第57話『目指すは〇〇〇〇〇』
「雄一からプールに誘われたぁ?」
場所は変わってデパート内の飲食スペース。澄乃から告げられた事実に、紗菜は思わず手にしたソフトクリームを落としそうになった。危ういところで持ち直し、崩れかかったクリームを舌で掬い上げる。
『何か好きなもの奢るから話聞いて!』という澄乃からの申し出により購入してもらったもので、濃厚なミルクの甘さと滑らかな舌触りがとても美味しい。別に物で釣らなくても話ぐらいいくらでも聞くのだが、むしろ受け取った方が澄乃としても気兼ねなく話せるだろうと思い、ありがたく頂戴した次第である。
「ちなみにそれって、他には誰かいるの?」
「ううん、一応……私と英河くんの二人だけ。ペアチケットを手に入れたからって……」
「ほほう」
遊園地に続き、今度は二人でプールとは。なかなか思い切ったことをするなぁと、ここにはいない雄一の姿を思い浮かべて、紗菜はソフトクリームのコーン部分に噛り付いた。
対面の席に座る澄乃は、カップに入ったシャーベットをちびちびと口に運んでいる。
「で、それに当たってどんな水着を着ていけばいいかと?」
「はい、そういうことです……」
「なるほどねぇ」
やけに真剣な面持ちで水着を選んでいるかと思ったら、そういうことか。水着売り場での澄乃の様子に納得がいったところで、紗菜の顔に意地の悪い笑みが浮かんだ。
「つまり白取さんは、雄一の好みの水着が何なのかをずーっと悩んでいたと?」
「……はい」
「…………」
「…………」
さくさく。
しゃりしゃり。
コーンを齧る音とシャーベットを咀嚼する音が、二人の間のしんとした空間に響く。
そんな中――
(待て待て待て待てこれ絶対好きになってるヤツだよね……!?)
一見素知らぬ顔でソフトクリームを味わう紗菜は、実のところものすっごい焦っていた。
何せ先ほどの発言はからかい半分で口にしたものだ。てっきり顔を真っ赤にした澄乃が焦って否定してくるだろうと思っていたのに、予想に反してあっさり認めてしまった。
異性の好みのために長時間悩む――そんな行い、どう考えたって好きな相手のためにする行動そのものだ。
澄乃が雄一に対し、異性として明確な好意を抱いている。もはやこれは疑いようのない事実として、紗菜の前に現れたのである。
(白取さんが雄一をねぇ……)
まさか……とは思いはしない。この間、雄一へのお礼について相談を受けた時点で、その片鱗は十分にあった。正直あの様子なら時間の問題かなと思ったし、それの後押しになればと遊園地のチケットを提供したつもりだったので、この状況も言ってしまえば想定内ではある。
しかし、こうもまざまざと恋する乙女感を見せられてしまうと、そのドキドキがこちらにも伝わってくるようで落ち着かない。
未だに緩慢な動作でシャーベットを食べ続ける澄乃を盗み見る。
俯きがちではあるが、白い頬が真っ赤に染まっているのはよく分かった。澄乃にしてみても、この悩みを紗菜に打ち明けることは相応に勇気がいることだったのだろう。
自らの恋心を赤裸々に打ち明ける――明確な言葉にこそしなくとも、先ほどの澄乃の肯定はそれと同義だ。
とはいえ、ここで「雄一のこと好きなんだね?」と確認はしない。訊くだけ野暮というものだ。
(それにしても……)
今の澄乃は、何というか、とても可愛らしい。見た目ではなく、身に纏う雰囲気がだ。
恋をすると女性は可愛くなるなんて話を聞いたことはあるが、まさしく今の澄乃がそれに該当するに違いない。
一人の友人として、そして一人の女の子として、全力で応援してあげたくなる。
そう心に決めた紗菜はコーンの最後の一欠片を飲み込んで、澄乃に正面から向き直った。
「さっき二つの水着を持ってたけど、あの二着で悩んでるの?」
「うーん……あの二着でと言うよりは、まだ方向性の段階で悩んでるというか……」
「方向性……。つまり可愛くいくか、エロくいくかだね」
薄ピンクのワンピースと黒のビキニを思い返しながら紗菜が告げると、対面の澄乃が思いっきりむせた。
「けほっ……!? エ、エロくって……!」
「ああ、ごめん。ちょっと直接過ぎたよ。でもまぁ、方向性としてはそれに近い感じでしょ? いつもより大胆に、みたいな?」
「う……それは、そうかも……」
「ふむ」
さて、どちらの選択がベストか。
正直なところ、澄乃の場合はどちらでも十二分に似合うと思う。元々の柔らかい雰囲気を助長させる可愛い路線はもちろんのこと、スタイルだって申し分もないのでちょっとアダルトな格好も嵌まるだろう。パラメーターで言えばどちらも同じぐらいのポテンシャルだ。
とすれば、決め手になるのは。
「――白取さん」
机に両肘をついた紗菜は、口の前で両手を組んで鋭い眼光を澄乃へ向ける。
「雄一にどんな風に思ってもらいたい?」
雄一にどう思って欲しいか。どう見られたいか。ここから先、まず大切なのは澄乃自身の意志だ。それに訴えかけるように、紗菜はじっと澄乃を見つめる。
そんな視線に晒された澄乃はやはり恥ずかしそうに目を伏せ、けれどやがて決意の込めた眼差しで顔を上げる。
「私は英河くんに、めいっぱいドキドキしてもらいたい……!」
恋する乙女の確かな願いに、紗菜は口許をニヤリと歪めた。
「オーケー。なら答えは一つだ」
「ど、どっち? どっちの路線でいけば……!?」
「何を勘違いしているんだい?」
「へ?」
予想外の答えに澄乃がぱちくりと目を瞬かせた。
「白取さん言ったよね? めいっぱいドキドキしてもらいたいって」
「う、うん、言ったけど……」
「だったら、どっちかなんてケチくさいこと言わなくていいじゃあないか?」
「……!」
「可愛いかエロいか、そもそもどっちかに限定する必要なんて無い。白取さんならどっちの路線でも十分魅力的だし、最大の効果を狙うんなら、いっそ二つの要素を合体させてしまえばいい」
「うん……うん……!」
「つまり、今回白取さんが目指すのは……」
「目指すのは……?」
ピンと張った紗菜の人差し指が、すぐさまビシッと澄乃へ向けられる。まるで探偵が決定的な事実を告げるかのように。
「エロ可愛いだ!」
「エロ可愛い……!」
かくして、二人の少女は再び
若干暴走気味なのかもしれないが、時として勢い任せというのは必要である。
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