第20話 暴走サイコ女



 蹴りやがった。

 手を出さないようにしてたのに、ジェイクが吹っ飛んだ。


「あがっ……奇襲……された……」


 めり込んだ頬に可愛い肉球痕が付いている。

 不覚にも可愛いと思ってしまった。

 だけどジェイクは無事ではないようだ、死んでないけど。


「ふん。下々の者め、この程度かにゃ?」

「なにやってんだ! この馬鹿猫がぁ!」


 せっかく時間を稼いでいたのに、なに回れ右して戻ってきとんねん!

 しかも獣人族の脚力で人間の顔面を蹴るとか、確実に殺しにいってるだろ!


 幸い、ジェイクはよく鍛えているキャラなので死んだりはしないと思うけど、脳震とうは起こしてかも。

 頭蓋骨割れてるよねアレ。


「はぁ? 増援かぁ?」


 交戦的なゾルデアが、唐突に登場したリーデアに殺意を向ける。

 増援ではなく、ただのお馬鹿さんです。


「ふふふ、聞いて驚くにゃ! 妾こそが大森林テトの———」

「死ね」

「ぎにゃっ!?」


 斬られそうになり逃げる猫。

 相手の素性も確認せず斬りかかるとか悪魔かよ。

 どちらかというと死神寄りだけど、恐ろしい女に変わりはない。


 人を殺すことに躊躇いがないのだ。

 どうしてこのようなサイコ女を英傑の騎士団ギルドマスターは仲間の一員にしたのか。


「なんだか知らないけどねぇ、私の子分が伸びちゃってるのぉ。どーしてくれるのかなぁ? なあ!」


 ケタケタと悪魔のように笑いながら大鎌を振り回すゾルデア。大鎌が周囲の木々を薙ぎ倒していた、なんつー切れ味だ。


 それをリーデアは難なく避けていた。

 まるで子供と遊んでいるかのような余裕さだ。


 獣人族は反射神経、俊敏力がどの種族よりも高い。

 故に、人族のゾルデアの攻撃が当たらないのは必然だろう。


「このっ……ちょこまかと!」


 苛つきながらゾルデアは自分の指を噛みちぎった。

 突然、なにをしているのか理解が遅れたが、彼女の血が大鎌の握りに到達した瞬間、もう手遅れだった。


暴走状態バーサーカー】するつもりだ。

 所有者が意図的に大鎌に血を吸わせることで発動する、リミッター解除である。

 あれが発動すれば、周囲の人間を見境なく攻撃する状態モードになってしまう。


 俺はリーデアを抱え、すぐにその場から逃走を図った。

 が、遅くも、暴走状態に移行していたゾルデアの放つ魔力を受けてしまう。


 俺達がいた場所を中心に、魔力の大爆発が起こった。






 ――――






「この馬鹿猫が、さっさと逃げろと言っただろ!」


「妾にだってプライドはあるにゃ! 婿を置いて逃走をするか!」


「だから誰が貴様と結婚をするか!」


 爆発に巻き込まれる前に、何とか逃げ切ったが追いつかれるのも時間の問題だ。

 ゾルデアはああなってしまったら止まらない。


 歯止めが利かなくなり確実に殺してくるのだ。

 そうなってしまったら、こちらも応戦をしなければならない。


 例え、英傑の騎士団と敵対することになろうと生存しなければゲームオーバーだ。


「ぎやははははははっは!!!」


 狂気染みた笑い声が聞こえる。

 振り返れば、すぐそこだ。


 俺はもう片方の手で黒魔術の魔導書を取る。

 追いつかれないためだ、やむを得ない。


凶悪イーヴィルチェーン】(腐食効果なし)で彼女を拘束する。

 一時的だがゾルデアを動けなくする。

 だが、彼女の獰猛な笑いが止まらない。


 目の前で、簡単に鎖を砕かれてしまった。

 信じられないが黒魔術の拘束を解かれたのだ。



「にゃにゃ! 止まってないぞ!」


 見れば分かる。

 それほど暴走状態は厄介なのだ。


「死ねぇええええ!!!」


 ゾルデアは跳躍した。

 50メートルも離していた距離を、瞬き間に詰められる。

 大鎌が暴走状態の魔力を纏い、振り下ろされる。

 このままでは、体を真っ二つに―――



「ぐぎゃっ」


 次の瞬間。

 ゾルデアが吹き飛んだ。

 すぐ横の方へと、木々を倒しながら。



 誰が攻撃したのか。

 俺でもないし、腕の中で震えているリーデアでもなかった。

 アイツだ、死んだかと思っていた、あの人物だ。


 神装使いのジェイクだ。

 どうして、と思っていたが彼は俺達の方を見て、ニヤと笑った。


「はよ……行け」


 鼻から血を流し、今にでも倒れそうである。

 それでもジェイクは俺達を助けてくれたのだ。

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