第50話 人質



「……飲め」


「これは、なに?」


 仲間達の元へと戻る前に、エリーシャに少量の水色の液体が入っている瓶を差し出す。


「ただの、回復薬だ」


「んー、なんか怪しいな」


 ジト目で様子を伺ってくる。

 ロベリアの三大特技の一つが無表情だとは知らずに無駄なことを。

 いや、傍から見れば確かに怪しいな。


「いいから飲め、飲め、飲め、飲め」


「分かった、分かったてば! もう、ロベリアらしくないんだから……」


 強引に迫ると、大人しく受け取ってくれた。

 良い子だ、頭を撫でてやる。

 むくれながらエリーシャは瓶のふたを外し、中身をぐいっと飲み干した。


「んっ……なんかコレ、苦いなぁ…………ふぁっ……」


 一瞬で眠りに落ちたエリーシャの体を受け止める。

 腕の中で、可愛らしい寝息を立てる彼女を見ながら内心謝る。


 エリーシャに飲ませたのは睡眠薬だ。

 飲ませた者の外傷を癒す効果もあるので、顔の痣がみるみると治っていく。


 申し訳ないが、やはり外の光景を彼女に見せるわけにはいかない。

 そのままエリーシャをお姫様だっこして、甲板へと戻る。




 外に出ると、死体が山積みにされていた。

 ここに連れてきたのが精鋭ばかりだったので当然といえば当然だ。

 精霊教団および英傑の騎士団は全滅、呆気のないものだ。


 エリーシャを筋肉隆々な美人の戦士アルテナに託し、ひとまず状況を把握するためにユーマの元へと行く。


「お疲れ様です、ロベリア殿」


「ああ、船内にいる輩は全滅させた。そちらはどうだ?」


「外の敵は壊滅させましたが、その、アルスの姿が見当たらないんです」


「……なんだと?」


 周りを見回すが、確かに姿がない。

 他の戦士たちも探していたが、バカでかい船だけあって捜索が難しくなりそうだ。


 やはり連れてくるべきではなかったと後悔しながら捜索に加わろうとした、まさにその時―――



 爆発が起きた。

 船内の何処からだ。


「全員退避!! 漁船に戻れ!!」


 乗り込むときに使った、船のすぐ近くに停めていた二隻の漁船に戻るよう全員に指示する。


「ロベリア殿はどうなさるのですか!?」


 漁船に乗り込んだユーマが、まだ甲板に残る俺を見上げながら聞いてきた。

 

「敵がまだ、どこかに潜んでいるようだ。このまま逃がしてはまずい。ソイツを片付けアルスを見つけ次第、追いかける。そのまま行け」


「しかし……」


「いいから早く行け、これは命令だ」


 今さっきの爆発で船は沈没を始めているため、大勢での捜索となるとリスクが大きい。

 これ以上、仲間の死ぬところを見たくない。


 それを察してくれたのかユーマは深く頷き、漁船を遠ざけた。





 船の内部へと戻り、今度は見逃さないように一部屋一部屋を注意深く確認する。

 だが、やはり人の気配はない。

 不安になりつつ更に奥へと進むと、ある広間にたどり着いた。


 扉をそっと開け、中に入ると。

 奴はそこにいた。


 頭から血を流しながらも必死にもがくアルスを盾にするように、こちらにニヤケ面を向けてくるエリオットがいた。


「……賭けだったが、まさか本当に来るとはな」


 剣の形状をした神装『グラディ・スイッチ』をアルスの喉元に突き付けている。

 あれでは完全な人質だ。


「理想郷の奴ら、どうやってテメェのような用心棒を雇ったんだよ。おかげで、うちの奴らが殆ど全滅しちまったじゃねぇかよ」


「……そいつを離せ」


「餓鬼の命に気にかけるような奴だったのかよ? エリーシャとテメェが一緒に消えてから何かあったのか? ロベリア助けてって言ってたしよ」


 今度は憎ましい眼光で睨み付けられる。


「餓鬼は離すよ、だがテメェが自害したらな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る