第77話 内通の容疑



 牢屋から抜け出したのはいいもののスナッチャーの大群が街中に溢れかえっていた。

 そこらで人々が食い散らかされており、次々と殺されている。

 魔導書がないのでは大した黒魔術を使うことはできないが、いつまで経っても頼ってはいられない。


 通常魔術では火力は劣るが、些細なことだ。

 大勢の仲間を失ってから、何もしていないわけではない。

 得意の火属性魔術、風属性魔術は以前よりも一段階と進化している。


「もう会うことはないと思ったが……貴様らの存在はこちらの不利益になるのでな。一匹残らず駆除させてもらうぞ」

「が、がんばりー、えいえいおー!」


 応援団(一人)を背に、三人でスナッチャーの群れに飛び込んだ。

 エリーシャは倒れている兵士から剣を拝借し、ゴエディアと連携を取りながら次々とスナッチャーを叩き切っていく。


「……!? ロベリア! 上!」


 エリーシャの叫ぶ声が聞こえた。

 建物の屋根からスナッチャーが俺に狙いを定めて飛び降りてきたのだ。

 まあ、後ろから近づかれていたことぐらい、もうとっくに気づいていたけどな。


 エリーシャの背後で猛スピードで突進を仕掛けようとするスナッチャーを的確に魔術で撃ち抜いてから、すぐに屋根の方を見上げる。


「……【漆黒ヘルファウスト】」


 スナッチャーが大きく開けた口にめがけて漆黒槍を穿つ。

 漆黒槍は頭部まで貫通し、風穴の空いた部分から真っ黒い血を撒き散らしながらスナッチャーは倒れ、ビクビクと痙攣しながら絶命した。


「す、すげぇ。コイツらを一撃で……何者なんだ」


 逃げ惑っていた妖精達が一撃で倒されたスナッチャーを見て声を上げた。

 昔の俺なら照れていたところだが、そこら中からまだ悲鳴が響いている。

 立ち止まっている場合ではない。


 力強く跳躍しながら風属性魔術【衝撃】で浮き上がる。

 三十メートルの高さで周りを見回し、他に襲われている妖精がいないのかを探す。


 居た。

 スナッチャーに今にでも飛び付かれそうになっている妖精が一人。

 右手に黒魔力を圧縮して、禍々しく黒い球体の塊を作る。

【衝撃】で勢いをつけスナッチャーに塊をぶつける。


喰塊ソウルイーター

 圧縮された黒魔力は、衝撃を加えることで敵に襲いかかる。

 身体の指先まで体内を滞りなく蝕んでいく。

 その魂を喰らい尽くすまで。


 それを受けたスナッチャーは耳障りな断末魔を響かせながら苦しみもがき、すぐ側の家屋へと突進してから事切れた。

 動かなくなり、そのまま瓦礫に埋もれるのだった。



「……動けるか?」


「え、ええ。ありがとう」


 眼鏡をかけた女性が、ポカンとした顔でこちらを見ていた。

 そんな彼女に手を差し伸べる。


「スナッチャーを一撃で……それに反応されなかった」


 女性はブツブツと何かを言っていた。

 反応、確かスナッチャーは妖精を嗅ぎ取る能力が高いから下手に近づくと返り討ちに遭うんだよな。

 人族の場合は例外らしいので運がよかった。


「ねぇ、もしかして貴方、つい最近この国に来たっていう人族さんなのかしら?」


「ああ」


「……帰ったって聞いたのだけど」


「そんなに知りたいのなら妖精王の側近に聞け」


 事情を説明する暇はない。

 犠牲者を少しでも減らすことが最優先である。

 女性の手を掴み、立ち上がらせる。


「死にたくなければ、さっさと避難所に行け」


 そう言い残し、俺はスナッチャーの掃討に戻った。






 ―――――






 押し寄せていたスナッチャーの大群をすべて排除できた頃には、もう日は落ちかけていた。

 戦闘が終わると、疲れたエリーシャが体を預けてきたのでそっと受け止める。


 擦り傷だらけになってまで、良く頑張ってくれた。

 そう思いながら彼女の頭を撫でる。


 すると、周囲から喝采が上がった。


 一緒に戦ってくれた兵士たちが喜んでいたのだ。

 俺達を取り囲み、称賛の言葉を次々とかけてくれた。


「ありがとう!」


「君たちのおかげで、みんな殺されずに済んだ!」


 街に残っていた妖精達も、喜んでくれていた。

 シャレムにいたっては胴上げされている。

 まだ勝ったわけではないのに、戦争に勝利でもしたかのような盛り上がりだ。


 あれ、空に透明な何かが広がって……。

 もしかして魔力障壁なのか、あの大きなのが。

 国の周辺を全て、囲んでいた。


 これなら外部の攻撃を一時的だが遮断できる。

 どれだけ持つのかは分からないが、次の侵攻に備えるための時間稼ぎにはなるだろう。


 一段落とは言えないが、厄介な相手は片付けた。




「今すぐ、その余所者どもから離れろっ!!」


 歓声を断ち切られる。

