第78話 自信作という名の「何か」



 夕食で、問題が起きた。

 図書館内にある読書のときに使われるテーブルで食事をすることになった。


 ここを管理する館長マナは図書館で住んでいるらしいのだが、生活をするための部屋はなく普段はこうやってテーブルを並べたりして、ベッド代わりにして寝たり仕事をしたりするらしい。

 生活の大半は読書で潰しているらしいが、問題はそこではなく出された料理がだ。


「ふふ、自信作なのよ。熱々のうちに召し上がれ☆」


「……」


「……」


「……」


 皮を剝いていないジャガイモやニンジンをそのまま投入した土色のシチュー。

 ペチペチと跳ねている活きのいい魚。

 焼き足りないエグイ形をしたパン。

 モザイク処理をしないと直視できない「何か」。


 完全な異次元。

 人類には早すぎる発見がそこにあった。


「………お前、料理は作ったことがあるのか?」


「え、ないけど」


 真顔で答えられた。

 そりゃ妖精は食事を摂らなくても生きていける種族だから当然だ。

 わざわざ料理をすることはないだろう、だろうけど。

 じゃあ何で、自信満々と料理を振る舞うって言ったんだ?


「だけど安心して。料理関連の本なら何度も読んだことがあるわ。そこらの妖精よりも知識があるから初めてにしては上出来な方よ。きっと美味しいから、ほらほら~」


 いや、知識だけでは補えない部分がありまくりなんですけど!

 一番重要な「経験値」とか!!


 だけど、食べないという選択肢はない。

 俺は知っている。初めて作った物を食べてもらえないという苦い経験を。


 あの日、何度泣いたのやら思い出すだけでも悲しくなってくる。

 マナさんのソワソワした表情を目の当たりにして、なおさら失望させたくない。


 覚悟ならもう決めた。

 向かう先が未知の領域、果てのない地獄であろうと食べ尽くしてやる。


 フォークを震える手で持ち、モザイク処理のされていない「何か」に突き刺す。

 そして、ゆっくりと口へと近づける。


(……っ!!!)


 なんだ、この激臭は!?


 臭いを嗅いだだけで体が拒否反応を起こしたぞ。

 ロベリアが滅多に感じない死への本能。


 これは、確実に死――――



「……ぱくっ」


 おお! シャレムの奴いったああああ!!

 ダメだ! あいつはもうお終いだ!



「もぐもぐ……もぐもぐ」


 あれ、何気ない顔で食っているぞ。

 食べる前に料理に難癖をつけるアイツが、何も言わずに食べている!


 まさか、俺の考えすぎだったのか?

 本を何度か読んでいると言っていたし、調味料とかの分量がちゃんとしていたり。

 食べてみようかな。



「ふ、後は頼んだぜ」


 バタン!

 まるで最後のお別れのように微笑み告げたシャレムがテーブルに突っ伏した。

 俺とエリーシャとゴエディアは、ほぼ同じタイミングでフォークを落としテーブルから離れる。


 あ、危ねぇ!

 うっかり食べるところだったぞ!

 シャレムすまん、お前の死は決して無駄にはしない!


「あら? 不味かったのかしら? やっぱり知識だけじゃ料理はできなかったのね……新しい発見だわ、メモを取らないと」


 満更でもない様子でマナさんは手帳を取り出し、何かを書き出していた。

 つまりは、あれか。

 初めから、気を遣う必要がなかったということなのか?

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