第116話 第二試合 ジェシカvs魔官ティファ 上




 魔王軍 0勝。

 理想郷 1勝。


 第一試合はアルスの逆転により一勝を獲得。

 愛弟子の活躍でこちら側が優勢だ。


 さて第二試合は、誰と誰がぶつかるのか。

 可能なら戦いのベテラン枠、ディミトラ、ジェイク、ボロスの三人の誰かが先に勝利するのが望ましいが、どうなるのやら。


「では第二試合! 選手の入場でございます!!」


「はーい! はーい! ヨロシクお願いしまース!!」


 闘技場の張り詰めた空気とは程遠い、場違いすぎる可愛い声に誰もがギョッとした。


 扉から登場した人物がまさかの、もう一人の愛弟子ジェシカだったのだ。


「おおと、これはこれは何と可愛らしい少女でしょうか! おいくつでしょうか~?」


「えっと、えっと、十三歳だったような気がします!」


「若いね~」


 実況者の唐突な質問に、ジェシカは健気に答える。

 これから魔王軍の幹部と戦うっていうのに、そのような緊張感など無いに等しかった。


「意気込みの方はどうですか?」


「ふふふん。アルスも勝てたんだし、私はもっと強いから余裕!」


 自分の方が強いと言っているが、鍛錬や勉強をサボったりすることが多く、家ではお菓子を食べまっくている。


 とてもじゃないがアルスよりも優秀とは言えない、ただの自意識過剰である。



「対して魔王陣営の選手は……あれれ入場が遅いですね? 扉はもう完全に開ききっているというのに……」


 相手選手の登場が遅い。

 実況者の言う通り、開ききった扉から人が現れる様子がしない。

 そう思っていたのも束の間――――


 開かれた扉から、巨大な胴体を持った白い『何か』が地を這って現れたのだ。

 体をうねらせ、静かに地面を滑る。


 生々しく異様な動きをする生物に女性たちが悲鳴を上げていた。

 白い、大蛇だ。



「―――ああ、可哀そうに。なんて哀れなのでしょうか」


 その背中に、赤いドレスを着た美しい顔立ちをした女性が乗っていた。

 あの蛇の主人であるのは間違いないとして、俺は彼女を知っていた。


 ホドと同じ魔王軍幹部、魔官ティファだ。

 生粋の子供好きで有名で、たとえ敵が魔王に仇なす危険な人物であろうと幼子であれば絶対に手を出さない。


 もしや、ボロスはこれを狙っていたのか。

 隣を見るとボロスがガッツポーズをとっていた。


 成長をした弟子たちの勇姿を見たいがために出場しただけではなく、魔官ティファが二人とぶつかる可能性を考慮してのことだったのか。


「竜王もどきのクセに、やるな」


「褒めているのか貶しているのか、どっちですか!?」


 心から褒めたつもりだけど、やはり口が悪くなってしまう。




 悍ましい蛇の出現に、闘技場がざわついている。

 ジェシカの方はというと、同じく血の気が引いた顔をしていた。


 まだまだ中身は子供だから案外、蛇は得意な方かと思っていたがそうではないらしい。


「あ……ああ……」


 顔面蒼白で後ずさりをしていた。

 大丈夫だジェシカ、魔官ティファが指示を出さない限りは蛇も危害を加えてきたりはしない。


「そんなに怯えないで頂戴。私は決してアナタを殺したりはしない。ですよね、タサン?」


 大蛇を撫でながら告げる魔官ティファだったがジェシカの耳には届いていない。


 あまりの恐怖に涙だけではなく、股から太ももにも何かが伝っていた。


 おしっこを漏らしてしまったのだ。

 中身は子供とはいえ肉体は十代後半ぐらいなので、色々とまずい光景だ。


「ひっ……えぐっ……えぐっ……うわあああああん!!!」


 泣きながら敵前逃亡をした。


 何度も転びながら闘技場の隅っこへと逃げ、壁に背中を張り付けるようにして大蛇に乗る魔官ティファを警戒するように見ていた。


「何をそんなに怖がっているのですか? 私は子供が大の好きなのです。ああ、もしかしてタサンに恐れて……心配はご無用! 彼も子供を食べちゃいたいぐらい大好きなのです!」


