+3話『幸せのお裾分け(強制)』
「ねぇ、二人って付き合ってるの?」
帰りのホームルームも終わった放課後。雄一の通う高校は毎週木曜日の部活動が休みとなっているので、いつもは足早に駆け出していく運動部の生徒たちもゆっくりとした動きで荷物もまとめている。
どこかに遊び行かないかとか、ちょっと図書室に寄りたいだとか、各々気の向くままにこれからの予定に向かおうとする無秩序な喧噪の中、雄一は席から浮かび上げかけた腰を止めた。
喧噪の中でもよく通る張りのある声の主は、一人の女生徒だった。肩口辺りまで伸びたミディアムの黒髪に、くりっとした大きな瞳。×字のヘアピンで髪の一部分をまとめていて、それによってよく見える可愛い系統の顔立ちには人懐っこそうな笑みが浮かんでいる。
(……誰だ?)
誠に失礼ながら、雄一が最初に抱いた感想はそれだった。
厳密に言えば全く知らないわけではない。胸のリボンは同じ二年生を示す赤色だし、廊下ですれ違った覚えもなんとなくある。同学年で他クラスの誰か、ということまでは分かるのだが、いかんせんそれ以上の情報が無い。
ひょっとしてと思い隣席の澄乃を一瞥しても、彼女も自分と同じように面を喰らった様子で硬直している。どうやら澄乃の知り合いというわけでもないらしい。ついでに澄乃のぽかんとした顔は可愛い。
なぜ付き合い始めた昨日の今日でいきなり?
しかもほぼ面識の無い相手から?
まさか昨日澄乃と一緒に帰った現場を目撃した一人か?
様々な疑問が雄一の頭の中を飛び交うが……とりあえず些末事だと判断して思考の隅に追いやった。
急展開ではあるものの状況としては願ったり叶ったりだ。ここで認めれば自分と澄乃の仲も勝手に知れ渡ってくれるだろう。
最終確認で澄乃に目線を送り、彼女がこくりと頷いたところで雄一は相手の女生徒を見た。
「ああ。実は昨日から付き合うことになった」
いつの間にかクラスメイトの注目を集めていたらしく、雄一が答えた途端に教室中がざわっと湧き立つ。
「え、うそ、白取さん彼氏できたの!?」
「誰だ!? ――英河!? あ~、マジかよ~……白取さんがとうとう……」
「へー英河くんとかぁ。まぁ、夏休み前からちょっと怪しいなとは思ってたけど」
「英河……許すまじ……うらやまけしからん……!」
大別して女子は驚きと納得、男子は落胆と嫉妬といった様子で反応を見せている。思ったよりも反響があったのはさておき、雄一は気になることを事の発端となった相手に尋ねることにした。
「なんで気付いたんだ?」
澄乃と二人で出掛けるなど関係を匂わせる行動をしてきた自覚はあるが、ほとんどは学外の出来事であり、学内ではそこまであからさまなことをしてないはずだ。それなのに、先ほどの女生徒の言葉にはどこか確信めいた響きが含まれていた。
何か決定的な証拠でも握っているような、そんな雰囲気だ。
「えっと、それはねー……あっ、その前に自己紹介」
ぱんっと両手を合わせた女生徒は雄一へ向けて片手を差し出す。
「あたしは三組の
女生徒改め空は、名前通り晴れ渡る青空のような笑顔を浮かべる。ほぼ初めて会話する相手でも物怖じせず握手を求める辺り、なかなかコミュニケーション能力に長けた人物のようだ。
雄一は「よろしく」と言って握手に応じ、それが終わると空は澄乃とも同様に握手を交わす。その様子をなんとなく眺めていた雄一だが、ふと違和感を覚えた。
(夏樹……空……?)
はて、初めて聞く名前の割には、どこか聞き覚えのあるような……?
「あれ……?」
澄乃も同じことを思ったのか、空の顔をまじまじと見て訝しげな声を上げた。
「あの、夏樹さんってもしかして――」
「あ、あたしのことは空でいいよー。同い年なんだし」
「……えっと、じゃあ、空ちゃんって……お兄さんとかいたりする?」
「――ほほう、その様子だとすーちゃんは勘付いたみたいだね。さっすが学年首席」
ニヤリと口の端を吊り上げる空。
いきなりの「すーちゃん」呼びに澄乃がまたもや面を喰らう中、雄一は澄乃の言葉の真意が分からずに首を傾げる。
なぜこのタイミングで兄の有無など訊くのだろうか?
