第121話 最凶vs大災害



「ユニ様に、何をした!」


 ラプラは魔王ユニを貫いていた失敗作の聖剣を引き抜き、切りかかってきたメフィスの剣を受け止めた。


「三大元帥にまでに昇りつめたお前が、なぜ!?」

「初めから話すとなると長くなるな……そうだな、ではまず計画を立てた三百年前から遡るか」

「ぐっ………貴様ぁああああ!!」


 メフィスの剣が、ラプラの頬をかすめる。

 正確に首を狙えたはずが、外してしまった。

 魔族にとって最も偉大で、尊い存在の魔王に剣を突き立てた男を断罪するだけ。

 たったそれだけの事だというのに。

 メフィスは自身でも驚くぐらい、剣に迷いを感じていた。


「私情で動くなと、初代魔王シオン様の教えを忘れたのかメフィス? ささっと俺を切り捨ててみろ、こういう風に――――」


 ラプラの振るった聖剣がメフィスの胸を四度貫き、右目を潰し、剣を握っていた手の親指を切り落とした。


「がはっ!」

「この聖剣は失敗作。魔王を行動不能にしても殺すことはできない。だから心配をするなメフィス。何もかもが済むまで、眠っていろ」


 倒れるメフィスを見届けたラプラは聖剣を鞘に収めた。

 周りを包囲する魔王軍の魔族たち見回し、小さくつぶやく。


「俺の仕事はこれで終わりだ。邪魔をする残りの雑魚は頼んだぞガグヅチ」

「ええ、あとは私達が」


 唐突にメフィスの目の前に、生気の感じられない青白い顔の男カグヅチが現れる。腰には日本の侍を彷彿とさせる刀をぶら下げていた。


 柄にそっと触れたカグツチは、一秒もかからず包囲していた魔王軍の魔族たちを一人残らず再起不能にした。


「邪魔者は消しました、あとは……」


 刀を鞘へと戻し、カグツチは闘技場の下を見下ろした。





「試合をしている場合じゃないですよ! 魔王が刺されたんですよ!?」


 攻撃を回避、受け流し続けながらエリーシャは試合の中断を提案するが大男の猛進が一向に止まる気配がしなかった。


 周りに目を向けられないほど玩具に心酔した子供のようだった。


「元から魔王は俺たちの主人じゃねぇよ。計画を達成させるために必要だったんで利用させてもらっただけだ!」


 攻撃が全部、重い。

 一撃でも、まともに受けてしまったら重傷は免れないだろう。


 このまま闘っても勝てないとエリーシャは直感に理解した。デカい図体の割には、一切隙が見つけられないのだ。

 皮膚も硬く、剣が通らない。


 敗北を認めてしまうのは悔しいがエリーシャは仕方なく、その場から離脱しようとしたが、無理だった。闘技場はすでに謎の黒装束の集団に囲まれていたのだ。


 それだけではない。

 観客席で、ロベリアとボロスの二人が意識を失ったかのように倒れていた。

 理想郷の最高戦力が二人も同時にだ。


 動けるのはユーマの率いる千師団と、ディミトラの率いる黒灼魔導団。

 クラウディア、ジーク、シャルロッテ、ジェシカ、アルス。


 闘技場から避難をしようとする人々を黒装束の集団から守るので手一杯のようだった。


「計画って……一体何を企んでいるんですか!」


 エリーシャは奥の手である剣技【神威】を放った。しかし、やはり大男に対しては微塵のダメージにもならなかった。


「第一次人魔大戦に終止符を打った、大災害を知らねぇとは言わせねぇぞ!」


 大男の構えた拳が、まるで長時間も加熱された金属のように熱を帯びた。

 カウンターを受ける前に迎撃姿勢をとろうとするが、防ぎ切れる威力ではないことをエリーシャは悟った。



「————覚醒した古の巨人により踏み荒らされたことで、大陸は二つに分断にされた……後に二つの大陸は……魔王の支配する『魔の大陸』環境の何もかもが乱れた『人魔大陸』と呼ばれるようになった」


 闘技場を全壊しうる大男の焦熱の拳が、エリーシャに直撃しようとした瞬間―――何者かがそれを阻止した。


 黒色の霧を纏った鎖で、大男の全身のあらゆる箇所をぎっしりと拘束したのだ。


 鎖には縛りつけた対象を腐敗させる効果があり、大男も例外はなく皮膚が爛れ始めていた。だというのに、エリーシャを守るために立ち塞がった者を目にした大男は畏怖ではなく、旧友との再会を果たしたかのような笑顔を張り付けていた。


「博識なこった、傲慢の魔術師」


 ポロポロと崩れる顎を、何事もないように動かす大男をロベリアは奇妙なものを見るかのような眼差しを向けた。


「ずいぶんと顔色が悪ぃじゃねぇか? そんなふらふらして、立つのもやっとだろ?」


 いや、ロベリアの顔色が悪いのは先程、謎の少女に手を掴まれた時からである。

 強制的に意識は暗闇へと引きずり込まれ、見たくもないものを見せられた。


 ロベリアの体験してきた地獄、悪夢、トラウマ、抱いてきた憎悪や殺意が一つの塊のように凝固して、一気に脳裏へと流れ込んできたのだ。


 ロベリアの肉体に魂を宿らせた瀬戸有馬は、持てるだけの根性で奇跡的に底なし沼から這い上がることができたのだが、原因であろう少女の魔術の効果があまりにも強烈で、精神だけではなくロベリアは肉体にもダメージを感じていた。


 ボロスも同じような手にかかったのか、観客席で横たわったまま意識を取り戻せていない。


「が、リリーの『呪い』から抜け出せたことは褒めてやるぜ。勝負にならねぇとは思うが、銀針の十二強将、七刻『傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー』ここで会ったのも何かの縁だ。思う存分―――」


 体に巻きつけた鎖が、軽々しく砕かれてしまった。

 やはりかと、いつものパターンにロベリアは呆れながら懐から黒魔術の魔導書を取り出した。


り合おうじゃねぇか!」


 明確に、互いを敵だと看做した、瞬間だった。


 この世から隔絶された、二人だけの『極地』が其処にはあった。

 空間が屈折するほどの、測定不可の魔力が二つ、ぶつかり合ったのだ。




 オリンピア高原の時計塔。

 時を刻む銀針が、ある二つの数字を指すように止まった。



 ――――傲慢の魔術師。

 ――古の巨人。



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