+36話『親子』

 初詣を終えた後、雄一たちは昼食がてら近場のショッピングモールを訪れた。モールの各所は新年らしく初売りセールで賑わっており、どうせなら昼食後に少し覗いていこうということに。


 あくまで冷やかし程度。特に目当てのものがあるわけでもないので、適当にぶらついて終わる予定だったのだが――


「澄乃さん澄乃さん! これ、このブラウスすっごく可愛くないですか!?」


「ホントだ。これだったら……あっちのスカートと合わせると良い感じかも」


「おー、確かに。でもこのショーパンも捨てがたいんですよねぇ……!」


「ああ、いいじゃない。優衣だったらパンツの方が似合いそう。澄乃ちゃんは……このロングスカートなんてどうかしら?」


「あ、いいです、こういう柄すごい好きです!」


「いいなぁ。澄乃さんスタイル良いから何でも似合いそう」


 とあるアパレル用品店の、春物先取りも兼ねた初売りセールが開催しているその一角で、女性陣三人はファッション談議に花を咲かせていた。


 女性が三人集まってかしましい――というわけではないが、盛り上がり方は相当なもの。少し離れたベンチで休憩している雄一にもその熱量は伝わってくる。


 とはいえ、何も澄乃たちだけに限った話ではない。似たり寄ったりの光景がそこかしこで展開されている辺り、女性のファッションに対する探求心は凄まじいものである。


 最初は澄乃たちの様子を近くで眺めていた雄一だが、なかなか終わりそうにないので一旦小休止を挟んだ次第だ。


 まぁ、後に予定がつかえてるわけでもないのだ。三人とも笑顔を浮かべて楽しそうだし、澄乃がどんな服を買うのかも楽しみだったりするので、気長に待つとしよう。


「母さんたちはどうだ?」


 雄一が一息つくと同時、手洗いのために席を外していた晴信が戻って来た。質問には顎をしゃくることで答えると、晴信の口許に苦笑いが浮かぶ。


「あの様子じゃまだまだかかりそうだな」


 晴信はやれやれとため息をつき、雄一の隣に腰を下ろす。そのまま「ほら」と言って雄一の方に差し出した手には、缶コーヒーが握られていた。先んじて用意してきた辺り、まだまだ時間がかかることは想定の範囲内だったらしい。


「さんきゅ」と受け取ってさっそく中身に口を付けると、晴信もその後に続いて自分の分の缶コーヒーを傾けた。


 一口、二口、三口と、しばらくお互い何も言わずにコーヒーを味わっていると、晴信がおもむろに口を開く。


「雄一」


「ん?」


「昨日な、澄乃ちゃんから色々と聞いたよ。お前に助けられたって」


「……そっか」


 雄一は短く応じた。


 具体的に何の話かは、改まって訊かずとも晴信の雰囲気から察することができた。澄乃の母親である霞との一件――その顛末を話したのだろう。それが話題に上がったことに少なからず驚きを覚えるが、両親だって人のプライバシーに土足で踏み込むような人間ではないので、澄乃から自分で打ち明けたのだと思う。


 なら、雄一から言うことは特に無い。そんな風に思っていると、晴信の大きな手が急に頭の上に置かれ、わしゃわしゃと勢い良くかき回された。


「んなっ!? いきなり何――」


「よくやった」


 静かな、けれど周囲の喧噪を跳ね除けて雄一に届く、晴信の声。突然のことで呆気にとられた雄一が隣へ目を向ける中、晴信は前を向いたままゆっくりと言葉を続ける。


「お前は人を救ったんだ。親として誇らしいよ」


「……いきなり何だよ」


「いきなりも何も、息子が立派なことをしたから褒めてるだけだ。そんなにおかしいことか?」


「いや、別に……」


 当たり前のように正論で返されてしまうと何も言えなかった。けれどどうにも釈然としない気持ちをあって、そんな雄一を見た晴信は少し眉をひそめる。


「どうした、何か不服か?」


「不服つーか……改めて褒められると、素直に受け取りにくいつーか……」


 頭に晴信の手が置かれたまま、雄一はじっと前を見る。その視線の先には一際明るい笑顔を浮かべる澄乃がいて、そんな彼女を見ていると自然と顔が綻んでくる。


 あの夏の日、雄一が澄乃に手を差し伸べた理由。


 それは霞にも語った通り、澄乃に笑っていて欲しいと思ったから。


 ……でも、本当は少し違ったんじゃないかと、最近になって思うことがある。


 澄乃のためにという気持ちにもちろん嘘は無いけれど、きっとそれと同じか、それ以上に――


「……俺さ、澄乃の笑顔が好きなんだよ。だからそれが見たかった。ただ……そんだけなんだと思う」


 澄乃に笑っていて欲しい――そんな想いの根底には結局、好きな女の子の笑顔が見たい・・・という雄一自身の願いがあったのだろう。


 とどのつまり自分本位な理由。自分自身のために起こした行動でもあったのだ。だから、どうにも称賛を素直に受け取る気になれない。


「雄一……」


 頭の上から晴信の手が離れた。雄一の横顔をまじまじと見つめた晴信は、やがて口許に緩やかな笑みを浮かべて呟く。


「お前、今かなりクサいこと言ってるぞ」


「言った後に思ったようっさいな……!」


 色々と台無しだ。


 割と真面目だった雰囲気から一転、雄一の背中をバシバシと叩きながら声を押し殺して笑う晴信に、雄一は憮然とした表情で頬杖をついた。


「んな笑うことないだろ……」


「いや、悪い悪い。……何だかな、お前もちゃんと、お前なりにわがままやれてるんだと思ったら安心できたよ」


「何だそりゃ」


「親には親なりに色々あるってことだ。細かいことは気にするな」


 そう言って、晴信は缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。


「さて! 母さんたちはまだ時間かかりそうだから、こっちもこっちでぶらついてみるか。せっかくだし、何かお前の欲しいものでも買ってやる」


「え、俺は別に」


「いいからいいから。いちいち子供が親に遠慮なんてするんじゃない」


「って言われてもなぁ……」


 何か欲しいもの、と急に言われてもぱっと思い付かないものだ。かといって何か言わないと晴信も納得しないだろうし、正直買ってもらえるのは嬉しい。先ほどまでモールでぶらついた記憶を思い返すことしばし、ちょうど良さそうな案が雄一の頭に浮かんだ。


「じゃあ、さっきスポーツ店で見かけたプロテイン。ちょっと前に発売したやつで評判良さそうなんだけど、結構高いんだよなぁ」


「……雄一、あのな」


「いやマジで。本当に欲しいんだって」


「お前すっかりストイックになったなぁ……」

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