第162話 脱出


 連行された先は、小さな村でも町でもなかった。

 家族旅行で観光した大阪城と同等か或いはそれ以上か、立派なお城が中央にそびえる広大な都だった。


 腕を縄に縛られて、大通りを歩いている「何事」かと野次馬が物珍しそうに見てくるが、それどころではなかった。


 日本人の俺にとって、何処までも和風なこの都の町並みが馴染み深いものだったからだ。


 生きていた現代はここまで古風とは言わないが、それでも故郷を思い出すには十分だった。


 感動で泣きそうになる俺を、ショタ鬼は何を勘違いしたのか。


「ようやく自分の罪の重さを理解したな愚かものめ。だがもう遅い! この俺に捕まった罪人には、とことん生き地獄を味わわせてやるからな! はっはっはっ!」


 ご機嫌そうで何よりです。

 いつでも抜け出すことができるが、まだその時じゃないので大人しくする。


 大通りを行き交う鬼族たちは角さえなければ俺たちと変わらない人間の姿なのだが、向けられる嫌悪の眼に、それを許さないという拒絶のようなものを感じ取れた。


 人族と鬼族が友好的なのは、やはりゲームの中だけか。


 第一関門を突破した。

 脱出の機会がくるまでの辛抱だ。





「まーた牢屋の中かよ。それも頑丈な鋼鉄の鉄格子」


 ショタ鬼曰く、俺たちの処罰をこの領地で一番偉い頭領に決断させるとのことだ。


 処罰が下されるまでの期間、《隔絶の牢獄》という恐ろしい名の牢屋敷に幽閉されることになった。

 そこは、とても良い環境とは言えず臭い、汚い、狭いの三連弾だ。


 罪人に選り好みする権利はないけど、これはひどい。


「ああ……妖精王国で地下牢に幽閉された時を思いだす」

「懐かしいなぁ。王様の側近どもが人族を嫌っていたもんなぁ……」


 俺とシャレムの二人だけで思い出に浸る。

 英傑の騎士団でも牢屋に入れられたことがあったな。


 おかげで、この状況をなんとも思わないぐらい感覚が麻痺していた。


「そんで、脱獄はいつ決行するんだ? 作戦はあんのかよ?」


 ジェイクは敷いた布団の上に寝転がりながら、危機感ゼロで聞いてきた。


「まあな。妖精王国の牢には魔力を吸収する結界が張られていたが、ここにはない。鉄格子にかけられた南京錠の破壊は容易い。それか鉄格子もろとも破壊するか或いは壁という手もあるな」


 魔術においての結界という概念は”神聖国”が発見した技術だ。


 それが他国にも知れ渡り、百年という長い年月で一般的に使われるようになったのだが、鎖国している和の大国には、その技術がまだ知られていないのかもしれない。


「ワイルドにいくよりもスマートに抜け出すという手もありますよ?」


 当然のように天井に張り付いていたシャルロッテが胸の谷間から鍵を取り出して、投げ渡してきた。


「おいおい、コレって牢屋の鍵か! 一体どうやって!?」

「簡単ですよ。看守が鍵を懐に戻した瞬間、見えない速度で拝借しただけです」


 ジェイクの質問を、シャルロッテは誰でも出来ることですよっといった感じで説明した。

 恐ろしくて早い手付き、手慣れているな元暗殺者は。


「大きな物音を立てるよりも幾分ましだな。よし、決行は今宵、町が寝静まり返ったときだ」


 やることは決まった。

 だが、脱獄をするにはまだ早い時間帯だ。

 今はとにかく、待つことにしよう。








 政務中の頭領バラキの元に、弟であるドウジ・シュテンからの報せが届いた。


 報せを受け取ったのは御用人の女性ハクレイであり、彼女の口からバラキの血の繋がった弟であるドウジの成果が語られた。


 報せを聞いたバラキは、ドウジを称賛しなかった。

 小馬鹿にするかように、腹を抱えて笑ったのだ。


「はははは! まったく、何処まで行っても救いようのない愚弟だ。相手の力量も量らず、目先の功績に囚われ、自ら厄介者を連れてくるとは片腹痛いわ! ああ、斬首刑にしたい」

「あの……なんの話しを」

「気にするな。愚弟の戯れに、心底腹がたっただけだ。罪人の処罰の権を吾輩に委ねると言っても奴に人を殺す覚悟はない。殺生を拒む優しさは鬼にあるまじき感性だ」


 バラキから放たれた是非も言わせぬ圧迫が、城一帯を支配し、ハクレイを含む家臣たちを戦慄させた。

 長に必要なのは知識、民を導く統率力、そして実力も然りである。


「問答など無用。罪人どもを即行処刑にしろ。ただし抜かりなく、我らが誇る最高戦力”鬼哭ノ衆”によってな——」






 深夜、脱獄を決行した。

 できるなら朝日が昇るまで脱獄をバレたくないので、枕を布団で被せてカモフラージュする。


 見張りがザルになったタイミングを狙って、シャルロッテが盗み取った鍵を使って牢屋から出た。


「……ふひひ、成功したぜ」

「ああ、俺たち何か悪いことしてみたいだな」

「客観的にみたら罪を重ねている大犯罪集団ですね、僕たち」


 リアムの言う通り、俺たち完全に大犯罪集団だなこりゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る