第161話 円

 

 この世界に、鬼がいることは知っている。

 和の大国のフィールドにも何度か訪れたことはある(ゲームで)。

 三つの領土が争いもなく、平和に過ごしている。


 鎖国しているとはいえど鬼族は友好的で”鬼の領”に人族が迷い込んでも、最高のもてなしをしてくれるのが”アルカディアファンタジー”の内容だったが。


「離しやがれッ! こんな事してタダで済むと思うなよ! 人間風情が! 兄上……じゃなく頭領様の手にかかれば貴様らなど地獄釜の刑なんだからなッ!」


 縄に縛られている可愛い角を生やしたショタ鬼が、こちらの喉笛を噛みちぎろうと牙を剥き出しにしている。

 人間風情?

 地獄釜の刑?


「こちらとしては争う気はないが、状況を整理しよう。野原を移動していた無害なこちらを、森に身を潜めて攻撃を仕掛けてきたのは貴様らで、こちらは正当防衛するしかなかった」

「どーせ拘束した俺たちを、このまま殺すつもりなんだろ!」

「しない。こちらの事情を聞いて納得するのならば解放してやらないこともないが、馬鹿の一つ覚えのように争いを望むなら、悪いがしばらく縛り付けたままにする」


 捕まえた鬼族は五人。

 シャルロッテに逃走した奴がいないか確認を取ったところ、幸いにもゼロとのことだ。


 つまり、俺たちが鬼の領にいることを知っている目撃者はこの五人だけで、他にはいない。


「し、信じるか! 知っているぜ! テメェら”武の領”から送られてきた刺客だろ! 《八岐白鱗首》を頭領様から奪い取ろうと”鬼の領”に忍び込んできて、俺たちに見つかっちまった! ざまあみろ! こんな弱っちい縄なんかすぐに噛みちぎって頭領様に知らせてやる!」


 なんか、騒がしくしているショタ鬼に反して、他の大人鬼たちはずっと静かにしているな。

 落ち込んでいるような、絶望しているような。


「ロベリア様。甘いことは言ってられませんよ。この五人、この場でとっとと消しましょ」

「は?」

「ちょうど僕も同じことを思っていましたよ兄さん。邪魔な芽は、早急に摘まないといけませんよ」


 こんな時だけ、シャルロッテとリアムが意気投合している。

 寝て起きて、食事をして、歩いて、走って、さも当然の行動かのように、簡単に『殺す』という決断をした二人の、無機質な表情に唖然としてしまう。


「待てよお前ら、まだ話し合いをしてもねぇのに命を取るなんて、さすがに残酷すぎじゃねぇか? 敵意があっても、子供が殺されるのには黙っていられねぇよ」

「同上」


 ジェイクが猛烈に反対の姿勢をみせる。

 そんな彼の後ろに隠れつつ、同じように反対するシャレム。


「素敵な姿勢ですね。子供は純粋で尊いものだ、これは万人が信じる理想です。しかし、現実はそうではありません。子供であろうと、武器さえ手にすれば命を簡単に奪うことができる。彼らを生かしたことで、後に助けにきた彼らの仲間に我々がこの土地にいる情報が伝わったらどうしますか?」

