第46話 悪役にでも何にでも



 目の前に広がっていたのは、死体の山。

 瓦礫に潰された者、無残に切り刻まれた者、子供もろとも焼かれた者。

 歩けど、歩けど住人達の死骸が途絶えることを知らない。


 町のところどころが燃えていた。

 此処は、地獄だ。

 吐き気を催し、足が重くなる。



「師匠―――!!!」


 声がした。

 見覚えのある声。

 アルスとジェシカの声だ。

 良かった。


 ホッとしていたのも束の間、二人は泣いていた。

 体中に切り傷を負いながら、目を真っ赤にして泣いていたのだ。


 俺は急いで、二人の元へと駆け寄った。


「…………え」


 死んでいた。

 弟子のルイが、目を開いたまま死んでいた。

 傍らにいたジェシカとアルスは、死んだ彼の手を握りしめながら泣いていたが、大丈夫。

 俺は懐から万能薬を取り出そうとしたが、ああ.……そうだった。


 俺はその場に、崩れ落ちた。


 死んだ者に、万能薬を飲ませても生き返らない。

 この町で、殺された者は誰一人として――――




 その後。

 戦士たちと協力して、町の中に生き残りがいないのかを探す。

 結果、三十人しか見つからなかった。

 誰もが震え、泣いて、許しを請うていた。


 どうやら襲撃者らは海からやってきたらしい。

 しかも海賊ではなく『精霊教団』と『英傑の騎士団』だという。

 まさか、その二組が結託していたとは。


 天井のなくなった会議室で、生き残った住人達から状況の確認をしていたが、あまりのショックで俺は何処かを一点に見つめてしまっていた。

 それを察してユーマが代わりに話を聞いていてくれた。


 原作ではエリオットに理想郷が壊滅したとだけ聞かされ、実際どうなったのかは確認していない。

 彼を信頼していたから疑わなかった。

 なのに裏で、こんな無差別殺戮に手を染めていたとは。


 気の毒そうに告げる奴の表情を思い出し、下唇を噛む。

 血が滲むほど強く。



 気づけば、俺は一人になっていた。

 海岸に立ち尽くし、灰色の空を震える瞳で見つめる。


 さっきまで、町は活気にあふれていた。

 ようやく生き甲斐を持つことができたことに、人々は幸せな顔をしていたのだ。

 永遠に続くと思った。

 だというのに、その平穏が俺が出掛けていた、たったの数時間で奪われた。


 傷つけまいと、殺さまいと誓った人間達の手によって。

 大切な住人、弟子の命が奪われてしまった。


 ああ、そうか、そうだよな。

 俺は悪役だから、間違ってしまうのだ。

 誰かを幸せにする、なんて綺麗ごとをするべきではなかったのだ。


 なら俺は、やはりロベリアのようにならなければ生きていけないのか?


「ロべリさん!」


「……君は」


 エリーシャの友人のヤエだ。

 深い悲しみで染まった顔をしていた。

 父親を殺されたのだ、無理もない。

 俺もそうだ、みんなそうだ。


「エリが……!」


 エリーシャが?

 そういえば、先ほどから見かけないな。

 あの子のことだ、死ぬはずがない。

 剣の腕なら、彼女に勝てる者なんてそうそう居ない。


「エリが連れていかれた! ロべリさん……! 」


 連れていかれた。

 ただでさえ絶望の淵にいるってのに、何だよ、それ。



「………はは、ははは」


 俺ではない誰かが、声を出して笑っていた。

 俺ではない別の人格が、愉快そうに――――




 何を躊躇っていなかったのか。

 奪われたら、奪い返せばいいのに。


 もういいや、皆殺しにしよう。

 悪役になれと言うのなら、大切な者たちのために悪役にでも何にでもなろう。

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