第32話 主人公への嫉妬




 洞窟生活3日目。

 やっとのことで嵐は鎮まり、外は快晴になっていた。

 気持ちのいいポカポカとしたお日様だ。


 とは言い難く、外はありとあらゆる生物をグリルにしてしまうほどの灼熱である。

 竜巻が雲のほとんどを吹き飛ばしやがったせいか、地平線まで空は真っ青だ。

 うん、なんて場所だろうか、殺しにきやがっている。


 一応『耐熱の薬』は持っているが一本だけである。

 これを使えばエリーシャの分がなくなってしまう。

 かといって彼女に一本しかないと告げると遠慮されて使われなくなるかもしれない。

 自分より他人を優先する、エリーシャはそういう子だ。


 なので黙って耐熱の薬を渡すことにした。

 初めは警戒されていたが、あまりにも暑いため仕方なく使ってくれることになった。

 やはり百パーは信用してくれないか。

 愛しのラインハルの宿敵だもんな。


 彼女が身体中に薬を塗りたくっている間、俺は太陽を見上げながら自作のコンパスを手にする。

 人魔大陸というのは予想でしかないため、これから向かう先が正解という可能性は低い。


 だが、俺の記憶が正しければ現在地は人魔大陸の南方にある山岳地帯だ。

 『星屑の跡地』と呼ばれている。


 かつて星を眺めるスポットとして有名だったらしいのだが、この状態で観光しに来たら間違いなく死ぬだろう。


「あの、ちょっといいですか」


 砂漠のような場所を進んでいると、不意にエリーシャが声をかけてきた。

 俺を怖がって無言だったのに、どうして急にと疑問に思ったのだが、別に問題はないか。


「どうして、いままでラインハルと敵対していたんですか? 私たちの前に現れるときの貴方は、いつも怒ったような顔をしていました」


 生まれつきだ。

 と言いたいところだがロベリアは個人的にラインハルを嫌っている。

 なんせ自分が一番じゃなきゃ落ち着きのない奴だからな。


 一番が好きだ、ナンバーワンが座右の銘かもしれない。


「さあな、もう忘れてしまった」

「そうですか……けど」

「安心しろ。貴様とはもう敵対はしない。時間の無駄だからな」


 今まで邪魔をしてきたのに都合のいい話だ。

 エリーシャは怒るのだろうか。

 覚悟していると、


「そう、安心しました」


 意味深な言い方だ。

 まるで何か悩んでいるかのようで、モヤモヤする。


 ラインハルといえば、心配だ。

 あの場で唯一、俺に触れていたエリーシャを転移に巻き込んでしまったのだからリーデアの時と同じパターンで誘拐犯扱いされたりしないよな。


 エリーシャを必要以上に溺愛しているため、死に物狂いで捜索をしているはずだ。

 しかし人魔大陸は過酷な環境であるため、今のところは捜索範囲外になっているかもしれない。


 早く連れ戻さなければ、今度は本当に殺されてしまう。

 俺の新しい任務はメインヒロインのエリーシャを無事に送り届けること。

 例え、何かを犠牲にしてでも遂行しなければならない。





 ――――






 A級魔物『ビッグスコーピオン』の大群に囲まれた。

 やはり砂漠といったらサソリかと謎の理論を立てながら戦闘に移行する。


 ビジュアルが想像以上に悍ましいため、なるべく触れずに炎属性魔術で確実に焼き払う。

 虫は生命力が高いゆえ、確実に殺すのなら炎しかない。


 エリーシャも俺と同様魔術師であるため、ある程度は援護してくれていたが。

 三十匹もいた巨大サソリをほぼ単独でで全滅させた。


 規模のデカい魔術を連発したせいか地形がぐちゃぐちゃである。


「疲れたのか?」

「え、いえ、全然!」


 強がっているのだが、慣れない砂漠での戦闘はやはり疲労が凄まじい。

 現にエリーシャの息遣いが荒い。


 額も大量の汗で濡れており、今にでも倒れそうである。


「役立たずが無理をするな」

「キャッ!」


 了承を得る前にエリーシャをおんぶする。

 あまりにも唐突なので一瞬だけ悲鳴を上げ暴れられたが、下心は決してない。


「まだ私たち知り合ったばかりですし、そ、その、こういうのはいけないと思います!」

「黙れ」

「ひっ」

「俺は足手まといが嫌いだ。貴様のような、すぐに死にそうな女が特にな」

「わ、私は、そんな弱くはありません……!」

「そうは見えんがな」


 嘲笑ってやると、それが気に入らなかったのか頬を膨らませて怒っている。

 ぷいっと顔を逸らされてしまったが、すぐに大人しくなってくれた。


 やはり健気で、可愛らしい子だな。

 ラインハルの野郎にちょっとだけ嫉妬しながらも、俺は『ある町』を目指し歩くのを再開するのだった。





 ――――





 一方のノア家。


「師匠」

「んー、なんだいラケル」


 実験の成果を記録中のノアは忙しそうにしながらも、地下に下りてきたラケルに返事をする。

 とても大切な実験なのでなるべく手短に会話を終わらせたいところだが、


「ロベリアさんが英傑の騎士団の一人と行方不明になったらしい。多分、師匠の試作の魔術道具が原因かも」

「なんだって!!?」


 机にあった薬品や本やらが吹っ飛ぶ。


「まさか成功したのかい! やった! やったよー!!」

「そこじゃねぇだろ師匠」

「えっ、あ、はい。いま君、口調……」

「師匠の渡した指輪が原因なら、いまどこかにいるロベリアさんを探しに行かなきゃ」

「あ、うん。確かに」

「だから私、旅にでようと思う」

「へ?」


 すでに旅荷物を整えていたラケルが決意した顔で言う。


「それなら僕も行くよ」

「必要ないよ、師匠は仕事に専念して。すぐに見つけ出すから」


 そういいラケルは階段を上っていってしまった。

 それをポカンと、いまいちピンときていないノアは眺めていた。

 愛弟子が旅をしてしまう。

 まさか、そんな冗談な、と軽く受け止めていたが。


 数時間後、夕食が用意されているであろう食卓に行くと、そこには何もなかった。

 いつもは温かいご飯がテーブルに並んでいるというのに、一つもない。


 そこでノアはようやく理解した。

 弟子ラケルが、友人と逢わせてくれたロベリアを探しに本当に旅に出てしまったことを。


 ノアは人知れず、涙するのだった―――

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