第42話 それは恋



 あれから、一ヶ月が経過した。

 以前よりかは理想郷アルカディアは過ごしやすい場所になったような気がする。


 男達に戦い方を教え、女達には料理を教え、子供達に知識を授けた。

 人魔大陸でも栽培しやすい作物や、薬の調合に使える植物の種類などを教えた。

 食料難から脱した町の住人達は溢れんばかりの活力を発揮し、教えたことをすぐに飲み込み実践してくれた。


 人魔大陸の土でも育てられる作物を栽培し、付近に生息する魔物を殲滅し、余裕ができたら漁船まで作り始めていた。


 元から優秀な人材ばかりである。

 今まで余裕がなかったせいで、本来の能力を発揮できなかったのだろう。


 一方の俺は、子供達の指南に尽力していた。

 アルス、ルイ、ジェシカ。

 子供ながら力を求め、誰かの役に立ちたいという三人の想いを無下に出来なかったからだ。


 だが教えるのなら徹底的にやる、手抜きはしない。三人もそれに同意して、どんな過酷な修行でも付いてきてくれた。


 魔力操作を始めに、それを放つまでのプロセスを繰り返す。

 魔術は慣れだ。

 初めから難解な強い技を放つことはできない。

 まるで剣の素振りのように何度も何度も繰り返えさなければならない。


 一方の、エリーシャはというと。

 最近になって彼女は剣術の方が向いていると分かった。

 魔術の才能も多少はあるが、彼女が剣を初めて握ったあの日のことを思い出す。


 二週間前。

 食料確保のため、外で魔物を狩りに出掛けた時のことだ。

 少しでも実戦とやらを経験させるためにエリーシャも同行させていた。


 目指すのは『骨喰いの谷』。

 その峡谷にはB級と、他と比べて弱い魔物しか生息しておらず食糧確保には打ってつけの狩場だったはずだが、こちらが集団だったのが災いして魔物たちは百近い数で襲い掛かってきたのだ。


 狩りに同行していた理想郷の戦士たちやエリーシャを先に逃がして魔物の群れを食い止めようとしたのだが、やはり一人では限界があった。

 数十匹逃してしまったのだ。


 それも、かなり手強い蜘蛛の魔物『デススパイダー』を。

 奴らが吐き出す蜘蛛の糸には酸性があり、触れたら十秒もせず皮膚がただれてしまうほどだ。

 それに、なによりも素早い。


 そのせいか、数人が犠牲になってしまった。

 一人がエリーシャを庇って死んだ。

 目の前で仲間が殺され、彼女は足を止めた。


 仲間の返り血で真っ赤になったまま、まるで過呼吸になったかのように大きく息を吸っては吐いていた。

 そして亡くなった者の落とした剣を拾い上げ、まだまだ向かってきていた数十匹の魔物どもを、たった一人で全滅させたのだ。


 剣術を知らない、荒々しい動きだった。

 それでも瞬く間に敵を倒していくエリーシャを目の当たりして、確信した。


 俺の知っている原作のエリーシャと。

 今、目の前のエリーシャが別人になってしまったと。

 原作のように、仲間に守られるだけのヒロインではなかったと知ってしまったのだ。


 魔物が全滅し、死骸に囲まれたエリーシャは剣を落とした。

 膝から崩れ、泣いていた。


 俺は、どう声をかけるべきなのかが分からず傍らに立っていると、思いっきり抱き着かれた。

 クシャクシャになった顔を胸に埋められ、小刻みに震える腕を背中に回される。

 拒むことが出来ず、そっと抱き返す。


 さきほど魔物を倒したと思えないほど小さく細い身体だ。

 いつ死んでもおかしくないほど脆く、儚い。

 それなのに、彼女は泣かずに頑張ってくれていた。

 知らない人、知らない土地に飛ばされて不安になりながらも、それを押し殺していた。


 だが、英傑の騎士団の輸送船を送ってくれれば、それで彼女を仲間達の元へと返すことが出来る。

 エリーシャがそれを望むのなら止めはしない。

 俺との別れは、もう近いかもしれないから『安心しろ』と口にしたい。






 ―――――





 翌日。

 町でエリーシャは、こちらの手伝いをしながらも空いた時間を剣術の鍛錬に費やすようになった。

 戦士たちに剣術を教わり、時には彼らの訓練に混ざったりする。

 彼女は急激に成長して、今では理想郷で敵う人間はいない程である。


 そんなエリーシャに、同年代の友達ができたようだった。

 名前はヤエ。

 もとは鍛冶屋を営む父の手伝いをしていたが戦争で故郷を失った彼女は、父とこの町にやってきたのだ。

 同年代というだけでエリーシャと意気投合して良い友人関係を築き上げていた。


「……いいなぁ、エリはさ」

「へ、何が?」

「だって、羨ましいじゃん。好きな男の子がいながら、彼と再会するために他の男に守られる。顔はちょっぴり怖いけどイケメンとか、夢物語じゃん」


 エリはエリーシャの偽名で、好きな男が勇者ラインハルとは言っていない。

 流石に身元を明かすことができないため騙すという形になってしまう。

 そんなヤエに、エリーシャは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「そんなに羨ましいことかしら……よく分からないわ」

「かあ、これだから田舎っぺは!」


 人差し指を立てながらヤエは「ちっちっち」と舌を鳴らした。


「貴方がそう思っていないかもしれないけど、ロべリさんの方がそういう気なのかもしれないよ」

「そういう気で、ええと、どういう気?」

「……くっ、ここまで天然な娘だったとは。いい! 私が言いたいのはアンタを守るには相当な理由があの人にあるかもしれないってこと。例えば、エリのことが好きとか……てっ、ええ!?」


 ヤエは驚愕していた。

 火が出そうなぐらい、エリーシャの頬と耳元が真っ赤に染まっていたからだ。


 時々、子供たちに魔術を教えているロベリアをちらちらと見ていたりしているが、まさかとヤエに電流が走る。

「た、た、確かにカッコイイとは、お、思うけど……恋愛感情はね、な、ないよ!」

(ある! 絶対にあるよ、この子!!)


 顔を真っ赤にしながら言っても説得力がない。

 しかしエリーシャにはラインハルがいる。

 好きになるはずがない、そう誤魔化してみせるのだが気持ちが治まらない。


 確かにキッカケはあったのかもしれない。

 迷宮で命を救われ、厳しい口調ながら本当は優しく、皆を助けようしていて、手を汚したときに抱きしめ返してくれて。


「ええ、じゃ嬉しくないんだ」

「う……嬉しくは……なくはないよ?」


 指をいじり、もじもじと答えるエリーシャにヤエは苦笑いする。

 どうやらロベリアが好きだというより、そういうことなのかもしれない。






「……しゅっ」


「ロべリさん風邪か!?」

「あの師匠が!」

「なんてことでしょうか! 今日はもう安静にしていてください!」


 小さなくしゃみをしただけなのに弟子たちが過剰に心配をしてきた。

 だが、一回きりでくしゃみが治まったので、どうやら風邪ではないようだ。

 傲慢の魔術師が風邪で寝込むとか、誰かに見られでもしたら爆笑されてしまう。


 しかし風邪ではなかったら何だ?

 誰かに噂でもされたのかな?

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