第99話 旅の終わりかと思いきや



 優雅な朝だった。

 水で顔を洗い、用意された布でふき取り、洗濯された服に着替える。

 ヤエに申し訳ないが装備がパーになってしまった。


 彼女の最高傑作を穴だらけにしてしまったのだ。

 きっと雷が落ちてくる、この恐ろしい顔に引けをとらない程の形相で怒られるはずだ。


 土産に道中で収集した鉱石でも渡してやろう。

 あまり詳しくはないが博識なシャレム曰く、最高の装備を作ることの出来る鉱石らしい。

 適当そうに説明していたので、可能性は半々だが。


 理想郷に持ち帰る荷物を支度して、部屋に忘れ物がないのかを確認する。

 ゴエディアはもう整えたらしい。


 もともと、あまり物を持たない奴なので当然か。

 気に入った花の種を一杯に詰め込んでいるが、そこまでの重量ではないので問題はない。



「よお、ロベリア」



 廊下に出ると、待ち伏せをしていたであろうジェイクとジークがこちらに手を振っていた。

 足を止め、二人に向き合う。


 彼等からしたら俺は前までは敵対していた、ただの悪役。

 こちらは違う、彼等のことはよーく知っている。


 本編シナリオの主要人物であり人気キャラクター二名なのだ。

 触れていないはずがない。



「なんだよ、相変わらず表情かてぇな。ほら、ほぐしてやるよ」



 両頬をつままれ引っ張られる。

 痛い痛い、伸びるって。



「生まれつきだ」


「生まれつきで表情が硬ぇとか無ぇから。生まれたときのお前もきっと笑顔を振りまく可愛い赤ん坊だったろうさ」


「離せ、伸びる」


「うむ、表情が硬いのは仕方ないとして。これから笑っていけばいいのだ! このようにな! うわはははは!」



 なんかジークの奴、笑い出したぞ。

 お手本程度かと思ったけど、かなり本気で笑っているぞ。



「それで。貴様らが、部屋の前で待っていたのに理由があるのだろ? さっさと話せ」



 早朝珍しく起きたんだぞ。

 ゴエディアの地震のような揺さぶりのおかげでな。



「朝一、これからお世話になる町の大将さんに挨拶しに来ただけだよ。まあ、礼儀ってやつ」



 口で礼儀と言っている時点で間違っているとは思うが。

 そんな改まらなくても、理想郷うちは絶対王政のような厳しい場所ではないぞ。



「なんて建前だがな。ロベリア、二年前のこと。本当に申し訳ないと思っている。俺たちの不手際で、何もしていないお前に罪を着せてしまった」



 そう言いジェイクは頭を深々と下げた。



「焼くなり煮るなり好きに使ってくれ。使い潰してくれたっていい。許してもらおうなんざ考えていないが、どうか俺に落とし前をつけさせてくれ……!」


「………」



 マジかよ。

 ここまで罪悪感を抱かせちゃっていたの俺。

 ピンチのときに駆けつけてくれたので、それで良いのだが。



「ならば俺の手足になって動け。それが嫌ならうちの町でのうのうと生きていろ」



 人手不足だから手伝ってくれたら嬉しい、って言いたかっただけなのに。

 相変わらず減らず口だなロベリア。



「……ッ! ああ、任せろ。失望はさせねぇ」



 嫌悪されるかと思ったが、ジェイクの瞳に火が点いたように見えた。

 やる気の溢れた漢の目だ。


 思わず笑みがこぼれる。

 頼れる仲間が、また増えたようだ。



「では我も、ロベリア殿の役に立とうではないか! 理想郷は海沿いにある町! 大海原の航海なら我に任せろ! 何処へだって連れて行ってやる!」



 冒頭に某映画会社のロゴが出てくる、荒れ狂う海を連想するほどの気迫。



「うちには航海用の船はない。漁船ならあるが、人魔大陸の海を長距離で航海できる船を造れる船大工がいない限りは雑用をしてもらう。いいな?」


「ほう………ガッテン承知した!!」



 あっ、良いのね。






 ―――――――







 アブニール図書館に行くと、溢れんばかりの荷物を持たされている子と遭遇する。



「ふええ、館長ぉぉお。こんなに、必要ないでしょう……」



 確かフェイという名前だったか。

 それよりも、どうしてこんなに本を持たされているのか。



「何を言っているのよ! 図書館は閉館! どうせ誰も読みに来たことがないから全部持っていくわよ!」



 館内の奥から響く声と、飛んでくる本。

 それをフェイは涙目になりながら丁寧にキャッチしていた。



「うぇえええん! 全巻百周ぐらいして読んでいるくせにぃぃいい!」


「泣き言を言わない。アナタもこれから理想郷の住人になるのよ。相手は全員知らない土地の人間。泣いてばかりじゃ舐められるわよ?」


「……ぐすっ……でもぉ」


「大丈夫よ。だってアナタは私が見込んだ子だもの。これさえ乗り越えれば、一人前に近づくことができるのよ」


「私が……一人前?」


「ええ、そうよ。だから……ほら」



 本を十冊ほど差し出すマナ。



「運びなさい」


「うぇえええんッ! やっぱり嫌ですよぉおおお!」



 大量の本を図書館の外へと運んでいくフェイの悲しい背中を見届けた後、えげつない行為を容易く行うマナに話しかける。



「あら、ロベリアさん。おはよう」


「朝から騒々しいな。あの本の山をどうするつもりだ?」


「どうって、理想郷に持っていくのだけれど……」


「は?」



 あの量をか?

