第79話 マナの昔話 上
食後に出されたお茶を飲んでいた。
食あたりにも効くらしく、お腹を押さえて苦しんでいたシャレムも、先ほどマナさんの作った料理に難癖をつけるほどまで回復していた。
それはさておき窓の外を見てみる。
街のそこら中に設置された松明の側には数百を越える兵士たちが歩き回っていた。
いくら魔力障壁が王国を囲んだとしても油断はできないか。
それとも、俺たち五人を警戒しているのか。
あれ、忘れていたがラケルがいない。
何処に行ったのやら気になりながらも外を眺めていたら突然、マナが立ち上がりカーテンを閉めた。
「ごめんなさいね。これから貴方たちに重要な話をしなければならないの。外のみんなに聞かせるわけにはいかない、五百年前この人魔大陸で起きた歴史を」
周りに灯してある蝋燭を吹き消していき、たちまち図書館内は薄暗い場所になるのだった。
俺たちの座っているテーブルの蝋燭だけが残され、マナさんは神妙な顔のまま向かい側に座った。
「どうして妖精が、ああも人族をみんな忌み嫌っているのか……貴方たちは知らなければならないわ」
興味深い。
ゲーム内での妖精との関わりはあまりなかったし魔王軍と人族軍の戦争から逃げだしたという大雑把な歴史しか知らない。
「そうね。あれは遠い昔のこと―――」
マナさんは思い出すように、目を閉じながら語り始めた。
約千年前。
かつて魔の大陸と人魔大陸は、一つの大きな大陸だった。
その中央には大陸の半分を覆うほどの大樹が生えていた。
大陸に住まう人はみんなその木を『精霊樹』と呼んだ。
それにちなんで大陸も『精霊大陸』と呼ばれるようになった。
山の高さを越えるほどまでに精霊樹を成長させたのは、人と魔の間に産まれた混血児ミア・ブランシュ・アヴニールという少女だった。
空から降りてきた女神と名乗る女性に願いが何でも叶う種を与えられたミアは、それを植え『平和な未来』を毎日欠かさず願いを込めたとされている。
すると種は小さな芽となり、木となり、いつしか大陸の空を覆うほどまでに成長していった。精霊樹は内部に溜め込んでいた膨大な量の魔力を解放させ、世界のありとあらゆる生物に魔力という概念を与えたのだ。
もともと魔力を持たない人族も例外ではなかった。
魔力を持つことで人族に奇妙がられ、人族の血を持つことで魔族に嫌われていた少女ミアが望んだのは『平等な世界』を作ることだった。
人族と魔族の関係は、以前よりも良好なものとなり暗黙の了解である互いの大陸に干渉してはならない不可侵条約は、時代が進むにつれて風化していった。
誰も争わない平等な世界が実現され、いつしか少女ミアは誰からも愛される『精霊樹の管理人』として崇拝されるようになった。
ところが―――平和は、そう長くは続かなかった。
初代の魔王が誕生したのだ。
魔王は過去、人族によって苦しめられた大勢の魔族を率いて『魔王軍』を結成。
ミアと人族、魔王軍の戦争が勃発した。
それが千年前に始まったとされる戦争『第一次人魔大戦』である。
千年前に始まった人魔大戦は、何度も休戦を繰り返しながら五百年も続いたとされている。
妖精族以外にも多くの種類の魔族が戦争に参加することとなった。
羽の力でほぼ不死身に近い妖精達のおかげで魔王軍は戦争を優位に進めていたのだが、人族のある兵器の投入により戦局は一変した。
生物兵器スナッチャーの誕生だ。
生命を与える妖精の羽の力を無力化する能力を持っており、この兵器によって前線にいた妖精の多くが戦死したとされている。
人族は技術力にも特化していたゆえに当然の結果とも言えよう。
しかし肝心なのはその生物兵器が誕生してしまった背景にあった。
人族は、戦争の捕虜になった妖精を実験体にしていたのだ。
当時、まだ若かったマナもその被害者の一人だった。
夜、寝ているときに人族の軍勢が村にやってきて大勢の妖精達を連れ去ろうとしたのだ。
