第131話 決着④



 理想郷の主力をベルソルが無力化したことで、一度後退していた革命組織ネオ・アルブムが攻勢に転じていた。


「……他は無視して、あの少女だけを狙うの」


 空に現れた時空の裂け目に消えたベルソル、エリーシャに倒されたカグヅチ、二名なき今、革命組織の指揮権を持つのはボロスとロベリアに悪夢を見せた謎のオッドアイ少女リリーだ。


 ベルソルがエリーシャから奪った力は半分程度、彼女を連れて行くことで任務が完遂する。


 そうすれば、この組織に集まった者たち全員の野望が叶う。

 あと一歩なのだ。


「まだ奪えな……」

「おっと、動かないください。出来れば、可愛いお嬢さんを傷つけるような真似をしたくないのでね」


 悪夢を見せていたはずの竜王ボロスが、目を覚ましていた。


 尖った鋭い爪を首筋に突き立てられ、リリーは言う通りに止まった。


「……なんで……どうやって……私の魔術から」

「触れた対象に悪夢を見せ、廃人にする精神干渉系の魔術。うーん、私の記憶が正しければそのオッドアイ、世界から消えた幸福をもたらす種族ネイローザがもつ特徴のはず。なのに―――」


 それを聞いた途端、リリーの顔色が変わった。


「黙れ、私は私だっ……!」

「そうですね、それにつきましては否定しません。さて、先程の質問の返答ですが、私が君の悪夢から逃れられた理由は……まあ簡単に言えば私にも縋れる『希望』があったからです」

「希望……はっ、この状況のどこに希望があると言うの? まともに戦える戦士たちが倒れて、残っているのはアナタだけ。たとえ私達を全滅させることができても、傲慢の魔術師の首を持ったベルソルがもうじき戻ってくる。十二強将でもなんでもないアナタが、彼を倒せるというの?」


 ボロスが首をかしげた。

 理想郷の壊滅は確定しているはずだというのに、その危機感が彼にはまるでなかった。


 革命組織が攻め入った町へと視線を向けたリリーは、目を疑った。


 ラプラとカグヅチが全滅させたはずの魔王軍が復活して、理想郷と共闘していたのだ。


「なっ……なんで!?」

「妖精粉とロベリア様産の回復薬の効果は絶大でしてね。皆さんの傷もご覧の通り、治ってしまわれるのです」

「嘘、嘘、嘘……嘘だ嘘だ! こんなのあり得ない!」

「嘘じゃありませんよ」


 ボロスはニコリと笑ったあと、告げた。


「理想郷を舐めるなよ、三下風情が」


 倒壊した闘技場の瓦礫の下で、復活したボロスはリリーのもとに辿り着くまで町を攻撃する革命組織の戦力をたった一人で半分以上、壊滅してきたばかりなのだ。


 加えて、復活した魔官と三大元帥メフィスの助力のおかげで理想郷の快進撃が始まった。


 倒れたエリーシャたちを戦場を駆け回っていたシャレムたちに回収され、勝てないと判断して撤退する革命組織の残党を戦える者たちで次々と捕らえていく。


 戦う意思を失った敵は拘束して、それでもまだ攻撃をしてこようとする連中はシャルロッテの躊躇いのなく殺戮していった。


「フハハハ! 余を運べ運べぇ!」


 部下たちに運ばれている魔王ユニは、なぜか状況を楽しんでいた。


 一方、残りの少ない回復薬で同じように復活したジェイクたちも味方に加勢するため戦場に戻るのだった。


 そして―――空の裂け目から炎に包まれた二つの何かが、町はずれへと落下した。








 高度百メートルから地面に叩きつけられれば、普通なら無事では済まない。

 だが、落下してきたロベリアとベルソルは満身創痍になりながらも膝を地面に付けず、互いを睨み合っていた。


 二人の闘志は、まだ燃え尽きていない。

 世界を一つ終わらせるほどの膨大な力を行使しても、どちらかが倒れるまで戦いは終わらないのだ。


「『古の巨人』の力を使い果たしちまったが、それはテメェも同じようだな傲慢。たかが人間が、あんな規模の魔術を使えば魔力を失ってあの世行きだ。どうしてまだ立っていられるのかは判らねぇ、が最後までせいぜい俺を楽しませてみせろ!」

