第66話 悪役の料理と、すれ違い



『黒猫帽子亭』という酒場で、食事をとっていた時だ。


 いつものように四人で食事をとっていると、硬いパンを頬張っていたシャレムが余計なことを言ってしまった。

 カウンター奥、目の前にいる店主に聞こえるようにだ。


「味薄いなぁ……やっぱロベリアの飯の方が美味いや」


 運ばれた料理にシャレムは難癖をつけた。

 しかも店主のお任せランチを。

 自信作だったのか、カウンターの奥で店主が怖い顔をしていた。


「このスープも野菜が不味いし、使っている肉も合わないし最悪だろ。ゴエディアもそう思うだろ?」


「全然、なんでも美味しい」


「ほらな」


 何が「ほらな」だよ。

 まったく共感されてねーじゃねーか。

 てか人の作った物を目の前で貶すな。

 マナーのなってない客だと思われるぞ。


「おい、そこの猫。今なんつった?」


「だーかーら。このお店の飯が、僕の舌には合わないって言ってんの。やっぱ外食するよりロベリアの飯を食った……方が……」


 シャレムの背後には、鬼の形相の店主がいた。

 あまりにも恐ろしくシャレムは自分の発言に後悔をしたが、時すでに遅し。

 店の外に叩き出されてしまった。


 店の前で砂ぼこりが舞い上がり、突然吹き飛んできた猫に通行人たちは騒然とした。


「ただでさえ貴重な食料に文句垂れるな馬鹿野郎!」


 店主はそういい厨房の方へと戻っていった。

 座っているカウンターの前だけど。

 自業自得とはいえ、あんな叱られかたをされたらトラウマになってしまうだろう。


「もう、シャレムちゃんったら!」


 シャレムを心配してエリーシャが店の外へと出ていってしまう。

 ゴエディアは食べるので夢中で、一連の出来事を見ていなかった。

 そうだよ、これだよこれ。


 シャレムもゴエディアの行儀の良さを見習って、黙って食べていれば蹴りだされることはなかったのに。

 賢者のくせに学ばない奴だ。


「そんで、あんた」


 店主に睨みつけられる。

 口の物を咀嚼しながら俺は顔を上げた。

 俺、別になんにもしてないんだけど?


「さっきの馬鹿猫、随分とあんたの料理を気に入ってたそうじゃねぇか?」


 馬鹿猫とは懐かしい響きだな。

 誰に言ったっけ。

 ああ、大森林テトの姫君の愛称だったな。


「そんなナリして料理ができるのか? ああ?」


「ちょっ! ダメですよ店長! 彼、あの有名な人ですよ。あんまり失礼なことを言うと、殺されちゃいますよ?」


 若い青年が騒ぎを聞きつけ、店主を制止した。

 別に、殺したりはしないんだけど。

 ロベリアなら店ごと吹き飛ばしていただろうな。


「うるせぇ! 馬鹿にされたまま引き下がれるかよ! そんなに料理が得意ならやってみせろよ! なあ!」


「プライドよりも命を優先してください! お願いします! 店長が死んじゃったら誰が俺の給料を払うんですか!?」


「なんだとテメェ! 俺の命より金かっ!」


「ごへっ!?」


 あ、殴られた。

 なに、漫才を見せつけられてるの?

 野次馬まで出来ちゃってるし、入る店を間違えたのかもしれない。

 いや、あれもこれもシャレムのせいだったな。


「ろべりあ?」


 椅子から立ち上がり上着を脱ぎ、袖をまくり上げる。


 青年の襟を掴み、キレ散らかす店主を通りすぎ厨房の中に入る。


「そこまで言うのなら見せてやる……一人暮らしの飯とやらを」


 認めたくないものだな。

 自分自身の、独身男性ゆえの過ちというものを。


 三倍の速さで、完成してやんよ。


 



 数時間後。

 店が繁盛した。


 店主は、さきほどのシャレムの発言を許してくれた。


 満面の笑顔である。

 よかったよかった。

 これで一件落着だと言って終わりたかったのだが。


 店主が俺の店を継いでくれと、急に言い出してきた。

 頭を下げ、俺の息子になってくれとまで頼み込まれ、娘まで紹介された。


 店を継ぐ気もないし、結婚を前提に付き合っている恋人もいると告げた。

 そしてゴエディアと共に、その店からさっそうと逃げ去るのだった。


「待ってくれー! ロベリアさーん!」


 悲痛な声で、呼び止めようとする店主を乗り越えて。

 かなりの速度で走っていたため途中、誰かとぶつかってしまった。


 だが急いでいるため、顔を確認せず「すまない……!」とだけ謝り、先を急いだ。


 




 ―――――






 

「うぅ、酷いものだ。こんなか弱い少女にぶつかっておいて、手も貸さないとは……」


 誰かとぶつかり尻もち付いてしまったラケルは立ち上がり、砂ぼこりを払った。


 今度、ぶつかってきた人物を見つけたときに仕返しをしてやると若干イラついていたが、相手の顔を見ていないので分かりようもない。


 人魔大陸では日常茶飯事だろう、と仕方なく納得しながら彼女は町の宿屋を目指す。

 今度は、この町で情報収集をするのだ。


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