第122話 古の巨人
「―――面白ぇ。たかが下界の魔力で、俺の『神気』と互角に張り合うとは、千年ぶりだ」
理も超越する、無類の強さ。
概念そのものが最強と認めた『銀針の十二強将』が相まみえること、すなわち天災。
敵意により生じた弐つの『魔力』と『神気』が、世界の均衡を崩壊することなど造作もない勢いで、埒外に鬩ぎ合っていた。
圧倒的質量が狭間を歪ませている。
だというのに、それを発している二つの存在は微動だにしていない。
あたかも互いをただ睥睨しているようだが、周囲への影響が無いわけではなかった。
地盤が沈下したことで亀裂は闘技場を超えて大きく広がり、不規則に揺らめく魔力が絡み合い、嵐のように理想郷を襲っていた。
烈風に吹き飛ばされないよう瓦礫にしがみつくのがやっとだ。
援護など許されない、間に割って入っても足手まといになるのは確実。
エリーシャは静観するしかなかった。
現実から乖離した、あの舞台に立てる者は選ばれた最強のあの二人だけだ。
「名乗らねぇのも敬意に欠けるよな。てめぇを一捻りする前に名前だけは教えてやろう。銀針の十二強将五刻の座を与えられた古の巨人……ベルソルだ」
「……!」
眼前で相対している巨漢が、かつて大陸を二つに分断したことで第一次人魔大戦を終わらせた大災害『古の巨人ベルソル』であることにロベリアは眉を顰めた。
(……ただの伝説かと思っていたけど、なるほど。常識から逸脱した、この魔力は……神の力か)
世界を滅ぼさんと空を割り、その断面から出現した天の大災害『天獄』に匹敵する力をベルソルは内包している。
その力を全身全霊行使されればロベリアの勝機は完全に失われるだろう。
畏怖の門よ来たれ。
天地晦冥を跋扈せし幽冥の獣どもよ。
此の刻、境界を紡ぐ門は開かれた。
留めなく溢れる其の傲慢、一切合切を灰燼に帰してみせよ。
周囲一帯を侵食しながら顕現したのは、禁忌そのものが形となった忌わしい真紅の槍。ロベリアの意思に従うように回転を始めた槍は、断末魔に似た音を発していた。
人の想像できる醜悪をまんべんなく圧縮された、文字通りの地獄絵図。
安寧を享受していた理想郷の民は忘れていた。
救いの手を差し伸べてくれた恩人を『悪』だとは思いたくない反面。
この光景を目の当たりにして、どうしても抑え切れない感情がついぞ溢れ落ちてしまう。
この男こそが、我々の知っているあの傲慢の魔術師であることを。
恐怖を、畏怖を、しかし同時に畏敬も。
見せたくもない『あの力』を大衆の面前で解放したのは、理想郷を守るためだ。
【死滅槍】
(……なっ)
余裕だったベルソルの顔が驚愕で染まる。
一直線を描いて向かってきていた槍が途端、下へと落下して地面の中へと消えてしまったからだ。
ここまで盛大に外されるとは思わず、ベルソルは術者であるロベリアを嘲笑った。
拳を鳴らしながら近づこうと一歩踏み出したその時、消えたはずの【死滅槍】がベルソルの足元の地面から飛び出してきたのだ。
槍は標的のに命中すると、勢いを衰えさせることなく、そのままベルソルを空高くまで打ち上げた。
「理想郷に被害が及ばない場所でなら、いくらでも闘ってやる……」
何十キロ先まで吹き飛ばされたであろうベルソルに追いつくためロベリアは風属性魔術で体を浮かせ、その後を追った。
―――――
ベルソルを追って、行っちゃったロベリアの背中を見ることしかできなかった。
みんなで一緒に戦えば勝てる、なんて無責任なこと言えるはずがない。
あのベルソルという人は自分を『古の巨人』と名乗っていた。
会ったことがないのに、大昔に何度も耳にしたことがあるような通り名だ。
封印されていた祠から解放される前の記憶はない。
時々、思い出すのは母親と思わしき女性の声だけ。それ以外に記憶はないはずなのに、なんでだろう?
私の過去に関係する、なんらかの重要な人物なのか。
ここで巡り合ったのも、偶然じゃないのかもしれない。
以前、私とロベリアとゴエディアとシャレムの四人で
もしかして―――
わずかな殺気を感じとり石を蹴り上げる。
石が真っ二つに両断されたかと思いきや、誰もいなかったはずの場所に一人の男が現れた。
観客席で魔王ラプラを刺した男と一緒にいた、生気の感じられない青白とした顔の男だ。
武器は、和の大国で愛用されている刀を握っていた。
「ほう、私に気づくとは恐れ入った。危険の感知もバッチリなのですね。十二強将五刻の攻撃の受け流すほどの技量、見事でしたよ」
男は懐から巻物のような物を取り出して広げた。
中身をジッと見つめて、何を読んでいるのかと思っていると男は私に背中を向けて、どこかへと歩き去って行ってしまった。
(え……どういう状況なの!?)
私も早くみんなに加勢した方がいいのか、でも剣を落としちゃったし、どうしよう……。
あたふたしていると同じ方向から男が、何食わぬ顔で戻ってきた。
その左手にはロベリアとベルソルの衝突で吹き飛ばされたはずの私の剣が握られていた。
「和の大国出身のサカツマ殿から貰い受けた魔術道具です。近辺に落ちている武器や鎧の情報を、巻物が勝手に書き込んでくれますので、コレがあれば大切な愛刀の紛失もなくなるでしょう。ほら貴女も、もう無くさないでくださいよ?」
「あ……ありがとう、ございます?」
唖然としながら剣を受け取る。
あれ、もしかして悪い人じゃなかったり?
そう思ったのも束の間、ふたたび男から殺気が放たれた。
反射的に私も構える。
「まだ時間もありますので、一試合だけ付き合ってくれますか? ベルソル殿も手間取っているようですし」
半壊した闘技場の外で、仲間たちが戦ってくれているのに、この状況で試合なんてするわけがない。
丁寧にお断りしたかったけど、
「断ったらどうしますか?」
「四肢のいずれかを貰います」
ヤエの作った最高傑作を拾ってくれたから優しい人かと思ったけど、ちゃんとした敵じゃないか。
罪のない人達を巻き込もうとした、それだけは許せない。
怒りで剣を握る手が、小刻みに震えている。
ダメ、我慢できそうにないや。
申し訳ない、けど。
この人に、少しだけ痛い目に遭ってもらおう。
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