最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載中》

第47話 地獄の宣言

　理想郷への襲撃から、丸一日が経った。

　船の中にある、狭い部屋に両手を拘束されたエリーシャが座り込んでいた。

　もう夜だというのに騒がしい。

　粛清という名の殺戮をしながら、この船に乗る者たちは祝杯を挙げているのだ。

「よぉ、エリーシャ」

　部屋に、エリオットが入ってきた。

　町の人、子供を殺したばかりだというのに、罪悪感を感じている様子はなかった。

　酒を飲んでいたのか、顔が真っ赤である。

「今日はめでたい日なんだからよぉ、拗ねるんじゃなく一緒に盛り上がろうぜ？　あの町のクソッタレな魔族どもをブチ殺したんだからよ」

「……私を生かしておいて平気なんですか？」

　苛つきを抑えながらエリーシャは聞いた。

　自分が生きて戻ることによってエリオットが不利になると思ったからだ。

「へっ、ラインハルはお人好しだからな。たとえお前の言葉でも、仲間を疑おうとは思わないだろ。俺はアイツの親友なんだからな」

　壁にもたれかかりエリオットはまた気味の悪い笑みを浮かべた。信頼していた人物の一人だからこそ、エリーシャはその態度にショックを受けていた。

「……罪悪感を感じないんですか？」

「おいおい……おい、俺が非道な魔族どもに対して罪の意識を持つって思っているのか？　奴らはな、殺されて当然のことをしたんだよ」

「何をしたって言うんですかッ！？」

「生まれたことが、罪なんだよ」

「———っ！」

　エリーシャは、エリオットに飛びついていた。

　狙うは顔面、強烈な頭突きをお見舞いする。

　が、効果は薄く、エリーシャは腹部に膝蹴りを受けてしまう。

「このっ、クソ女が！！」

　さらに顔を殴られ、部屋の隅に吹き飛ばされてしまう。

　意識を手放しそうになりながらもエリーシャは戦意を喪失しようとはせず、ふたたび立ち上がろうとしたが、エリオットに馬乗りにされる。

「はは……いつからお前、そんな眼をするようになったんだよ？　人魔大陸に飛ばされて頭でもおかしくなったのか？　なあッ！」

　バシッと頬を叩かれる。

　あまりにも強く、唇が切れてしまう。

　それでも、その程度の痛みでエリーシャは弱音を吐いたりはしなかった。

「ラインハルの後ろに、いつも隠れてたクセによ！　一丁前に逆らってんじゃねぇよ！　お前を生かしたのはなぁ！」

　太ももを掴まれ、強引に脚を開かれてしまう。

　すぐ目の前には下卑た笑みを浮かべるエリオットの姿があった。

「俺の女にする為だよ！　だから大人しく俺の言うことを聞きやがれよ！　このクソアマが！」

「ひっ……」

「前々から俺はなぁ、お前を気に入ってたんだよ。いつもラインハルが側にいたから手出しできなかったけどよぉ。ここにはお前を助ける人間は誰一人として居ねぇ！　今日から、お前は俺のモノだ！」

　先程の威勢がエリーシャから消え失せていた。

　怖い、怖いのだ、目の前の男が。

　自分よりも遥かに強いからこそ、自分にはどうしようもないと分かったからだ。

　目の端に涙を浮かべながら服を剥いでこようとするエリオットを阻止しようとするが、力勝負で勝てるはずがなかった。

「へへ、嫌がるエリーシャも可愛いなぁ。どうせラインハルとまだしたことがないんだろ？　アイツって真っ直ぐに見えて、こういうことには臆病だからなぁ」

「やだ……やめて……助けて……」

「嫌だって言っても止めるつもりねーから。いくら助けを呼んだって、誰も助けにこねぇよ。ほら、いつもみたく呼べよ、呼んでみろよ？」

　———助けて、ラインハル。

　いつものエリーシャなら、そう言っていただろう。

　しかし、彼女が助けを求めたのはラインハルではなかった。

　他の仲間達でもない。

　本当に、エリーシャが心から想っている人物の名は———

「助けて……ロベリア……」

　意外な名前を口にしたエリーシャにエリオットは困惑した顔を浮かべる。

　どうして傲慢の魔術師の名前が出てきたのか、当事者ではないエリオットが理解するのには難しすぎる疑問だった。

「何を言って……」

　あの男が助けにくるはずが———

　予兆もなく、船が大きく揺れた。

　まるで何かに衝突したかのように。

　体勢を崩し、エリオットは床を転がった。

　一体全体なんなのか、確認する前に甲板の方から叫び声が聞こえた。

　すぐ真上からである。

　同じようにして唖然とするエリーシャをそのままにして部屋の扉を開ける。

　そして、神装を手にして上へと向かったエリオットが目にしたのは。

　黒ずくめの集団だった。

　正確には黒い布を被った、武装をした集団である。

　祝杯をあげていた教団の連中が数人倒れていた。

　死んでいる、襲撃を受けたのだ。

「なっ、なんだテメェらは！？」

　そう問うと、先頭に立っていた人物がフードを脱ぎ、正体を現した。

　瞬間、背筋が凍えた。

　そんな……まさか、という声すら出せないほど眼前にいる人物の存在に恐怖する。

　船にいる数百人もの精霊教団、英傑の騎士団らも同様に、あまりの脅威に震憾していた。

　男は、いや、あの魔術師は。

　後ずさりをしながら、エリオットは自分の生存を最優先に考えた。

　目の前にいる存在に、勝つことが出来ないと直感で感じたからである。

「傲慢の魔術師ロベリア・クロウリーだ。今ここで宣言する。これから先は———

　———地獄の始まりだ」