 そこには武装した、精鋭部隊であろう兵士達を引き連れたオルクスがいた。


 険しい顔でこちらを睨みつけている。


「下手に動くなよ! 僅かでも妙な真似をしたら切り捨てるからな!」


 あっという間に包囲された。

 エリーシャが不安そうに俺の手を握っている。


「ロベリア・クロウリーとその仲間。地下牢から抜け出したかと思えば、地上でなにをしている?」


「私たちは襲われていた民間人を助けていただけですっ! 悪いことなんて一切していませんからっ!」


 代わりにエリーシャが言った。

 それでもオルクスは納得していないかのように眉を顰める。


「人族が我々を救うはずがない、もっとマシな嘘をついたらどうなんだ?」


「そんな……私たちは本当に……」


「貴様らが国にやってくるまで、このような参事は一度して起こったことは無かった。では何故、大勢の国民が死ぬことになったのか貴様らが一番理解しているはずだ」


「何のことだ?」


 純粋に疑問だったので訪ねてみる。

 オルクスは若干イラついた顔で言った。


「この敵襲は、内通によるものだということだ」


「―――っ!」


 つまり、その内通者が俺らだと疑っているのか。

 そうか、確かにそれなら辻褄が合ってしまう。


「スナッチャーが押し寄せてきたということは敵が人族であることは明らか。貴様らの中に魔族も紛れているようだが、目的はなんだ? 魔王軍と結託して、妖精王国を滅ぼしにきたのか? それとも、あの御方を―――」



 まだ話している途中、オルクスは殴られた。

 割って入ってきた同族の妖精によってだ。


 誰なのか、すぐに分かった。

 先ほど助けた、あの眼鏡の女性だ。


「オルクス! 決めつけるのも大概にしなさいっ!!」


 俺達を庇うように兵士達の前に立ちふさがりながら、彼女は声を張り上げた。


「見ていないから分からないでしょうけど! この四人は死に物狂いで、街を駆け回って戦えない私たちを守ってくれたのよ! 本当に敵なら、私たちを助ける理由が彼等にはないはず! でも、見てよ彼等を!」


 そう言い、彼女はこちらに指を指した。


「傷だらけになってまで私たちを助けてくれた! 人族を捕捉しないスナッチャーに危険を顧みないで、わざわざ自分から攻撃するような馬鹿なんて居るはずがないじゃない!?」


「そうやってお前はまた人族を庇うのか……マナ」


 唇から垂れる血を拭いながらオルクスは忌々しそうに女性を見上げた。


「ええ、そうよ! そういう貴方は、自分の不幸を笠に着て人族がみんな悪だって一括りにしてばかり! 最低よ!!」


 場が凍り付く。

 確かに言われてみれば、彼女マナのいうことも正論である。


 周りの妖精たちも、薄々だが気づいているようだった。

 特に、先ほど称賛してくれた妖精達がだ。


 だがマナの言葉を聞いて続々と、庇うように前へと出ていく。


「そうだ、彼等は我々を救ってくれた!」


「敵だなんて、とんでもない! 恩人だぞ!」


「この人たちを捕らえないで!」


 周りも便乗して庇ってくれる。

 苦虫を噛んだような顔でオルクスはマナに言った。


「好きにしろ……だが後悔しても知らないからな」


 まるで忠告するかのような言葉だ。

 腑に落ちないような雰囲気で兵士達を引き連れて、オルクスは立ち去るのだった。


 まさか妖精の民間人に助けられることになるとは。

 もしも、彼女が来ていなかったら俺達はまた捕まっていたかもしれない。


「まったく、場を濁すのが相変わらず上手いのだから……ごめんなさいね、助けてくれたのに私たちの同胞がまた失礼なことをしちゃって」


「いや、貴様が来ていなかったら捕らえられるところだった。礼を言うのならこっちの方だ」


「ふふ、それじゃお互い様ね」


 彼女はウィンクをしながら微笑んだ。

 ドキリとするところだったけど、腕のなかにいるエリーシャが嫉妬しかねないので我慢した。


「もうすぐ日没になるわ。見たところ、泊まれる場所がないでしょ?」


「ああ」


「なら、私のところに来て。外じゃオルクスのような人族嫌いに狙われるかもしれないし、面倒事を起こすのは避けた方がよくて?」


「は、はい! 言葉に甘えさせてもらいます!」


「ふふ、可愛いお嬢さんね。さあ、行きましょ」


 不思議な人だ。

 肝が据わっているというか何事も合理的に進める、そんな感じがする。

 とりあえず、泊めてくれるのならエリーシャの言う通り言葉に甘えさせてもらおう。


 警戒をすべきだとは思うが、必死に庇ってくれたので疑うようなことはしたくない。

 信用しよう、このマナという人物を。



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