第64話 ベンチの魔女



 ボーンホーンに傲慢の魔術師と、その仲間達がやってきたことが忽ち話題になっていた。

 町を歩いていると騒がれ、食事を取れば騒がれ、宿に戻れば騒がれ、珍しがられていた。


 まるで動物園の中にいるみたいで、あまり良い気分ではなかったが、広場に行くと子供たちに話しかけられた。

 ボール遊びに誘われたのだ。


 サッカー経験もあった俺は軽めに付き合うつもりだったが、子供たちの身体能力が思った以上に高くボール遊びは「遊び」ではなく「本格的な試合」になっていた。

 大人のくせに惨敗してしまった。


「また遊んでね!」


 たった一回の交流で子供たちの人気者になってしまった。

 まあ、子供たちが楽しんでいれば、それでいいんだけどね。


 少々、疲れたので広場にあるベンチに座る。

 日頃から体作りをしているつもりだけど、やはり子供の底知れない体力には敵わない。

 少し休んでから宿に帰ろう。


「どうも、こんにちはです」


 どうやら先着がいたらしく隣を見ると、そこには絵に描いたような魔女がいた。

 鍔の広い帽子、黒いローブ、その傍らには大きな茶色の鞄が置いてあった。


「ああ、行かなくてもいいですよ。私もちょうど暇をしていまして、話し相手が欲しかったのです」


 そう言いながら彼女はパンをちぎって鳥に与えていた。

 暇なのか、と思いながらベンチから立つのをやめた。


「……あなたもどうです?」


 パンを一切れ差し出されたが、俺は首を横にふった。彼女は「あら、そうですか」と呆気なく引き下がってくれた。


「先ほど観ていましたよ。子供たちと仲良さそうに遊んで、優しいお方なんですね」


「……」


 何も答えない。

 いや答えられなかった。


 誉められることに悪い気はしないが、初対面の相手と馴れ馴れしく会話できるほど、陽ぶってはいない。

 端的にいえばチキンである。


「人魔大陸でも、ああやって笑って友達と過ごせている。けど、それも長くはない、ですよね?」


「……」


「あの子達のためにも、やはり人類の未来を担う勇者に頑張ってもらわなければダメですね」


「……貴様は、なにを?」


「傲慢の魔術師ロベリアさんも私と同じ思想をお持ちのはずです」


 あまりにも自然に正体を見破られる。

 さすがに驚いてしまう。


「彼の創設した組織は今じゃ、人族にとっては必要不可欠な救済所になっています。助けを求める弱き者のために戦い、その願いを叶える」


 彼女はそう言うが、俺はまったくもってそれに同感できなかった。

 それを初めから分かっていたのか、彼女は付け加えた。


「表ではそう宣言していますが、蓋を開けてみれば汚職まみれ。弱き者を踏み台にしているというのに、それを正義だと言い張る団員ばかり。当の勇者はそれにすら気付いておらず最後まで仲間を信頼し、聖剣を血で汚している。特権を持ってしまった人間って、怖いですよね?」


「そこまで内部事情を知っているということは貴様は、その関係者かなにかなのか?」


「かつては、です。嫌気が差したんですよ」


 そうなのか。

 だけど、このキャラクターいたっけか?

 英傑の騎士団は百を越える団員が所属している大きなギルドだ。 


 仲間を全部覚えられないことは、別に不思議なことではない。

 しかし、目の前にいる女は例外だ。


「自由思想がいつの間にか独裁政治になったようなものです。それに比べて理想郷という名の偽りの楽園に手を差し伸べた傲慢の魔術師の方が、私は正義側にあると思うんですけどね?」


 帽子の鍔で隠れていた顔をはっきりと向けられ、つぶらな瞳で見つめられる。


「それを何処で……貴様は一体」


「安心してください、誰かに話したりはしませんよ」


 そういう問題ではない。

 どうして、その経緯を知っているのかだ。

 理想郷の発展を手助けしていることを知っている人間は外部にはいないはず。


「ずっと、俺らを見ていたのか?」


「……ふふ、好奇心には勝てなくてね。でも勘違いしないでください。貴方が誰かのため、特に未来ある子供たちの為に戦い続けるのなら、私はいつだってロベリア・クロウリーの味方ですよ」


 おっとりした様子で彼女は言った。

 味方と言えば警戒をされないと思っているのだろうか。


 すべて知られていることが怖いんだが。

 この女はストーカーなのか?


「……マギア・アンブローズ」


 顔を傾け、薄ら笑いで彼女は名前を名乗った。

 そして消えるように最後「忘れなきよう」と言い、


「ロベリア、誰、話してる?」


 ベンチの後ろから、広場を通りかかったであろうゴエディアに声をかけられた。

 買い物袋を手にしている。


 中には花も入っていた。

 旅には必要ないんだが、まあ本人の趣味ならいいか。


「……?」


 マギアと名乗る人物が座っていた隣に視線を向けると、そこには誰もいなかった。

 まるで初めから、存在していなかったように。


 それなのにベンチの前で、地面に散らばったパンを鳥たちがつついていた。

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