第123話 兄妹




 ベルソルの落下した地点に大穴が空いていた。

 東京ドームが収まるぐらいの大きさのクレーターだ。

 上級魔物を一撃で屠ることのできる威力をさらに五倍底上げした【死滅槍デッドエンドボルグ】。


 理想郷を巻き込まないようベルソルを離れた場所まで吹き飛ばしたのは良いが、この破壊力なら死んでお終い、なんて達観はしない。


 五百年前、魔の大陸を真っ二つに叩き割った化け物を、この一撃で倒せたと思い込むほど自惚れしていなあ。


 慢心は、人を殺す毒だ。

 妖精王と帝国の鬼人。

今まで闘ってきた銀針の十ニ強将には一度も勝てていない。

 はっきり言ってヤツらの強さは異常だ。


「その中でも『古の巨人ベルソル』……貴様は別格だ」


 魔導書に黒魔力を流し込む。

 右手は空へと向け、詠唱開始。



 堅牢の門。


 腐朽の鎖。


 蝋封されし霹靂よ、轟け。



 上空を渦巻く瘴気から顕れたのは虚構獄門とは別の、髑髏どくろで装飾された恐ろしい錆の門。


 門はまっすぐ、大穴を見下ろしながら開いていく。

 注油されていないせいで鯖れた丁番から騒々しい音が木霊する。

そして遂に———全開。


凶雷きょうらい


 狂気を纏ったいかづちが意思を持ったように自ら大穴の底めがけて落下していき、鼓膜を震わせるほどの轟音を響き渡らせる。


 岩盤が柔らかい砂のように盛り上がり、何もかもが衝撃で吹き飛んでいく。

 

「……」


 落雷の音のせいで、耳鳴りがしている。

 無詠唱で放つより、詠唱プラス入念に魔力を込めることで威力が倍増されているような、もっと早くに気づけば良かった。


 黒魔術の魔導書に書き込まれている詠唱を無視して、ロベリア肉体に残されていた経験で黒魔術を発動していたけど全部暗記しよう。




「うおおおおおおおおおおおお! 痛ぇなあああああああああああ!!」




 陽気な大声に、心臓の鼓動が早くなる。

 大穴を見下ろすと、そこからボロボロになったベルソルの姿があった。

 胸には風穴、左腕が焼き爛れているのに、なんで笑っているんだアイツ。


「神力で防いでいなかったら、ぽっくりあの世行きだったな俺ぇ! 愉快痛快! 懐かしいぜ、この感覚! 自分でも制御できねぇほどまで湧き上がってくる闘争心!」


(自己修復だと?)


 再起不能かに見えたベルソルの肉体が、みるみると再生していっている。

 傷ついた箇所から煙が吹き出て、数秒後には何事もなく綺麗な体に―――


「残念だったな、俺の肉体は………ぐはっ!」


漆黒槍ヘルファウスト】を塞ぎ切ろうとしていたベルソルの胸を貫く。

 再生されると分かって、完全に治りきるまで待つわけないだろ。

 自己修復系の敵キャラの対処方は、少年漫画で予習済みだ。


「傲慢な奴め、人の話は最後まで聞けよ!」


 回復力だけじゃなく生命力も高いなら、それが事切れるまで攻撃を続けるだけだ。

 動けなくなっているベルソルの隙をついて、空間が歪むほどの黒魔力量を凝縮させた【呪打撃カースブレイク】を腹部を叩きこむ。


 想像を絶する硬さに、唇を噛み締める。

 腕が折れたのか肩が脱臼したのか、あるいは両方か、見当も付かないぐらいの激痛が右半身を襲う。


 それでも渾身の一撃が効いたのか、岩盤にめり込んだベルソルがぴたりとも動かなくなる。


 ヤツのそこらを漂っていた、妙な魔力の気配も失せた。

 肉体の再生も止まっている。


 それを確認した俺は、よろけながら固い地面に膝をつけた。


 闘技場で、あのオッドアイの少女に触れられてから体が普段よりも上手く動かない。刺激の強い悪夢を見せられていたせいか、気持ちが悪いし頭が痛い。


 それになんだろう、上手く言えないけど、ロベリアの肉体から意識がぽっかりと抜けそうで嫌な予感。


 念のため、目を覚ましたときに備えて一番強度の高い【薔薇糸ロゼフィーロ】でベルソルを拘束する。

 呼吸や脈も確認してみるが、動いていない。


 これは、死んだと捉えていいのだろうか?

 復活したりしてこないよな?

