第98話 綺麗な花火
宴会だ。
妖精王国ファンブル・ヘイムとの同盟が正式に締結したことで、国は祭りのごとくてんやわんやしていた。
騒ぎは朝から晩まで続いている。
精霊樹にある庭園にて妖精王アレンの主催する宴会だけで済ませるつもりだったのだが、まさか一国を巻き込むほどの宴になるとは。
「うへへ………ロベリアしゃんも、もっと、もっと、飲もうよぉ」
ふらついた足取りでラケルがテーブルに近づいてきた。
相当飲んでいたので酒臭いし、顔が真っ赤だ。
「俺は酔わん」
体質なのかは知らんがロベリアはあまり酔わないらしい。
まあ、体が薬のようなもんだからなコイツ。
カルミラとの戦いで意識が一瞬だけ飛んだのだが、特に問題は起こっていないので気にしないことにしている。
「そうかぁ、羨ましいことだ……よっと」
ラケルは隣の椅子に座り、テーブルに突っ伏した。
他に空いている席があるだろうに。
「………ゴクゴク」
まだ飲むのかよ。
その小さな体のどこに行くんだよ、その量は。
「そうだ、君にまだ話せなかったことがあったね……ひっく」
「……」
酔っているときではなく他タイミングがあったはずなのだが減るものじゃないので耳を傾ける。
「不思議に思っただろう。どうして、あの大勢の人間を一夜にして妖精王国へと連れていくことが出来たのかを」
杯の中身を飲もうとするが、もう空っぽだった。
落ち込んだ表情のままラケルは話を続けた。
「ロベリアさんは、転移魔術を知っているかい……?」
転移魔術。
あれか、指定した場所へとワープする移動手段のことを言っているのか。
そんなものあったけ、知らない。
俺はゆっくりと横に首を振った。
「二、三枚ほどそれを可能とする魔法陣のスクロールを持っている」
そう言ってラケルは懐から丸められた紙を取り出した。
テーブルの上に広げ、その中身を見せてくれた。
複雑な形をした魔法陣が描かれていた。
今度は、こちらが酔いそうなぐらい線が多い。
「これを利用してアズベル大陸と人魔大陸を行き来しながら旅をしていた。さすがに私のようなカヨワイ少女ひとりでは、生き残れないのでね」
確かに、食料がなくなれば町に転移して食料調達をして、また同じ位置に戻れば楽だ。
こんな便利な代物があったとは、原作も実装しろよ。
いや、よくよく考えてみれば画面タップだけで移動できていたので必要ないか。
「使用するにあったって条件が三つある。一つ目、一日で転移できる回数は一度だけ、一度でも使ったら他の魔法陣での移動もできなくなる。二つ目、一度訪れた場所にしか転移することはできない。三つ目、魔力の消費量がとにかくえげつない」
なにそれ簡単。
一日程度なら我慢できるし、コレがあれば妖精王国から理想郷まで一っ飛びじゃないか。
半年での移動も必要ない。
「そうか、それで―――」
シャレムとゴエディアと談笑しているクラウディア達を見た。
「彼らは、君を助けたいと望んだ者達だよ。かつては英傑の騎士団として君と対立していただろうけど、勇者との決闘が大きなきっかけになったのだろう。みんな自分の行いに反省して、君に協力したいと言った。大勢の人間に手を差し伸べようとするロベリアさんを」
二コリと笑いながらラケルは言った。
反省。
そんなものしなくても別に怒ってはいない。
彼らも悪気があって、やったことではない。
ジェイクも任務を遂行しようとした。
だが途中で暴走してしまったゾルデアを止めようとしてくれた。
クラウディアの初めの態度だって責めることはできない。
誰だってロベリアのような悪党と遭遇してしまえば良い気分にはならないだろう。
「そうか」
「おっ、随分と嬉しそうだね」
「そんな顔をしていたのか?」
「してた、してた。ロベリアは世界で一番の幸せ者だよ」
「………ふ、まだ先の話だ」
まだ何もかもが解決したわけではない。
始まったばかりだ。
これからも課題は増えるだろうけど、変わらず頑張っていくつもりだ。
「おっと、どうやら私はお邪魔虫のようだな」
ラケルはテーブルから立ち上がり、ふらついた足でどっかに行ってしまった。
よく飲む、よく喋る女だ。
年相応の見た目なのかも怪しいところだ。
ふと、肩をつつかれる。
「ロベリア、隣いいかな?」
振り返ると、そこには妖精の衣服を着たエリーシャが立っていた。
まるで絵本から飛び出してきたお姫様のような可愛らしい姿に悶絶しそうになりながら、通常運転で「……ああ」と返事をする。
それでもエリーシャは嬉しそうに隣に座ってきた。
「……」
「……」
いつもならエリーシャから話題を振ってくるのに、気恥ずかしい空気が流れる。
一言、なにか一言。
月がきれいだね、君の瞳のように。
寒気がした。
なにそのキザい台詞、めちゃめちゃダサいんだけど。
「長かったね。あれから、もう半年経っちゃったって言われても実感が湧いてこないよ。まるで百年旅をした気分だよ」
長かった。
そうだな、長い道のりだった。
色々な人と出会い、見たことのない魔物と戦ってきた。
正直に言うと、疲れた。
半年なんて一瞬だろう、とか思っていた過去の自分を殴りたいほど、長かった。
「辛いことも楽しいことも、いっぱいしたね。怖いこともあったけどロベリア達がいてくれたから我慢することができた。だからちょっとだけ、恋しいかな……」
「この旅がか?」
「うん。世界で一番過酷で危険な旅だった」
「……」
混沌とした大陸を横断。
前世なら大賞ものだよ。
危うい状況を回避できたのも半分実力、半分運のようなものだった。
これから先、いままでのような奇跡を期待しない方がいいだろう。
「………あの、もしもさ……」
ん、なにをモジモジしてらっしゃるのか。
「帰ったら……その」
理想郷に帰る。
そりゃ久々だから嬉しくもなるよな、みんなに会うの楽しみだし。
だけど、帰ったらやること。
はて、なんのことやら。
「そろそろ……欲しいかなって……」
「欲しいものがあるのか?」
本当に分からないので聞いた。
「もう……女の子に言わせないでよ……私が欲しいのは………」
するとエリーシャの顔がみるみると赤くなっていく。
若干、不機嫌にも見えたが、まるで捨てられた子犬のように彼女は告げた。
「ろ、ろ、ロベ……ロべリアとの……こ、子供!」
面白がって盗み聞きしていたシャレムを炎魔術で夜空に吹っ飛ばした。
汚ねぇ………綺麗な花火だな、おい。
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