第1章 悪役として目覚め
第1話 転生したぶっ壊れ性能キャラが、まさかの登場人物全員から嫌われているキャラだった
眠りから覚めた俺の視界に広がったのは、いつもの無機質な天井ではなかった。
地平線まで続く青空と、果てしなく広がる広大な平原。
その境界に、俺は眠るようにして倒れていた。
そこは空がよく見える高台のような場所だった。
どうして俺はこんな場所で寝ていたのだろうか?
ついさっきまで、部屋でゲームを遊んでいたはずだ。
三連休だからと浮かれて徹夜を試みようとしたものの、情けないことに寝落ちしてしまって……それからどうしたのか。
気付けば、見知らぬ平原に寝転がっている。
まるで一昔前にネットで流行った異世界転生か、あるいはスリップでも体験しているかのようだ。
いや、そんなわけはない。これは夢だ。
誰だって一度くらいは、ファンタジー世界に迷い込む夢ぐらい見るものだ。
頬をつねってみれば……あれ、普通に痛い?
痛覚までそのまま感じてしまうとは、妙にリアルな夢だな。
苦笑いを浮かべながら、自分の体のあちこちを弄っていると、懐から鏡の破片のようなものを見つけた。
特に何かを期待していたわけでもなく、ただの出来心でその破片を覗き込むと——
「……っ!?」
そこに映り込んでいた恐ろしい顔に驚き、思わず尻もちをついてしまった。
破片に映っていたのは、明らかに俺ではなかった。
染めた覚えのない銀髪。
現実ではあり得ない真っ赤な双眼。
日本人とは思えない西洋風の顔立ち。
俺ではないが、見知らぬ顔でもなく——
「——こ、こいつは……」
ついさっきまで遊んでいたゲームに登場する、最も嫌われた最凶最悪の悪役キャラ。
その名は——『傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー』。
————
王道ファンタジーRPG、『アルカディア・ファンタジー』。
日本でも大人気のスマートフォン向けソーシャルゲームだ。
魅力的なキャラクターと壮大なストーリー。
やり込み要素が豊富で、ストアランキングでは常にトップを独占する大人気作である。
『勇ましき炎』という勇者の加護に目覚めた主人公が、千年もの間祠に封印されていた運命の少女や、出会った数々の仲間たちと共に世界を救う、王道的な物語が展開される。
選定の儀式で勇者に選ばれた青年、ラインハル。
困っている人々を一人でも多く助けたいと願い、ギルド『英傑の騎士団』を創設し、そのギルドマスターを務める正義の主人公だ。
ギルドに所属するメンバーは優に百人を超え、世界各地に拠点を構えるほどの規模を誇っている。
黒髪に黒目という平凡な容姿でありながら、多くの女性から慕われ、もちろん容姿端麗な男たちからも一目置かれていた。
まさに誰もが思い描く絶対的な地位と信頼を築き上げた、王道系主人公そのものだ。
一方、俺が転生してしまったキャラクターは、作中で最も嫌われている傲慢で性格に難のある悪役、ロベリアだ。
世界最強と謳われる十二人の一人に名を連ね、魔術の腕は並ぶ者がいないほどのチート級。
だが、なぜこのキャラになってしまったのかは一旦置いておくとして、まずは現状を把握しなければならない。
容姿からすると年齢は中年くらいだろうか?
その悪名はすでに全世界に轟いている時期なのかもしれない。
ロベリアが恐れられる理由は、『黒魔術』——決して手を出してはならない禁断の魔術を密かに研究し、その力で世界のすべてを破壊し尽くそうとしたことにある。
『黒魔術』とは、人間の体内を侵食し狂人化させる『黒魔力』を操らなければ使用できない、古来より伝わる鬼畜で外道な魔術だ。
人でありながら人類に害をなす魔術を実現させようとすれば、誰からも嫌われるのは当然だろう。
そんなロベリアは、主人公ラインハルを心底憎んでいた。
ラインハルの前に何度も立ちはだかり邪魔をするため、その鬼畜ぶりに苦しんだプレイヤーは数知れない。
攻略サイトすら役に立たないほど、こいつは強いのだ。
だが、現在第三部作の製作も予定されているメインストーリーの中で、ロベリアは第一部の終盤でラインハルの聖剣に貫かれ、無様に死ぬという最悪の結末を迎える。
もしこの乗っ取った肉体が同じ運命を辿るなら、ロベリアの死はすなわち俺の死に等しい。
そうならないためには、バッドエンドを回避する行動を取らなければならない。
とはいえ、普通に生きていればそんな目に遭うこともないだろう。
死ぬと分かっていて悪役ムーブをするわけがない。
たとえ名前も知らない相手であっても困らせるなんて言語道断。踏み外してはならないのが人の道だ。
そう呑気に考えながら、草むらから立ち上がった。
すると、再び懐から一冊の本が落ちてしまった。
慌てて拾い上げ、ページにざっと目を通す。
そこには『実験日記』と記されていた。
何となく最後のページを開き、実験の成果を確認した瞬間——
嫌な汗が流れ落ちた。
——ロベリアはすでに黒魔術を最終段階まで完成させていたのだ。
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