第130話 決着③
―――狂気を渇望しろ。
彼の言葉に従ったのではない。
肉体の持ち主の要求を、甘受したわけでもない。
思考が、意思が、脳みそが快楽で麻痺していた。
黒魔力の本質とやらに近づけば近づくほど、
それを求めてしまっている
体を剣を包み込む黒い炎は、かつて世界を壊滅の危機に陥らせた禁忌『黒魔力』そのものである。
その危険性を分かっていながら、余すこと無くその膨大なエネルギー量を解放したことで黒魔力は視覚化できるほどの形を得て、使用者の肉体も精神も支配する。
名を『
ロベリアを中心に、竜巻が巻き起こる。
大地にさらなる地割れが訪れ、止むことのない隆起が連続する。
加えて此処は、ロベリアの心を映し出した、彼だけの世界だ。
竜巻は小規模なものへと徐々に収縮していく、しかしそれは力を失ったからではない、握りつぶされるように凝縮していっているのだ。
全力を持って、敵を穿つ一撃。
空へと上昇した竜巻から、黒い光線が放たれた。
それは、ただ目の前の事象を見つめているベルソルに向かって、一直線に降り注いだ。
―――これは、死ぬな。
ベルソルがようやく、戦いの中での死を実感した瞬間だった。
どのような生物でも地上に生まれ落ちれば、逆も然り、いつかは等しく死ぬ。
神によって兵器として創り出されたベルソルにも、平等にそれは実在した。
だけど恐怖はない。
むしろ光栄だった、最強の一撃には最強の一撃で応えるべきだ。
紅蓮の炎が燃え広がり、甲冑のようにベルソルの全身を纏う。
「万物流転――尽くに焼灼せよ」
ベルソルの握りしめる斧は、神の世界で作られた代物。
『神装ミスルトウ』
太陽と同等の火力が、万象を滅却する武器だ。
燃えたぎる大地から、一閃の炎柱が昇る。
そしてやがて―――衝突する。
天変地異によって、世界が半分消えた。
消滅した箇所、かろうじて状態を保った箇所の境界に亀裂が生じる。
まもなくして、この世界は完全に消滅する。
たった一撃で、半分以上の力を行使したベルソルとロベリアは、向き合うようにして立っていた。
「まだ、終わらねぇ! 戦いはまだ、これからだ!」
ベルソルがそう宣言する。
対して、表情すら見えなくなるほどまで黒い炎に包まれたロベリアからは、獣のような咆哮が放たれた。
もはや、どちらが化け物なのかが見当も付かない。
付けなくてもいいのだ。
理性を失っても、勝てば良い。
勝った者が、正義なのだ。
それはベルソルも同じだった。
だからこそ、この時、解放しなければならなかった。
炎は小さな粒子へと変化し、ベルソルを覆いながら次第に増え、さらに高く高く、塔を構築するように収束していく。
「天獄―――借りるぜ」
巨大化したのだ。
忘れてはならなかった。
何故、彼が『古の巨人』よ呼ばれていたのかを。
その手に収めていた斧も、所有者と等しく巨大化していた。
只でさえ埒外に強いというのに、その力は何倍にも膨れ上がっていた。
これこそがベルソルの最高地点、神に与えられた大地を断裂するほどの力。
「この姿に至ったのは千年前、天獄と
あまりの熱量に、地上は焦土と化した。
足場を失ったロベリアは浮遊魔術で空へと上昇して、山のように巨大になったベルソルと相対する。
境界の亀裂がさらに拡大して、世界が三分の一消滅した。
もはや猶予もない。
このままでは元の世界に還ってしまう。
「さあ、終いにしようじゃねぇか。もとから人が神の力に勝るなんざ不可能だったんだよ。死にものぐるいで努力しても、大切にしていたものを犠牲にしたとしても、超えられねぇ壁は存在する。失うことがどんなものなのか、身を持って教えてやる!」
呼吸すら苦しい。
皮膚が焼ける。
このままでは、このままでは、足りない。
まだ渇いたままだ。
危機を一歩手前にして、ほんのわずかの失っていた理性をロベリアは取り戻した。
そして気付く。
体内にある魔力を貯蔵する『魔力器』が、一つだけではないことを。
ロベリアの魔力器だけではない、空っぽの瀬戸有馬の魔力器が。
思考よりも、覚悟の方が早かった。
魔力という概念を一度も溜め込んだことのない、瀬戸有馬の魔力器に禁忌とされている黒魔力を躊躇いもなく流し込んだのだ。
【
世界を一つ消し去ることなど造作もない、灼熱の大災害。
正面から見れば、もはや太陽の領域。
逃れようのない、破壊のみを引き起こす最終奥義。
一秒刻みに、天が大地が、何もかもが溶解していく。
タイムリミットまで、あと僅か―――
瞬間。
ロベリアの身体に、異変が起きた。
纏っていた
戦意を喪失して、勝つのを諦めて、戦いを放棄したというのか。
違う。
そうではない。
元通りの姿に戻っても、内包した黒魔力量は、何倍にも膨れ上がっていた。
完全化したベルソルに対抗し得る力にまで、進化したのだ。
それだけではない。
ロベリアの左頬に赤い痣のような、なにかの模様が浮かび上がっていた。
「―――死と再生の星」
ロベリアの意識が遥か遠くの何かと結びついた、その刹那。
【
すべてを燃やし尽くす光と、すべてを飲み込む闇。
もはや語るまでもない、理解を超えた衝突によって、一つの世界が消えた。
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