第6話『ギブアンドテイクな関係』

「時にヒーロー」


「断る」


「待って早い」


 気付けば四限も終了間近。もう少しで学生達憩いの昼休みが到来するというところで、雅人がやけに爽やかな笑顔を浮かべた。


 そしてそれを見た雄一は即座にそっぽを向いた。


「俺まだ何も言ってないんだけど」


「言わなくても分かる」


「ほほーう、やけに知ったようなことを言うじゃねえか。なら俺が何を言おうとしたのか……当ててみな!」


「代わりに昼飯買ってきてくれ」


「……わー、お前とうとう予知能力に目覚めたか」


「こんなことでいちいち使ってたまるか」


 雄一は呆れた様子で頬杖をついた。


 無論、予知能力など持ち合わせていないし目覚めてもいない。あくまで長い付き合いだからこそ成せる技であり、表情や声音から読み取った結果の予測だ。


 もっとも今回に関しては、それすらも必要ないのだけれど。


 頬杖をついたままチラリと視線を下にやると、雅人の足首に巻かれた真新しい包帯が目に入る。


 何を隠そうこの男、三限目の体育で行われたサッカーで盛大に足を挫いたのである。「蹴ったボールの上に乗って移動しようとしたら失敗した」とかいう、どう考えても物理法則的に不可能なことをやろうとした結果だ。幸い大事にならない程度なので部活に支障をきたすことはないらしいが、さすがに今日一日は安静にした方がいいだろう。


 ここで問題になるのが今日の雅人の昼飯だ。


 日頃から購買を利用しているのだが、この学校の購買は競争率がえらく高い。地元で評判のパン屋と提携しているらしく、昼休みに並ぶ商品は普通の高校のそれと比較してもクオリティが数段上なのだ。故に昼休みの購買はある種戦場の様相を呈するので、手負いの雅人には荷が重いだろう。


「頼むぜ雄一。学校から一番近いコンビニが今日から改装工事だし、いつも以上に混むに決まってる。このままじゃ俺の手元にはコッペパンぐらいしか残らないんだよ。困ってる人を助けるのがヒーローだろ?」


「正しい道を指し示してやるのもヒーローの務めだ」


「クソ真面目め……!」


「ヒーローだからな」


 仮に雅人の怪我が不慮の事故などの本人の責任能力によらないものであるならば、雄一だって二つ返事で手を貸そうとは思う。けれど悪ふざけの末の怪我なので、言ってしまえば自業自得だ。


 せっかくの期待のアスリートなのだし、これに懲りて自分の体を大事に扱うことを覚えたらいいと雄一は思う。


「やれやれ……時に雄一」


「何だよ」


「実はここに、今度ウチの店で新しく販売するプロテインの試供品があるんだが――」


「それで俺は何を買ってくればいい?」


「焼きそばパンとメロンパン、それと適当にサンドイッチ系で一つ。あ、あと牛乳も」


「任せろ」


 わずか数秒前から一転、クソ真面目ヒーロー思考の欠片もなくなった雄一は渾身のサムズアップで雅人の頼みを聞き入れた。


 代わりに雄一の席に置かれたのは、雅人が懐からおもむろに取り出した小さめの缶。半透明のプラスチックの蓋から透けて見える中身は白っぽい粉。もちろん危ないクスリなわけもなく、雅人が口にした通りのプロテインだ。


 実家がスポーツ用品店を営んでいる雅人からは、何かにつけてこういった“お裾分け”を貰うことがある。ヒーローショーのための体作りの一環でもあるが、趣味としても筋トレをしている雄一にとっては貴重なタンパク源なのだ。


 その分雄一もトレーニング用品の買い物などは雅人の店を利用するようにしているので、良い感じのギブアンドテイクが成り立っていると言える。


 正直今までギブされた分を考えれば、昼飯の一食や二食ぐらい奢っても余裕で釣りが来るのだが。


 ちゃっかりと昼飯用に千円札も渡してきた雅人にお裾分けの礼を言いつつ、じきに鳴るであろうチャイムに雄一が身構えていると、一つ前の席の女子生徒から声がかかった。


「相変わらず仲が良いね、君達」


 二人の漫才めいた会話を聞いていたのか、口元に笑みを浮かべながら雄一達に振り返るのは、穏やかな雰囲気を醸し出す少女だった。


 明るい栗色の髪をポニーテールにまとめ、ぱっちりとした琥珀色の瞳は緩やかに細められている。


 顔の造形は同年代よりも少し大人びた美人系。ベクトルとしては澄乃と似たような外見だが、美しさの中にも小動物的な愛らしさを内包した澄乃と違って、こちらは春風に吹かれてゆったりと靡く木々のような落ち着きさを感じさせる。


 ブレザータイプの制服の上からでも分かる凹凸のはっきりした上半身も、スカートから伸びる黒の二―ソックスに包まれた肉付きの良い両足も、彼女の大人びた魅力を増すのに一役買っていた。


 澄乃の隣に並んでも遜色ない美少女――小柳こやなぎ紗菜さなは今まで読んでいた文庫本を閉じて、自身も会話に参加する態勢を整えた。


「おう、俺達はあれだ、二人で一人の何とやらだ。なあ雄一」


「何とやらって何だ。そこが一番大事だろ」


「え……んー、じゃあ……テニスプレイヤー?」


「俺はテニスなんて体育の授業でしかやったことないぞ。完全にお前の足引っ張るわ」


「大丈夫だって。運動神経は良いんだし、お前となら同調シンクロだってできそうな気がするんだよ。目指せ黄金ゴールデンペア、テニスブラザーズXXダブルエックスだな!」


「混ざってる。なんか色んな要素が混ざって分かんなくなってきてる」


「混ざって強く――これがマザルアップってヤツだな!」


「うるせえ騒ぐな怪我してんだからじっとしてろッ!」


 肩を組んで謎のシンクロナイズドなポーズを強制してくる雅人に対して、雄一はとうとうを声を張り上げて力尽くで席に座らせようと押し戻す。しかし雅人の怪我を考慮すると本気で力を込めるわけにもいかないので、傍から見れば二人でじゃれ合っているような光景だ。


「ホント仲良いよねえ」


 紗菜はそれを眺めながら、まるで手のかかる子供を持った母親のような笑みを浮かべるのであった。

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