+35話『初詣』

 色々と慌ただしかった朝もひとまず無事に終了。ほどなくして両親や優衣も起床し、五人揃って朝の食卓を囲んだ。


 桜子作のおせちと澄乃作のお雑煮に舌鼓を打ちつつ朝食を終え、少し食休みを挟んでから雄一たちは出かけた。晴信の運転する車が向かう先は、約二十分ほど離れた場所にある神社。目的はもちろん初詣だ。


「ふへー、やっぱ人多いねー」


 きょろきょろと周囲を見回した優衣が圧巻されたように呟く。


 手水ちょうずを済ませた後、まずはお参りということで参拝客が並ぶ列の最後尾についたが、拝殿まではかなり長い列を形成している。背の高い雄一はまだしも、年相応の背丈である優衣の視点では、まさに人の壁に阻まれているという状態だろう。


 元旦ともなれば、やはり神社に来る人は多い。それに加えて。


(やっぱ目立つよなぁ……)


 どことなく周りの人口密度が濃い気がするのは、恐らく雄一の隣で並ぶ澄乃が原因だろう。


 今日も今日とて美しい銀髪を揺らす彼女は人の目を引く。身長的にはむしろ周りに埋もれるぐらいなのに、清楚に整った容姿や身にまとう華やかな雰囲気が澄乃の存在感を際立てているのだろう。これで着物でも着ていれば、余計に注目を集めたことは想像に難くない。


 そんな身目麗しい彼女が誇らしい反面、少しばかり面白くないものを感じた雄一はそれとなく澄乃との距離を詰めると、白く細い手をそっと握った。


 雄一を見上げ、きょとんと首を傾げる澄乃。けれどすぐに柔らかく眉尻を下げると、雄一の手を恋人繋ぎで握り返してくる。


 雄一の行動は独占欲が働いたが故の結果なのに、澄乃はそれにすら嬉しそうに応えてくれる。心が満たされる一方で、行き過ぎて澄乃を縛らないように気を付けなければ。


 ……とりあえず、もうしばらく手は繋いだままだ。


 そうして列は進み、着々と雄一たちの番が近付いてくる。


「ねぇお兄ちゃん、お賽銭いくらにする?」


 その最中、呼び声に応じて横を見れば、優衣はパステルカラーの財布の中身とにらめっこしていた。


「いつも通り百円にするつもりだけど、優衣は違うのか?」


 雄一にこれといったこだわりは無い。確か優衣も似たような考えだったはずだが、今年は随分とお悩みモードだ。


「ほら、今年は受験もあるしさー、ここは気前良く五百円にでもしようかなと」


「なるほど」


 中三の優衣は高校受験を控えている。両親から聞いているかぎりは順調らしく、まず志望校に落ちることはないそうだが、精神的に少しでも楽になれるならその方がいいだろう。


「澄乃さんはどうします?」


 優衣の問いは雄一を飛び越えて澄乃へ。同じく自身の財布から賽銭の準備をしていた澄乃は、優衣に向けて手を差し出す。


「私はこれ、四十五円」


 差し出された手の平には十円玉が四枚、五円玉が一枚という、半端な構成の小銭が乗っていた。


「え、なんでこの金額なんですか?」


「言葉遊びみたいなものかな。五円で神様とのご縁、四十円で始終しじゅう、つまり始めから終わりまで。二つ合わせて、神様とずっとご縁がありますようにって」


「へー、そんなのあるんですねぇ……」


 雄一もこの説は初耳だった。試しに自分の財布の中身を探ってみれば運良く四十五円が用意できそうなので、ここは澄乃の案に乗らせてもらおう。


「じゃあ、あたしも……五円玉が無い……!?」


 愕然と肩を落とす優衣。よりにもよって一番大事なご縁に恵まれないらしい。


「あ、私もう一枚あるから、良かったら――」


「いえ! こういうのものは自分のお金じゃないとご利益なさそうなんで!」


「そ、そう……」


 澄乃の指に挟まれた新たな五円玉は、あえなく財布の中へと舞い戻ることに。再び自分の所持金とにらめっこし始めた優衣は、やがて決心がついたのか一枚の硬貨を取り出した。


「よし、四十五円にさらにご縁を足して五十円! これに決めた!」


「強引な拡大解釈だな」


「黙ってお兄ちゃん」


 脇腹を優衣に小突かれる。それがアリならいっそさらに十倍して五百円でどうだと言いかけて、さすがに際限が無くなりそうだから口をつぐんだ。本人が納得したならそれが一番ではあるので、苦笑を浮かべている澄乃にならって黙って見守ろう。


 拝殿はもう目と鼻の先だ。











 ド定番の無病息災を願い、拝殿を後に。立ち寄った販売所で自分の分のお守りと、ついでに澄乃と共同出資で学業成就のお守りも優衣にプレゼントした。その後は寒風で冷えてしまった身体を甘酒で癒しつつ境内を歩いていると、とある一か所で優衣は目を輝かせた。


「さぁ、おみくじ引こうおみくじ! 初詣の一番の楽しみって言ったらこれだよね!」


 神様の耳に入ったら途端にご利益が無くなってしまいそうな発言をした優衣が、おみくじを販売している箱へと小走りで近付いていく。この神社のおみくじは百円を納めた後、円形の穴から手を入れて箱に詰まったおみくじの中の一枚を取り出す方式だ。


 五人ともそれぞれおみくじを引き、少し離れた広いスペースで開封作業に入る。


「あっ! やった大吉!」


 いち早く声を上げたのは優衣。ぐっとガッツポーズをするその手には、大きく『吉大』と記されたおみくじが握られている。


「あら、私も大吉よ」


「お、父さんも大吉だ」


「あ、私も大吉です」


「すごいじゃん! これ皆で大吉イケるよ! お兄ちゃんは?」


「――大凶」


「……え?」


「大凶」


 優衣に続いて幸先良い報告をする桜子、晴信、澄乃。しかし最後を締めくくることとなった雄一の手には、あまりにも残酷な結果が訪れていた。


 ぴゅう、と五人の輪の中に寒風が吹いた。


「空気読んでよお兄ちゃん……」


「俺が悪いみたいに言うなっ!? 引きたくて引いたんじゃねーよ!」


 確かに最後の最後で水を差してしまったが、そもそもが完全な運否天賦だ。そんな白い目で見られても困る。


「ま、まぁまぁ、結果が悪かったら結んでくればいいんだし。それに大凶ってなかなか引けないらしいから、むしろ運が良いって言えなくも……!」


「ありがとよ……。とりあえず結んでくるから、ちょっと待ってて」


 澄乃から心温まるフォローを頂けたので、気を取り直して境内に設置されている結び所へと近付いていく。


 おみくじの扱いには色々と諸説あるが、英河家は『良い場合は持ち帰り、悪い場合は結ぶ』を信仰している。どうやら澄乃も同じらしいので、結びに行くのは雄一だけだ。


(っと、一応目を通しておくか)


 大凶のショックが大きくて忘れていたが、おみくじの内容は一通り把握しておいた方がいい。多少は身の振り方の参考になる。


(っても、だいたいどれもこれも悪いことばっかだよなぁ……)


 苦労が絶えないだの、あぶないだの、注意しろだの。基本的にマイナスなことばかり記されている。さすが大凶。名は伊達ではない。


(旅行は……まぁ、割と良いか。あとは恋愛……――)


 …………。


 ……。


 …。









「あれ? 雄くん結ばなかったの?」


「ちょっとな。気が変わった」


「?」

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