雄一の中でもなんとなく引っかかるものがあるが、いまいちピンと来てくれない。
「さっきの英河くんの質問の答えなんだけどさ、あたしのお
「――――あ」
プール、そして空の苗字である“夏樹”。一見無関係な二つの要素が雄一の脳内で繋がった瞬間、図らずも口から声が漏れる。それを聞いた空は制服のポケットからスマホから取り出して操作、ややあってから雄一たちに画面を差し向けた。
「これって――英河くんたちだよね?」
空のスマホに表示されていたのは、とあるレジャー施設のパンフレット。その一部を拡大したそこには、実際に遊んでいる人たちの姿を収めた写真が掲載されており、どれもこれも楽しそうな光景だ。
そんな中に、一組の男女を映した写真がある。恋人のような二人があーんをしているというとても仲睦まじい様子を収めた一枚であり、その姿には見覚えがある。というか何度見ても過去の自分たちだ。
レジャー施設の名前は――『サマーシャングリラ』。夏休みに澄乃と二人で訪れた、あの一大プールリゾートである。
『あの時の写真!?』
雄一と澄乃の叫びが共鳴する。
昼食の時にサマシャンの広報を名乗る男性――夏樹にお願いされて撮った一枚。それがよもや採用されることになるとは夢にも思わなかった。
「やー、あたしも驚いたよ。このパンフ自体はまだ試作段階で、女子高生目線から見て興味がそそられるかジャッジしてくれーって送られてきたデータなんだけど……まさか同級生が映ってるとはねぇ」
雄一たちの反応が満足いくものだったのか、空はしきりにうむうむと頷いている。興味を示したクラスメイトたちが空の背後や横合いから代わる代わるスマホを覗き込み、瞬く間に雄一と澄乃の恥ずかしい思い出が羞恥の――いや、周知の事実になっていく。
「わっ、白取さんがあーんしてる。大胆!」
「水着でデート!? 英河お前いつの間にそんな眼福イベントを……!?」
「ちょ、見せろ! こっちにも見せろっ!」
教室内はもはや興奮のるつぼと化していた。空が投下した爆弾を皮切りにクラスメイトは色めきだち、到底写真一枚で満たされるはずのない欲望は雄一たちへと向かってくる。
「ねぇ白取さん! 告白ってどっちから?」
「あ、えっと、一応私から……」
「英河くんが昨日から付き合い始めたって言ってたけど、付き合う前に二人でプールに行ったの!?」
「その、雄くんが風邪引いた時に看病して、そのお礼ってことで誘われて……」
「え、じゃあ英河くんの家にも行ってるってこと!?」
「あ、や、えっと、その……!」
「あーもう聞きたいことが色々でてきた! ごめん英河くん、ちょっと今日だけ彼女さん貸して!」
「え」
答える間も無く女子数人に連れて行かれそうになる澄乃。
「ゆ、雄くぅん……」
あまりの迫力にちょっと涙目な澄乃から縋るような眼差しを送られる。が、それと同時に澄乃の周りの女子からも刺すような視線が。「野郎は引っ込んでろ」とでも言いたげな視線を浴びた雄一は――
「せめてお手柔らかにお願いします」
「雄くんっ!?」
あっけなく白旗を上げることとなった。正直、女子からの圧力が普通に怖かった。
「よーし、この人数だしファミレスとかにする?」
「カラオケの方がいいんじゃない? 騒いでも迷惑にならないだろうし」
「そうしよっか。ごめんね白取さん、今日一日だけでいいから付き合って!」
「あー、まぁ、今日ぐらいなら……」
なんだかんだ一定の良識は残している雰囲気で、総勢十人程度の女子集団(その内の数人と友人だったのか、ちゃっかり空も紛れている)は教室を後にした。ちなみに紗菜が「ある程度フォローしてくるよ」と言い残して付いていったので、まぁ致命的な暴露をされることはないだろう。
「大変だなぁ、澄乃……」
「お前なに他人事みたいに言ってんの?」
そう言って雄一の肩を掴んだのは、雅人。思わず「は?」と雅人の方を振り向くと、その後ろに控えたクラスメイトの男子たちと目が合う。
皆一様に、色々と言いたいことがありそうな表情で雄一を見ていた。
「……言っておくが、澄乃との仲を認めないとか、そういう文句は聞かないぞ?」
「いやまぁ文句はねーよ? 話を聞いた限りだと白取さんの方から告白したらしいしな」
「ただここは一つ、後学のためにもどういう振舞いをすれば白取さんみたいな可愛いコと付き合えるか、英河の体験談を交えて教えてもらわないとなぁ……!」
「せめてそれぐらいのおこぼれは貰えないと気が済まん……!」
「えぇー……断るって選択肢は――」
『無いッ!』
「即答かよ……」
どうやら回避の余地は残されていないようだ。まぁ澄乃も同じ目に遭うらしいし、ここは腹を括るとしよう。
「ちなみに白取さんの意外な可愛い一面とかも教えてもらえると――」
「それは教えない」
「クソッ、この欲張りめッ! つーか教えないってことはあるんだなッ!? 吐け英河ァッ!」
「どっちが欲張りだッ! 絶対教えないからなッ!」
ぎゃーぎゃーと言い合いながら、雄一もまたカラオケ店への連行を余儀なくされたのであった。
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