「……っ!?」


 体格など飾り、相変わらずの素早い攻撃をロベリアは真正面に受けてしまう。


 みぞおちで意識が飛びかけたが、ロベリアは倒れないように踏ん張った。


 右手に魔力を込め、片目を瞑り、正確に標準を定めてから炎属性魔術を放つ。


「ぐおっ……!」


 反動でうまく動けないベルソルに直撃する。

 だが、大したダメージにならなかった。


「なんだそりゃ、豆鉄砲か? ああ?」


 ベルソルにかざしたロベリアの手が、ガクガクと震えていた。

 次の魔術を放とうとするが、発動までの工程プロセスを過度な疲労と負傷のせいで中途半端にしか行えず、手のひらの魔力が消えるように散乱してしまう。


「……くっ」

「どうやら、あの形態になったことで膨大な魔力を消耗しちまったらしいな。人間という脆弱な肉体の限界を超えた至高の極地。遥か天上に存在する神の領域に片足を突っ込んだじゃあ、当たり前ぇか」


 持てるだけの全力を出し切ったロベリアだったが、あの世界でベルソルを確実に仕留められなかった時点で、もう勝つ算段はなくなってしまったのだ。


 弱りきったロベリアの動体視力では、常人離れしたベルソルの動きを捉えることもできない。

 重々しい連撃が繰り出され、防御も回避も許されず全部受けてしまう。


「ほう、まだ立つってのかよ」


 それでもロベリアは倒れなかった。

 背中を見せて、逃げることも隠れることもしない。


 左目は潰れている、なのに右目が強い眼差しでベルソルを睨みつけていた。

 左足は折れているはず、なのに右足だけでも立とうとしている。


 勝ち目はない、それでもこの男は―――






『お前の原動力が『高み』を目指すための『力』なら、僕は……そうだな『偽善』が原動力かな』

『偽善? 何故だ? 人を救いたいのはテメェの本心だろラーフ』

『ああ、本心さ。けど救いが時に、誰かを不幸にすることだってあると思うんだ。僕達の手が届かない何処かで、僕達の成し遂げたなにかが一部の人間を苦しめていることがあるかもしれない。可能ならその人達のことも救ってあげたい。けど、結局それも誰かを不幸にさせる結果になるかもしれない』

『なるほど。それじゃ、まさしく偽善だな。テメェは人知れず誰かを苦しめている糞野郎だ』

『うん、一点の曇りのない糞野郎さ。けどね、それを受け入れることでしか、これから先やっていけそうにないんだ。だから自分は正しいことをしたんだって、胸を張っていけばいい。だって僕は―――』




 千年前、世界を滅ぼそうとする天獄を阻止するために神の力『古の巨人』を解き放った。

 だが、その戦いのせいで多くの人々を巻き込んで死なせてしまった。


(ラーフ……俺はテメェのように過去の罪を楽観視できるほど、強い心を持ち合わせていねーよ)










 余った回復薬を飲んだことで、微かに回復したジェイクは仲間たちの安否を確認しながら、誰も死ななかったことに安堵するが。


「あれ……おい、シャレム」

「おう、なんだヨ?」

「さっきまでいたはずなんだけど、エリーシャのやつ何処に行っちまたんだ?」


 口笛を吹き、シャレムは誤魔化そうとしたが、バレバレである。


「いいから言ってくれ。彼女の身になにかあってはならないことをお前も知っているだろ!」

「……」


 仲間たちの気迫に押され、シャレムは「ハァ」とため息を吐いた。

 そして神妙な顔で、ある方角を見ながら答えた。


「行っちまったのさ。旦那さまを助けにね」








 何故だろう。

 魔力を感じられない。

 いつでも回復できる体を回復させられない。


「いい加減、もう諦めろよ。傲慢の魔術師はここで幕引きだ。いい線まで行けた、もういい加減納得して膝をつけろよ」


 ああ、そうだよな。

 このまま倒れたら、どれぐらい楽になるか考えただけでも身体がグラつく。


「仲間を守るために生きる、誰かの命のために自分を犠牲にする。くだらねぇ、そんなのは強さじゃねぇ。さっきの戦いで、もう解っているはずだ。テメェの本当の強さは、狂気を渇望するのみ。それを受け入れられねぇなら」