マナは自分を逃がそうとした両親と兄を目の前で、まだ試作段階だったスナッチャーによって殺された。
一人残されてしまった彼女は泣きながらも人族の軍に見つからないように森の中を走っていたが、すぐ後ろから追いかけていた兵士に足を矢で射ぬかれてしまった。
羽で傷は癒えるものの痛みが無いわけではない。
マナはバランスを崩すように倒れた。
すぐに立ち上がり逃げようとしたのだが貫通された足では動けず、マナは人族に捕らえられてしまうのだった。
アズベル大陸南部ミクラナ地方にある軍事拠点ルカラ要塞。
海に面する、第三の防衛線と呼ばれる要塞だ。
捕まえた捕虜などはそこに送られ、内部にある施設で管理されるという。
マナもある一室に入れられることになった。
そこはまるで監獄のような閉鎖的な場所。
酷い臭いの充満する部屋だった。
妖精は皆、それぞれ同じような部屋に閉じ込められた。
不安になりながらもマナは殺されなかったことを幸運に思った。
家族と約束をしたのだ、自分は必ず生きると。
苦しい日々になるかもしれない。
それでも自分を励ましながらマナは耐えることにした。
いつ訪れるか分からない終戦を願いながら。
次の日。
マナはある別の部屋に連れていかれた。
実験室と呼ばれている場所。
何故、自分はここに連れてこられたのかを分からないままマナは体験することとなった。
生きる者にとって最も苦痛とされる、拷問の日々を。
妖精粉の効果が続くかぎり妖精は死なない。
どれだけ身体を傷つけられようと、いずれは回復する。
種族の中でも不死身に近いとされているのが妖精だ。
誰もが欲しがる能力だろう。
しかし、マナは生まれてこの力を持たなければ良かったと後悔した。
腹を裂かれ、爪をはがされ、四肢を両断、全身を細かく解体。
あまりの苦痛で悲鳴を上げ、早く殺してくれと懇願しても妖精粉の機能が途絶えないかぎりは生き続けてしまう。
やめてくれと叫んでも、彼等が手を緩めることはなかった。
意識を手放そうとしても、あまりの痛さですぐ目を覚ましてしまう。
用が済めば、ふたたび部屋に閉じ込められるのだった。
ボロボロになった体は、ゆっくりと再生していく。
元通りの綺麗な状態に戻るのだが、マナの心はそうはいかなかった。
先ほど自分の身に起きた地獄のような体験が脳裏をよぎり、トラウマになってしまったのだ。
部屋隅っこで縮こまり、震えの止まらない体で一夜を過ごすことなんて珍しくはない。
次の日になっても、その扱いが変わることはなかった。
早朝から夜遅くまで実験をされる、もはや日常茶飯事になっていた。
あまりにもうるさい日は、口を糸で縫われ黙らせられたりすることもあった。
そのためマナは声を漏らさないよう堪えたりしていたが、拷問官はそれが気に入らなかったのか叫ばせようと拷問の手をヒートアップさせることもあった。
死なない、何度苦しめられても死なない。
マナはその事実に絶望した。
部屋の中で、誰も見ていないのを見計らって羽を毟り取ろうとした時もあった。
それでも羽は同じように再生した。
舌を噛み切った時もあった。
それでもやはり死なない。
まさに生き地獄と呼べる、終わりの見えない過酷な時間だった。
自分たちは便利に生まれすぎたのだ。
毎日毎日、同じような苦痛を味わいながら二年が経過した。
虚ろになった目で天井を見上げるだけのマナの部屋に、同じようにして捕虜になった少女がやってきた。
まだ子供だった。
人族で言う十歳ぐらいの少女である。
これから何をされるのか分からず、怯えていた。
まるで二年前のマナのように。
マナは怯える少女にそっと近づき、名前を聞いた。
少女は震えながらもモルガと、答えた。
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