第9話 最悪の支配領
何年も使われていないのか、グリンタ村までの街道がほぼ草むらになっていた。
舗装どころか、好き好んで通ろうと思う人間が極めて少ないので、仕方のないことだろう。
後を追っているクラウディアに視線を一瞬だけ向けてから、堂々と道の真ん中を進む。
村までは三時間あれば辿り着くことができる。
だが問題はその後だ。
竜王が用心深い男なら、村を警備なしで放置しているはずがない。
繋げられた首枷から
カンサス領が占領されたのは六年前。
竜王の魔の手から逃れることができたのは、たった一人。
英傑の騎士団、女騎士クラウディアだ。
どうやってクラウディアが竜王の束縛から逃れることが出来たのかは解らない。
しかし。
単独で故郷の奪取を図ろうとしている時点で、半端な覚悟での挑戦ではないのは確かだ。
無謀極まりないことは変わらないけど。
六年という歳月。
クラウディアからしたら、あまりにも長すぎる時間だろう。
年に一度、村へと下りてきた竜王は村にいる若い娘を品定めをするという。
そして必ず、村の中から竜王に捧げられる『生贄』の娘が選ばれることになる。
次の日までに、竜王が拠点として使っている村の近くにある古城へと『生贄』を連れてこなければ家族ごと皆殺しにされるらしい。
生贄となった娘たちが、その後どうなったのかは誰も知らない。
(……地面に、穴?)
ゆったりと流れる川を越えた先の、ある部分に目が留まった。盛り上がった地面には子供が入れるぐらいのサイズの洞穴があったのだ。
何処に通じているのかは定かではないが、仮に村へと繋がっていた場合は打ってつけの逃走経路と言えよう。
「……」
少しの間、観察するつもりが後ろを歩いていたクラウディアが釘付けになったように洞穴を一点に見つめていた。
「知っているのか?」と質問をしたいところだがキャラ的に俺から話しかけてはならない感じがしたので、ただ黙ってクラウディアを見守ることにした。
「驚いた……あれから五年経つというのに、まだ残っていたとは」
まるで懐かしむようにクラウディアは言った。
五年前、故郷から逃げ出せたことと関係しているのだろうか?
気になる、だけど触れないでおこう。
悔しそうに、唇を噛みしめるクラウディアを横目で見て、思うのだった。
あれから、何時間歩いたのか。
時計を取り出し、時間を確認する。
もう間もなくして日没になるな。
竜王の活動が活発になる時間帯が夜だ。
村に到着したのはいいがタイミングとは言えない。
仕方なく付近の木々や茂みに身を潜めながら村を観察することにしたのだが、ちょうどその時。
日が明けるまで待機するつもりだったのだが、村を警備していた竜王の
脅すような声で何かを叫んでいる。
よく聞き取れないので耳を澄ませると突然―――攻撃魔術によって家屋が吹き飛ばされた。
あまりにも唐突すぎて、理解が追いつかなかった。
人が死んだかもしれないというのに、笑っていたのだ。
「やめてぇええええ! パパ! ママ!」
俺とクラウディアが隠れている場所から、少し離れた茂みから白い髪の少女が飛び出した。
泣きながら吹き飛ばされた家屋へと一直線に走っていた。
何が、そこまで可笑しいのかと思うほどに嗤っていた
「お~? 今回の生贄ちゃん、そこに隠れていたのかよ」
「バッカじゃねぇの。大人しく生贄として捧げられていればいいのに、拒めばこうなることを忘れたのかよ?」
あの白髪の少女が、今回の生贄だって?
もしかして、それを拒んだから家を吹き飛ばしたというのか?
「あ!」
クラウディアが叫んだ。
そんな大声では位置をバレてしまう。
静かにするようジェスチャーを送るが、時すでに遅し。
クラウディアも飛び出してしまった。
剣を引き抜き、白髪の少女を捕えようとした
冷静さを欠いた攻撃かと思いきや、見事な死角からの不意打ちだった。
「な、なんだこの女!? どこから……!」
予期せぬ襲撃に取り乱している
無駄のない洗練された動き。
英傑の騎士団は、常に魔王と
こういう場面も珍しくはないのだろう。
返り血を浴びた顔をぬぐいながらクラウディアは、涙でくしゃくしゃになった少女の肩に手を置いた。
「お……お姉ちゃん……?」
「遅くなってしまって申し訳ない。トト、感動の再会をしたいところだが……一刻も早く安全な場所へ逃げろ。
話している最中に、少女トトへと剣を振り下ろす存在にいち早く反応したクラウディアは間一髪、攻撃を防いだ。
「これはこれは、よくもまあ……私の大切な部下たちを殺してくれましたね。麗しい騎士よ」
先程の
「トト! 逃げろ!!」
白髪の少女トトは、涙目になりながらも頷き、震える足で逃げた。
「困りますねぇ。竜王様に捧げる、若い娘を逃がしてもらっては」
「黙れ! 彼女の命は、彼女のものだ! 生贄などという腐りきった制度など、私が砕いてやる!!」
男とクラウディアの攻防戦が繰り広げられる。
いや、攻防戦というには、あまりにも一方的だった。
クラウディアは男の剣撃を受けるのがやっとなのか、苦しい表情を浮かべていた。
「この程度の実力で、何を倒すって? 愉快痛快! 竜王様の配下である私を相手に、この様では指先すら擦りもしませんよ!」
まるで弄ばれているかのような状況だ。
腕を、足を、顔を、体のあらゆる部分を切られ、クラウディアは膝をついた。
配下は涼しい顔で、クラウディアの首に剣を突き立てる。
「おや……どこかで見たような……」
歯を食いしばり睨みつけるクラウディアを、配下は驚いた顔で見下した。
トドメを刺そうとしていた手を止め、まじまじと見ていた。
「忠告する。剣を下せ」
一方的にやられるクラウディアを見ていられなかった。殺気を放ち、配下の動きを止める。
さんざん楽しんでいたようだったが、勘違いするなよ。
この場の生殺与奪を握っているのは、貴様ではない――――
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