「ぴぎゃああああ!!」


 蛇に見つめられたジェシカは、グラスを割るほどの絶叫を響かせた。


 魔官ティファは安心させようと優しく声をかけているが、乗っている蛇が安全とは言い難い獲物を捕捉した時の目になっているので怖がれるのも無理もない。


 逃げ回るジェシカと、それを追いかける魔官ティファ。逃走劇が数十分も続き、二人揃って息切れしてしまう。


「ダメだよ……ジェシカ……逃げてばかりじゃ勝てない。勝って、師匠を安心させなきゃ……」


 一つ前の試合で、歓声を浴びるアルスの姿を思い出したジェシカは、嫉妬心か何かで自分を奮い立たせた。


 いつも鍛錬をサボる時の彼女ではない。

 いつもお菓子を食べてグータラしている時の彼女ではない。


 虐殺事件で友を殺された。

 地獄を乗り越えたときの目をジェシカはしていた。


 空気が変わった。

 口にしなくても分かるほどの覚悟がジェシカに宿ったのだ。


「成長したな……」


 いかん、目の端が赤くなってきた。

 理想郷の大将が泣いては示しがつかなくなってしまう。


 師匠として、ジェシカの勇姿を見届けなければならない。



「強くなったのはアルスだけじゃない……私だって!」


 右手を魔官ティファに向ける。

 大きく息を吸って、吐く。


 恐怖で震えていた体を抑え、冷静さを取り戻したジェシカは極限まで集中をした。


 周囲の魔力が徐々に、ジェシカの手元に集まってきているのが伝わる。


「避ける準備をしなよオバサン。嵐が起きるぜ?」


 キザな台詞を吐き捨てた。

 カッコいいけど、やはり何を考えているのか分からないジェシカの手元に魔力の塊が出来ていた。


 メラメラと燃える、凝縮された炎属性魔術【炎精霊の息吹】———ファイヤーボールの上位互換と呼ばれるほど、高い威力を誇った魔術だ。



「へぇ、その若さで上級魔術を習得しているとは素晴らしいです。少々、侮っていたかもしれませんね」


 流石の魔官ティファも防御態勢に入るしかなかったようだ。


 大蛇に指示を出し、四方から守られるように胴体で包まれていた。


「ふふん、お蛇さんごと燃やしてあげる。いっけぇええええええ!! 炎精霊の息吹ぃいいいいい!!」


 遂に、魔術が放たれた。

 闘技場もろとも吹き飛ばすほどの迫力で、一直線に魔官ティファへと向かう。

 衝撃に備え、瞼を半分閉じる。


 大爆発は…………起きなかった。


 ボッっと。

 ガス切れになったカセットコンロのような音がした。


 見ると、ジェシカの放った魔術が跡形もなく消えていた。


「………」


「………」


 右手をかざしたまま真顔で固まるジェシカ。

 それを唖然と見つめる魔官ティファ。

 観客たちも何が起きたのかを理解していない様子だ。


 魔王ユニに至っては両目を塞いでいた。


「おいメフィス! 何も聞こえんぞ! 終わったのか!? 我々も死んだのか!?」


「いえ、死んでおりません」


「良かった!」


 呑気に配下とやり取りをしている。

 俺も隣に立っているボロスに聞いた。


「ジェシカは……炎魔術を使えたか?」


「炎に限らず全属性、初級魔術を成功させたことはありません」


 え、じゃ、なんで出したん?

 


「ぴえええええん!」


「待ちなさい! 待たないとお尻ペンペンですよ! というか先程、私をオバサンと呼びましたね!? 言っておきますがまだ六百年しか生きていないのでお姉さんと……」


 ジェシカと魔官ティファの逃走劇が再開してしまった。

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