第5章 人魔大陸からの帰還

第31話 混沌とした大陸



 エリーシャが目覚めたのは、洞窟のような場所だった。

 薄暗い、湿気た洞窟である。


 どうやら寝ていたらしく、体には誰かの上着が掛けられていた。

 とても大きい、黒い見覚えのあるローブだ。

 何故、ここに居るのかが思い出せない。

 ロベリアから発せられた光に飲み込まれ、そこで意識が途絶えたのだ。


 けど、この洞窟には自分以外に誰かがきっといるはず。

 まだ近くに、このローブの持ち主がいるのかもしれない。


 ローブを丁寧にたたみ、エリーシャは洞窟の探索を開始した。

 微かだが風が吹いている。

 それも、かなり大きな音を発している風だ。

 音を辿って狭い通路を進んでいき、数分して彼女は出口にたどり着いた。


 嵐だ。

 外は、到底出歩くことが出来ないほど強い嵐に見舞われていた。

 遠い先には、山を飲み込むほど巨大な竜巻が渦巻いており、その周りを十秒間隔で雷が落ちていた。


 ありえない光景である。

 しかも、そのすぐ隣にも同じ大きさの竜巻がもう一つ……。


 息を飲み、エリーシャは後ずさりする。

 そんな長い時間、出口に立っていないのに雨で体のそこらがビショビショになってしまった。

 それに強風で目を開けるのもやっとである。


 急いでエリーシャは洞窟の奥へと戻ろうとしたが、人影が立っていた。

 自分がやってきた方向に大男が一人。


「ひっ……!?」


 エリーシャは恐怖のあまり、へこたれてしまった。

 何故なら男の全身が赤黒い血で染まっていたからだ。


 それを前にして怖がらない人なんていない。

 絶望的すぎる状況である。


 まるで獲物を発見したかのような鋭い双眼を向けられ、堪えきれずエリーシャは、


「ギャアアアァァァ!」


 洞窟の最奥に響くほどの声で、絶叫した。





 ――――





 どうやらこの洞窟はゴブリンどもの巣だったらしい。

 RPG定番の雑魚モンスターであり、俺が来てすぐに攻撃をしてきやがった。

 なので、こちらも容赦なく洞窟に存在するありとあらゆるゴブリン数百匹を排除させてもらった。

 ボスのような奴もいたのだが欠伸が出るほど弱かった。


 そこにあった乾いた木の枝や葉っぱなどを回収して、眠らせていたエリーシャの元へと戻るのだが俺を見るや絶叫されてしまった。

 ゴブリンどもの返り血で濡れた俺の姿は、どうやらホラーものらしい。



 そして現在。

 焚火で濡れてしまったエリーシャの服、なによりも下着を乾かしていた。

 まさか怖さのあまり漏らすとは、彼女には悪いことをしてしまった。

 いや、寧ろラッキーだったかもしれない。


 焚火で暖をとるエリーシャが着ているのは、俺の貸したローブ一枚だけの状態である。

 エロいが、そういう思考はナシにしているので顔には出さない。

 俺は紳士だ、賢者だ、そう自分に言い聞かせる。


「おい、平気か?」

「いえ……まったく」


 冷たい返事だ。

 そりゃ、そうだろう。

 何処か分からない場所でロベリアと二人っきりとか、居心地が悪すぎる。


「此処は、どこなんですか? できれば早く、みんなの所に返して欲しいんですけど」

「できればやっている」


 光に飲み込まれて別の場所に移動した。

 原因は、たぶんノアから貰った指輪なんだろうな。


「ある魔術師から魔術道具であるこの指輪を貰ったのだが、どうやら所有者が危険な目に遭うか、死にそうになったら転移魔術が発動するよう施されているらしい。それも飛ばされる場所はランダム」


 ダンジョン攻略で戦闘不能になったら指定の場所に緊急避難させるアイテムなど珍しくはないのだが、まさか行ったことのない場所に飛ばされるとは困ったものだ。


「同時に所有者の傷をも癒す効果があるらしい。おかげで死なずに済んだ」

「そ、それは……ごめんなさい」

「いい、別に貴様のせいではないからな」


 現在地はおおよそ見当はついている。

 洞窟の外で起きている異常気象、あの場所しかあり得ない。


「うぅ……ラインハル」


 不安そうにしているエリーシャには悪いのだが事態は深刻だ。

 かつて千年も前、神話の時代。


 人族と魔族の軍勢が争っていた大陸があった。

 数百年も戦争が続いたせいで大陸の隅々は荒れ、ありとあらゆる生物が死滅。

 戦争が終わった後、そこは殺伐とした場所になってしまった。


 ほとんど強い種族、魔物しか生息しておらず国や町、村なんて稀にしかない。

 森も少ないし、異常気象が起きることも珍しいことではない。


 この混沌とした『人魔大陸』では当たり前のことなのだ。


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