 いや、一度死んだ人間は、たとえ万能薬を使っても生き返らせることはできない。


 だが、油断をするつもりは無いのでベルソルの遺体を巻きつける糸を緩めはせず、最大強度で拘束を続ける。


虚構獄門サムシングインサイド】の準備のため、もう片方の左手を空へと向ける。

 発動までに時間が非常にかかる黒魔術なので、これでトドメを刺すまではベルソルから目を離すことはできない。


(コイツらの目的……大方は予想はついた)


 面倒くさいので所々省いて、大まかに推測しよう。

 ここにいるベルソルを含めた黒装束の集団は魔王軍とは関係のない第三勢力だ。

 目的は、理想郷にいる誰かを連れ去ること。


 妖精王国との同盟交渉のため理想郷を空けていたときに一度、奴等はその誰かを連れ去るためにやってきたが竜王ボロスに敗れて失敗。

 その後、魔王ユニが俺を眷属にするという情報をどこかで入手して、魔王軍に加入。


 魔王ユニを刺した魔王軍三大元帥ラプラが、ベルソルたちとの利害が一致して招き入れたのかもしれない。

 たとえば魔王の座を手にするため、君主のユニを裏切るとか。


(魔王軍と理想郷がぶつかるタイミング、『第二回ディアボリクリーク』を利用してラプラとベルソルは互いの目的を完遂しようとしたんだ)


 ゲーム本編にも居たな。

 魔王を倒したあとでも、正体がまだ作中では明らかにされていない『謎の組織』が。


 運営は『魔王の討伐』はあくまでも第一部のシナリオで、これからも話は続くと宣言していた。

 つまり、いずれ続編で明らかになるはずだった組織がコイツ等だ。


「……狙いは、エリーシャか」


 何故なのかは明言されていないが、ゲーム本編でエリーシャは何度も『謎の組織』に拐われそうになっている。


 勇者やその仲間たちのおかげで『謎の組織』の誘拐計画は一度たりとも成功したことがない。


(まさか魔王軍をも利用するなんて、そこまでしてエリーシャを狙う理由は一体……)





「―――正確に言うと、その女に隠された力が俺たちの狙いなんだがな」



 死んだはずのベルソルと目が合った。

 反射的に【薔薇糸ロゼフィーロ】の巻きつける力を強める。


「……ッ!」


 やはり、油断も隙もあったもんじゃないな『銀針の十二強将』は。

 仮死状態で死を演じるだなんて、相当頭のキレる奴だな。


 原理なんてどうでもいい、この世で最強と呼ばた連中が予想外のことをしても今さら過剰に驚いたりはしない。


 オッドアイの少女から受けた精神ダメージと、立て続けに大技を連発したせいで【虚構獄門サムシングインサイド】の発動まで、まだ時間がかかりそうだ。


「隠された力だと? どういうことだ?」


 闘っていた時は、あんなに嗤っていたのに真剣な顔になったベルソルに警戒心を強める。


「フハハハ、本気でアレをただの少女だと思っているのか? 何の理由もなく、たかが少女一人を千年も祠に封印するわけねぇだろ!」


 ベルソルの顔が、醜悪に歪む。

 落ち着け、別に馬鹿にされているわけではない。

 それでも神経を逆撫でされているようで苛ついてしまう。


「テメェも薄々気づいていたはずだ、アレが只の人間じゃねぇってことを!」


 生身の力任せでは解くことは絶対に不可能の【薔薇糸ロゼフィーロ】を断ち切られてしまった。


虚構獄門サムシングインサイド】を自動的に発動するよう黒魔力だけを込めて、すぐさまベルソルとの距離を離す。

 が、無意識にふらついていた。


「おっと、逃がさねぇぞ」


 迂闊にも胸倉を掴まれ、身体を軽々しく持ち上げられしまう。

 ベルソルは醜悪な笑みを浮かべたまま『神気』と口にしていた、感じたことのない魔力を拳に纏わせると、灼熱の太陽を上回る熱量が解き放たれた———



巨王終破ラグナロク








 

 二つの十二強将の闘いは、土地の原型を変えるほどの規模だった。


 聳えていた岩山は消え、平らだった地面は足場を失うほどに抉れ、火山でも噴火したかのように荒野の空を、塵と灰が降っている。


 数百年も先、残り続けるであろう傷跡を残した張本人のベルソルは興の醒めた顔で腕を組み、眼前で融けている山の岩肌を、ただ真っ直ぐに見据えていた。


「本調子じゃねぇのは、お互い様のようだな……。昔の俺なら山の二つや三つ、簡単に消し飛ばすことができたのによ」


 そして、視線を理想郷のある方角へと移動させた。

 そこにはベルソル達が、長年も追っていたエリーシャがいるのだ。


「ふはっ、計画を優先しなきゃ駄目だよな。ついつい熱くなり過ぎちまって、計画が頭からすっ飛んでいた。なぁ、傲慢の魔術師。この程度で死んじまったなんて言うんじゃねぇぞ?」


 塵と灰が降り注いでいるため、傲慢の魔術師ロベリアの姿は視認できない。

 返事もない、がベルソルは好敵手がまだ生きているという確信を持っていた。


 出来れば、まだ闘っていたい。

 しかし、ロベリアとの闘いで時間を費やしすぎたことにベルソルは気付く。


「ああ、そうだ。最後に一つだけ、テメェに面白いことを教えてやる―――」


 去り際に、最後に古の巨人ベルソルは告げる。





「――俺と運命の少女エリーシャはな、千年前までは兄妹きょうだいだったんだよ」





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