 正気なのか?



「転移魔術に重量制限はないのでしょ? なら持てるだけの本を持っていくのよ。暇な時間は読書に費やしたいの」


「ああ……そうか」



 理想郷に連れていくのは人族に理解のあるマナと、彼女に一生ついていくと言って聞かないフェイの二人だけだ。

 たとえ少数でも妖精の羽の効果は絶大だ。

 たった一振りの粉でも、土地は瞬く間に豊かになるとのことだ。



「………」


「なにをマジマジ見ている?」


「いえ、なんだか、いつもより嬉しそうな表情をしていたから」



 嬉しそうな顔?

 仏頂面のロベリアが?

 いや、認めよう。


 今朝から俺は、めちゃくちゃ嬉しがっている。

 なんせ数時間前――――




『漂流したであろう和の大国の船が、近くの海岸に流れついていたのです。船内を調査していた時に見つけたブツなのですが、土産にこれを持っていってください』


『これは……もしや』


『ロベリア様は料理が得意と聞きましたので。喜ぶかと思ったのですが、もしかしてコレらをご存じなのですか?』


『存じているも何も……俺の故郷にあった物ばかりだ』


『では全部お譲りしましょう。我々は元から食事を必要としない』


『………一点だけ質問があるが』


『なんですか?』


『種も、あったりするのか?』




 甘い酒(みりん)、醤油、酢、だし、油、さとう、小麦粉、前世に存在した調味料に酷似した宝物ばかりだ。

 もどきだが、オルクス達は和の大国の難破船から大量の調味料、具材を入手していたのだ。


 妖精にとって珍妙な物ばかりだったので保管していたらしいが、料理人には宝に等しい代物ばかりではないか。

 あまりの感動で、今も腕の振るえが止まらない。


 正直、人魔大陸の味気ない料理はもう飽きていたんだよ。

 ずっと新しいアクセントを求めていたんだよ。


 帰ったら、アルスたちに味わってもらおうではないか。

 日本料理とやらを。







 ―――――――







「諸君、準備はできたかな?」


 精霊樹の広場に大きく敷かれた転移の魔法陣に魔力を込めながらラケルは改めて聞いてきた。


 転移先は骨角ボーンホーンの町。

 そこで荷台を購入して三匹の地竜ドラ、ポチ、ゴンに運んでもらう。


 十一人での移動になるが一ヵ月程度大したことはないだろう。

 しかもメンバーのほとんどがサバイバルのスペシャルリストだ。


 旅にも慣れたし、予定よりも早く理想郷に到着することはできるだろう。



「ああ、帰ろう―――――理想郷に」



 それを聞いたラケルは頷き、転移魔術を開始した。

 魔力が徐々に吸われていくのを感じる。


 これが終われば長距離走を走ったぐらいの疲労を感じるとラケルは言っていたが、転移先が町なので好きなだけ休むことができる。






「―――――ああああああああッ!!!」




 声を張り上げたのは、エリーシャだった。


 顔面蒼白になり、慌てて魔法陣から飛び出そうとしている。

 とっさに腕をつかみ制止する。



「ろ、ろ、ロベリア! 忘れてる! 忘れてるよ私たち!!」


「忘れただと……一体何を?」


「ほら! あの子! クロちゃんだよ!」



 ん…………………


 …………………………


 …………………………あっ。



 数秒間考えて、思い出す。



「……転移魔術はもう発動段階だ。クロには悪いが、探すのは明日だ」



 転移魔術を使えるのは一日一回だけだ。

 また遠回りになるが明日、骨角の町から妖精王国に戻って、明後日にまた骨角の町に転移するしかない。


 もう遅い、そう思った瞬間―――――






 ぺちぺちぺち。


 黒髪を揺らしながら裸足で走る少女と目が合う。

 無表情で、こちらに向かって走ってきていた。

 噂をすれば……。



「急いでクロちゃん!!」


「おら! 走れガキ! 走れ!」



 シャレム、口悪いって。



「………んッ」



 顔が一瞬だけ本気マジになったクロが跳躍した。

 両手を膝に回し、空中を三回転。


 信じられない跳躍力と体の柔らかさに、魔法陣内にいる一同が目を大きく見開く。

 また一回転したところで両手を開いたクロが、こちらに勢いよく落下してきた。



「ぶふぁっ!?」



 受け止めようとしたが、顔にべちゃりと張り付いてきた。

 バランスを崩し、そのまま仰向けに倒れてしまう。


 びっしり張り付いてきたせいで息が、呼吸ができない危機に陥る。


 クロを引き剝がそうとするが離れようとしてくれない。

 頭に回された腕がまるで釘で固定されたかのように力強い、てか痛い。



「もうっ、クロちゃんったら! 人の顔に張り付いてはいけませんよッ」


「べー」



 一緒になって引きはがそうとしてくれているエリーシャにむかってクロは舌を突き出した。

 なんで、そんなにエリーシャを毛嫌いしているんだこの娘は。


 ていうか早く顔から離れろっての!!



「ははははッ! 騒がしい連中だな! はははははははッ!!」



 視界が真っ白になっていく。

 聞こえるのはジークの陽気な笑い声だけ。


 騒がしいか。

 はっ、こんなもんじゃないぞ、うちの奴らは。


 毎日が祭りかと言わんばかりに、理想郷の連中は毎日のように騒がしいからな。

 飽きさせたりはしないから、楽しみにしておくことだな。





               第七章 終





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