 炎の熱風波に体を煽られる。

 まだコイツに、こんなに力が残っているのか――――




 ――――いや。







「くたばりやがれ!!」


巨王終破ラグナロク



 拳に纏った太陽を凌ぐ熱量に飲み込まれる。

 半百メートル先まで、大地が真っ二つに叩き割られる。

 岩盤が空高くまで打ち上げられる。


 終わった―――





 だが、死んだにしては痛みを感じない。

 熱いが、痛くない。

 魔力が、漲ってくる。

 青い何かが、ゆりかごのように包み込んでくれていた。


 居心地がいい。

 眠ってしまいそうだ。

 だけど、閉じかけた瞼の先に人影がいることに気付く。


 青い、光の粒子がその人影を中心に漂っている。


「―――私の夫に、何をしているんですか?」


 運命の少女ヒロインが、立ちふさがっていた。

 この居心地のいい光を、彼女が、エリーシャが放っているのか?




「嘘だろ……おい……俺の拳技けんぎを……防いだってのか?」


 十二強将の技を、剣一本で耐えきったのだ。

 あり得ないと思っているのはベルソルだけではない、俺もだ。


「私の後ろには、守るべき愛する人がいるから、それだけですよ」


 愛。

 守りたい。

 ロベリアとベルソルが否定した、二つの言葉だ。


「彼を一人にはさせない、一人で背負い込ませたりしない。この人の悪も善も、ロベリアの罪も私たち理想郷の罪」


 戦いで受けたはずの痛みが、疲労が消えていく。

 エリーシャから放たれる光の原理は解らない、けど、何だっていい。

 ふたたび立ち上がることのできる力を与えてくれた事実は変わらない。


「理想郷を一人で守り抜こうとする彼を、私たち全員が守ってみせます」


 そうだな、そうだよな。

 単純思考な自分が恨めしい。


 もうエリーシャは、強い理想郷の剣士なのだ。

 守られるだけではなく、彼女には誰かを守れる力がある。


「……来てくれてありがとう、エリーシャ」


 だから、素直に感謝を口にする。

 傲慢の魔術師は、もう一人じゃないんだ。

 立ち上がり、目の前にいるエリーシャの握りしめる剣に手をあてる。


「一緒に、倒そう」

「うん!」


 嬉しそうに笑顔を浮かべるエリーシャと目を合わせ、頷き合う。

 そして青い光の中心部になっているエリーシャの剣に、ありったけの魔力を注ぎ込む。


「覚悟しろベルソル……これが、俺たちの最後の抵抗だ。貴様に誰も殺させない、なにも奪わせはしない」

「私から奪い取った『天獄』も返上してもらいます」


 あの世界での戦いで、消耗したのはベルソルも同じだ。

 傷を治癒する速度が格段に落ちている。


 ならば、治癒が追いつかないほどの大きなダメージを与えればいい。

 これが最後だ。

 これで終わらせる。


 エリーシャと息を合わせ、二人で同時に地面を蹴った。


「「――――」」


(狂気を渇望することが黒魔力の本質だとしても、俺はそれに従ったりしない。誰かを救うことを偽善だと罵ってもいい。だって俺は―――)



 エリーシャの友『鍛冶師ヤエ』の工房で打たれた、最上の名剣『王虎』から輝きが解き放たれた。

 


 



『それがしたいから、しているんだベルソル』

(―――それがしたいから、しているんだ)

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