第101話 師匠の座の危機



「俺は――――夢でも見ているのか?」



 理想郷に帰還して一日目。

 今起きたことをありのまま話そう。



「師匠!」


「師匠ぉ!」



 アルスとジェシカの声が聞こえる。

 尊敬の念が込められた声。

 だが、それを向けられていたのは俺ではなかった。



「いい返事です! 優秀な弟子を持つことができて私は幸せ者です!」



 茜色の空に指をさすのは竜王ボロス。

 二人は奴を、輝かしい瞳で見上げていた。



「夕日にめがけて、みんなで走りましょう!」


「うん!」

「おう!」



 ―――待て……待ってくれぇぇええええ!



 俺を置いて、三人が夕日へと走り去っていく。






「うわああああああああッ!!!」



 勢いよくベッドから起き上がる。

 ゆ、夢? いや、あれは悪夢だ。

 可愛い愛弟子のアルスとジェシカが、あの竜王を師匠と敬っている……死ぬ。


 まあ、たかが悪夢だ、大丈夫。

 あの二人がボロスを師匠って呼ぶなんて有り得ないよな。

 だってアイツ、人の目がある場所に出られないし。



「ん?」



 部屋に近づいてくる足音がする。

 聞き覚えのない足音だ。

 うちにはエリーシャと子供二人しかいないはずだが……。



 バタンッ!!


 扉が開かれ、朝日を背にした誰かが立っていた。



「もう朝だよ! 早く起きて!!!」



 そいつはベッドにめがけてジャンプをした。

 そして、そのまま腹へと強烈なエルボーを炸裂。



「はやく起きて師匠ぉ!!」


「ぐへッ!?(もう起きてますぅぅうう!!)」



 悪夢からの物理的な攻撃。

 精神からの肉体的なダメージ。

 まさか朝から、こんな襲撃を受けるとは、もしや手練れの刺客。



「………勝手に寝室に入ってくるなと、何度も注意しているはずだジェシカ」


「いいじゃん、別に減るものじゃないし~」



 まったく、この子は――――あれ?

 コイツこんな大人びていたっけ。

 コイツこんなに豊満だったけ。



「―――おいジェシカ。朝から騒ぐんじゃねぇよ。師匠に迷惑だろうが」



 開いた扉の前に立つ、筋肉質の男。

 誰だ、いや顔に見覚えしかない。

 コイツこんな大人びていたっけ。

 コイツこんな筋肉隆々だったけ。


 いや、それよりも。

 じぇ、じぇじぇ、ジェシカぁあああ!?



「はいはーい、アルスは真面目ダネー。次は気をつけマース」



 適当に返事をするジェシカの言葉に驚愕する。

 あ、あ、あ、アルスぅううう!?



 落ち着け、落ち着くんだ有馬。

 冷静に思い出してみよう。

 確か、理想郷に帰ったときにもう二人とは再会をしていたはずだ。

 そして、あまりの変わりようにショックを受けて、気を失った――――



「師匠、平気か? 町に帰ってきて早々に気絶して、そんなに俺たちの変わりように驚いたのかよ?」


「ああ……そうだな。未だに信じきれていない俺がいる。いや、それだけじゃなかったはず。他にも」



 俺を気絶させる要因が、他にもあったはずだ。

 何だったけ、中々思い出せない。



「お目覚めになられたのですねロベリア様! ちょうど珈琲を入れたので良ければお召し上がりください」



 堂々と部屋にやってきたのは竜王。

 偶然を装っているが、絶対にタイミングを伺っていたであろうボロスが。


(え?)


 なんで、そんな堂々としているの?

 命令に反したら死滅槍すっぞと釘を刺したはずじゃねーか。

 アルスもジェシカもいるじゃねーか。



「死滅や………」


「ボロス師匠!」


「ボロス師匠ぉ!!」



 必殺技を繰り出そうとした、まさにその時。

 愛弟子二人の衝撃的発言に、撃沈してしまう。

 そして、ふたたび気絶。



「し、師匠一号!」


「師匠ぉ一号ぉおおお!」


「ロベリア様ぁああああ!!」



 愛弟子の短期間での急成長。

 しかも二人はボロスを師匠とまで呼んで……。

 あれは悪夢だけではなく正夢だったというのか?


 俺がいなかった間に、理想郷に一体何があったんだ―――――

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