第120話 第三試合 エリーシャvs…の…人べ…ソ…




 第三試合が始まろうとしていた。


 魔王ユニと俺は互いの席に座り、向き合う。

 こちらが優勢だというのに魔王ユニの様子は変わらない。

 次こそは勝てるという自信があるのだろうか。


 魔王に仕える魔官は初代魔王の代から変わらないと聞く。

 先日、出場メンバーに魔官の情報を耳にタコができるほど説明してくれたボロスの言う通りにすれば、多分間違いはないとは思うんだが。

 そろそろ魔王側も本気を出してきそうで怖い。


 いや、あと一敗したら理想郷の勝ちなのだ。

 本気を出さないはずがない。



「圧倒的にも思えた戦力差を覆し、優勢に立った理想郷に敵も味方も大興奮! 世界三大勢力の一角とされる最強の魔王ユニ様に仕える魔官を、年端もいかぬ子供が打ち倒すとは誰が想像できたのか! 偶然か? いや、必然です! 新興国だからって舐めるなよ! いずれ理想郷は世界の無視できぬ脅威になること間違いナシ! 理想郷がこの試合を制すれば三対ゼロ! 実質勝利!」


 なんか、あの実況こちらを贔屓してきたな。

 言っていることには同意できるけど。


「さあ! 我々魔王軍は、この窮地から脱することができるのでしょうか! 直接この目に焼き付けましょう! 第三試合! 選手の入場です!」


 こちらの門からは、洋裁師のディミトラが作った新たな幹部服を身にまとったエリーシャが入場してきた。


 腰の鞘には、S級魔物『王虎』の牙によって作り上げられた剣を収めている。

 魔術による効果は無いが、聖剣の生まれた工房都市オリジネで作られる数々の最高傑作に匹敵するほどの名剣だ。


 あの剣を手に取ってからエリーシャに勝てた剣士を俺は知らない。

 千師団の戦士長ユーマ、竜騎士ジークの手合わせをしたことのある二人はこう証言した。

 まるで本気を出していなかった、手加減された。


 理想郷の精鋭格の二人にそう言わしめたエリーシャの剣筋は、十二強将に勝る日もそう遠くはないのかもしれない。

 魔王軍の魔官とは、いい勝負になるかもしれん。


 少し遅れて、魔王側の門から現れたのは、成人男性の二倍はあるであろう巨漢だった。数々の修羅場を乗り越えてきた歴戦の猛者のような雰囲気だ。

 樽のようにデカい右腕、その手には結晶のような斧を握っていた。


 あれ、ゲームであんなキャラいたっけ?

 大男を見て、そう思った。

 記憶が正しければ魔王軍の魔官、三元帥にはあのような魔族はいなかったはずだ。


「……あの男は、誰だ?」


 隣でボロスも同じような反応をしている。

 やはり彼も、あの大男を知らないらしい。

 そうなると、今までの試合のように上手くいかないかもしれない。


 予期せぬ相手の登場には驚かせられたが、それでもエリーシャの実力のなら勝てるような気がした。

 今は、祈ることしかできない。



「……ほう」


 大男は顎に手をあて、エリーシャをまじまじと舐め回すように見た。

 途端に嬉しそうにニヤけ、斧を地面に下ろした。


「何の、つもりですか?」


 訝しむ顔で、エリーシャは訪ねた。

 大男は斧から手を離し、腕を組んだ。

 試合がもう始まるというのに、何をやっているんだ?


「なぁ、嬢ちゃん。この世で一番大切なモンが何なのか、お前には解るか?」


 突拍子のない質問だ。

 加えて、初対面の相手に馴れ馴れしい口調。

 もしかして知り合いなのかとエリーシャの反応を確認するが、困惑している様子を見るとどうやら違うらしい。


「大切なモノ……それは……」

「そう難しく考えるな。直感でも良い、と言いたいところだが。まあ、誰もが皆、すぐに答えを導けるもんじゃねぇから仕方ねぇ」


 大男は地面に斧を置いたまま、構えた。


「俺の答えは『力』。何もかもを破壊し尽くす、底の知れねぇ力だ」


 試合開始の時が訪れ、実況者の送った合図と共に、凄まじい殺気が闘技場を飲み込んだ。


 この感覚、憶えがある。

 あれは、そう遠くない、感覚だ。

 妖精王アレンと、帝国の鬼人カルミラと初めて対峙した、あの感じだ。

 いや、そんな生易しいものではなかった。


 あの大男から放たれる覇気は、さらに高み、手の届かない領域にある。


「全員! 今すぐここから避難しろ!」


 観客席にいる人々に向かって叫ぶ。

 しかし、突然逃げろと言われて、そうすぐ逃げられるものではない。

 声は届いているが、状況を飲み込めないせいか誰もが放心した状態で俺に視線を集めていた。


 試合は、目にも止まらぬ速度で突進してくる大男の拳を、エリーシャは剣で受け流そうとしているところだった。

 瞬間、皮膚に触れた剣刃から火花が散る。


 見事、攻撃を受け流すことができたエリーシャだったが、大男の勢いは止まらない。振り上げた腕によって衝撃波が発生して、こちらの観客席を吹き飛ばしたのだ。


 前に立ち塞がった俺とボロスでなんとか衝撃波を緩和するも、闘技場の外へと何人も投げ飛ばされてしまった。

 すぐに助けようとしたが、外で待機していた千師団率いるユーマ達が投げ飛ばされた人々を無事に受け止めたのだ。


「これは、どういうことだ魔王!」


 理想郷の住人を巻き込んだ攻撃に怒りを覚え、叫ぶ。

 だが魔王ユニも同様、ムッとした顔で席から立ち上がっていた。

 もしかし、こうなることを彼女も予想していなかったのか?


 だが、関係のない人間を巻き込んだ、あの大男を止めなければ。

 試合は中止だ。


 観客席から飛び降りようとした途端、誰かに手を掴まれる。

 振り返ると、そこには第二試合が始まる前に見かけたオッドアイの少女がいた。

 そのすぐ足元には、悶えるように膝を付いているボロスの姿があった。


 一体何をしたのかと、考える間もなく、意識が闇に飲み込まれてしまう。





「おい! お主ら! 何が起きてっ……!」


 ラプラの連れてきた大男が関係のない人々を故意に巻き込んだこと、ロベリアが苦しそうに頭を抱えていること。

 それらを治める前に、魔王ユニの動きがピタリと止まった。


 背後から忍び寄る、ある者の剣によって背中を貫かれたからだ。

 胸にまで貫通した、血に濡れた剣の切っ先を見下ろしながら、魔王ユニは小さく言った。


「これは……聖剣の失敗作ライシャローム……ぐふっ。なるほどな……」

「ええ、そうですよ。あまりにも絶好の機会でしたので、効果が如何なるものか魔王様で試させてもらいました」


 従えるべき主君に対しての、口調だった。

 それもそうだ、その男の、魔王への忠義を疑う者は誰一人としていなかったからだ。


 そんなはずがないと、その場にいた魔族たちは目を疑った。

 同志でもあり、友人でもあった男の名をメフィスが叫んだ。


「ラプラァアアアア!」


 魔王軍、三大元帥。

 忠臣ラプラは———魔王ユニを裏切ったのだ。



「奪取計画の、決行だ」

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