「……ああ、それでも子供を殺すのはダメだ」

「でしたら、子供だけ生かして大人だけ殺せば満足なのですか?」

「それも……ダメだ」

「我儘なお方で、困りましたね」


 シャルロッテは間違っていない。

 目撃されれば排除する、それが彼女の本業暗殺者の基本かもしれない。

 根本的な倫理観は、俺たちとかけ離れている。

 だが、正しい。


 一方のジェイクは、優しさだけだ。

 俺たちが不利になったり、窮地に陥る可能性が生まれるかもしれないが彼らを生かすと主張しているのだ。


 リアムは、シャルロッテに賛同している。

 子供に優しいはずの彼が、あり得ないと思った。

 だがリアムは頭が良い、だからこそシャルロッテの方に付いたのかもしれない。


 俺は、俺は……。


「シャルロッテ、勝手に話しを進めるな。コイツらを生かすという考えを改めるつもりはない」

「……そうですか」

「ああ、俺を信じろ」


 シャルロッテとジェイク、二人の肩を叩く。

 二人が言い争っている間に、いい事を思いついちゃった。


 悪巧みをするときの表情を浮かべる。

 何故か横で頬を紅潮させ、うっとりとリアムが見つめてくるので、背中にいつもの悪寒が走る。


「さっきからテメェら! 何をゴチャゴチャ! さっさと縄を解けよ!」

「若、もう諦めましょうや。どーせ俺たちをどうやって処分しようか会議中なんですよ」

「そうそう、抗っても勝てない相手だって捕まった時にもう痛いほど感じさせられましたよ。あの黒装束の妖術使いだけじゃなく、小刀を持った女と弓矢を背負った男。俺たち束になって挑んでも勝てねーでしょうね」


 やはりショタ鬼に反して、四人の大人鬼はやる気ゼロの様子。

 自分たちの運命の終止符を受け入れているようだった。


「し、し、処、処分がなんだ! そんぐらいでビビる鬼がいてたまるか! お、俺は、兄上のように冷静沈着に、余裕のある笑みを浮かべて……」

「頭領様に認めてもらうため、自ら侵入者の捕縛任務を受けたのは立派ですがね若。頭領様のあの物言いからして、まったく期待されていませんよ絶対」

「この痴れ者! この俺を愚弄するか! 俺は”鬼の領”を統べる”頭領シュテン”の弟だぞ!」

「知ってますよ。だけど、侵入者の捕縛は失敗。逆に我々が捕縛……ぷぷぷ」

「笑うなぁ!」


 泣きそうなショタ鬼の目の前で腰をおろし、風魔術で縄を切る。

 五人の拘束を解く。


「「「「「えっ?」」」」」


 鬼たち、加えて仲間たちの声が揃う。

 俺のとった行動を信じられなかったのか、一同固まっている。


「俺たちの負けだ。とっとと腕を縛り付けて”鬼の領”に連行するなりしろ」

「………いい……のか?」

「……」


 静かに頷くと、解放された鬼たちはやるせない気持ちで俺たちを縛っていく。

 ジェイク達(リアムだけ除く)はまだ意図を汲み取れず、見事に全員連行されることとなった。


 作戦通りのはずだが、雰囲気のせいで俺も不安になってきた。

 いや自信を持とう、連行されるのは今回が初めてじゃないし、きっと大丈夫だ。







 ――――――






 ”鬼の領”

 ”童王”称される都の中央部には大江城がそびえ立っていた。


 城内で最も格式が高く、美しく飾られた広々とした居室。差し込む朝日に目を細め、文章を綴っていた筆を止める。


 退屈そうに頬杖をつき、家臣たちの居ぬ間を見計らって盛大なあくびを披露する。


「愚弟の強い意思など蚊ほども興味はないのだが……ふむ、あの過酷な大海原を超えての来航。俄然、沸き立ってくるよな」


 片目を手で覆い、男はその権能を発揮する。

 ”千里眼”でとうに侵入者の動向を視認していたが、自身よりも格上に対しては無効になるため断片的な情報しか得ることができていない。


 侵入者は正体不明の新勢力という段階での認識だが、この男。

 ”武の鬼”を統べる頭領”バラキ・シュテン”は敢えて家臣たちには『海からの来航者』ではなく『”八岐白鱗首”を奪いに来た勢力』とだけ伝え、その他情報を伏せていた。


「戦乱の世、混沌の時代。吉と出るか凶と出るか、もはや是非もなし……!」


 鬼の頭領バラキは白紙に無造作な円を描き、黒く塗り潰すと、それを高らかに頭上へと掲げた。

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