく基礎が出来たのに、また新たな関門だ。
著しい成長をみせてくれるアルスと比べて、ジェシカは何かと遅い。
魔力が切れたわけではない。
ボロスの説明を理解していないわけでもない。
出来ないだけなのだ。
「ジェシカは相当、才能がない子みたいですね」
「がぁーん」
普通にショックを受けるジェシカを見て、慌ててボロスは補足した。
「『普通の魔術』での面で、かもしれません。長い時を生きてきた私の経験上ジェシカのような普通の魔術を上手に使うことのできない魔術師の多くは、独自の魔術を持っていました」
「独自の……?」
「他の者には使えない、自分だけの魔術のことです」
「あっ、ボロス師匠ぉの大きな竜になるアレも独自なやつ?」
「あれは、ちょっと違いますね。一人前の竜族なら全員使えましたよ。種族別の魔術と言うべきでしょうか。しかし、私が言いたいのはもっと厳密なやつです。ジェシカ、もしかすると君にしか使うことのできない魔術があるのかもしれません」
「私にしか使えない……?」
まだパッとしないジェシカに顔を近づけて、ボロスはにっこりと笑った。
「好きなことでも良いです。ジェシカは何が好きですか?」
「お人形さんや縫いぐるみ!」
「ならば、それらを頭の中で強くイメージしながら魔力を込めてみてください。貴女にしかできない魔術があるはずです」
自分だけの魔術と言われたって、そうすぐ出来るわけではない。
ボロス師匠の教えを信じ、色々と試した。
それでも、やはり無理だった。
それが嫌になって修行をサボったりした。
毎日、まるでお母さんのように叱ってくるアルスを無視しながら、部屋でお菓子ばかり食べていた。
(そんな自分が嫌だったんだよね……)
追いかけてくる大蛇へと振り返り、身体の奥へと貯めこんでいた魔力を解放する。
そんな自分が嫌になって、誰もいない部屋で何度も練習した魔術だ。
誰にも見せたことのない自分だけの魔術を———
「とっとと大人しく、降参しなさい!」
大蛇の移動速度を上げ、ジェシカへと突進する。
「なぁに、怪我はさせませんよ!」
ジェシカの体が、大蛇に締め付けられてしまう。
あれでは脱出できない。
ニシキヘビ程の蛇なら、ワニを骨折させるほどの力を持っていると聞いたことがある。
それよりも倍デカい、あの白い大蛇では子供の腕力ではビクともしないだろう。
悔しいが、子供に手を出さない魔官ティファが相手でも、戦闘経験の浅いジェシカでは勝てない。
第二試合は降参すべきかもしれない。
逆転勝ちしたアルスの試合を目にする前の自分だったら、そう判断していただろう。
だけど、ジェシカなら勝てる気がした。
彼女が密かに、一人で魔術の練習をしていたことを。
何かを完成させようとしたことを、家にいる者たちはみんな知っていたのだ。
魔術に有限はない。
奇跡を起こすからこその魔術だ。
この試合も、きっと何かが起きるはずだ。
「……降参はしない。絶対に勝つんだから!」
蛇のような目つきに見つめられても尚、ジェシカは怯むこと無く魔官ティファを睨み返した。
次の瞬間――――ジェシカの体が、風船のように破裂した。
ボン、と煙を撒き散らしながらだ。
目を眩ませるための小細工なのか。
だからといって、何故ジェシカの体までもが破裂したのか。
観客席からでは何が起きたのかが分からない。
魔官ティファは大蛇を煙の外へと後退させていた。
「嘘っ……ありえない」
額に汗を垂らし、魔官ティファが呟く。
目を蛇のように細め、立ち込める煙の方を凝視している。
一体、何を感じ取ったのか。
「ふふん、魔官だからって危機感足りなさすぎだよ〜」
「体は大人なのに、まだ子供扱いするとか失礼しちゃうなぁ。オバさん」
「「「私はもう、立派なレディだよ」」」
今、煙の中で同じ声、重なってなかったか?
闘技場で闘っているのは魔官ティファとジェシカの二人しかいないはず。
なのに、何故。
舞い上がった煙が段々と晴れていき、次第に闘技場の全貌を明らかになっていく。
そこにいたジェシカは、一人ではなかった。
二人、三人、四人、五人、七人。
まるで分身でもしたかのように増えていたのだ。
ダラケていたり、やる気満々だったり、頭良さそうだったり、サイコパスっぽかったり、各々が若干個性を持っていた。
「な、なんですかコレはぁ!?」
魔官ティファと大蛇が、揃って仰天していた。
観客席にいた俺とボロスも、反対側の魔王ユニもだ。
「じゃあ、みんな! 形勢逆転と行きましょうか!」
「「「おお〜!!」」」「……メンド」
やる気十分の中、一人だけ面倒くさそうにしていた。
「それじゃあ、作戦・八! とにかく攻めに攻めろ〜」
本体であろうジェシカの声に、六人のジェシカが走り出した。
円を作るように、適当に魔官ティファの周りをぐるぐると回っていた。
混乱した大蛇は、子供に絶対手を出さない魔官ティファの命令に従うことなく走り回る一人に噛み付いた。
「こらっ、タサン! 子供に罪はない! 噛み付いちゃダメって何度も言い聞かせたじゃないですか!」
大蛇の頭をペシペシと叩き、阻止する魔官ティファだったが、もう遅かった。
噛み付かれたジェシカは「うわぁ」と面倒くさそうに声を上げながら、破けた。
まるで縫いぐるみのように、綿を吹き出しながらだ。
「えっ」
「うわあああ! 私の【
ドールシリーズ?
マナの管理している図書館にある、全ての魔術関連の本に目を通しているのだが聞いたことがない。
ボロスも初耳のようだ。
縫いぐるみや人形といえばジェシカだ。
とにかく可愛いものに目がないジェシカは、町で気に入ったのを見つけると必ずねだってくる。
いくら地位が王様クラスでも稼ぎに余裕があるわけではない。
買ってもらえないことがわかると、今度は自分で作り始めた。
子供向けのおもちゃだからといって簡単に作れるものではないことは分かっていたが、ジェシカが初めて完成させた人形は職人も顔負けのクオリティだった。
それほど生粋の人形と縫いぐるみ好きなのだ。
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