+2話『スーパー暴露タイム』

『私たちが付き合い始めたこと、紗菜ちゃんたちに伝えた方がいいかな?』


 澄乃と別れて帰宅し、夕食やら入浴やらの日常生活を終えたところで、澄乃から『ちょっと相談がある』とメッセージが来た。それなら口頭の方が手っ取り早いだろうと思って電話してみると、簡単な挨拶の後に一呼吸置いてこう切り出されたのだ。


「遅かれ早かれ気付かれるとは思うけど……まぁ、伝えた方が無難か」


 雅人と紗菜――二人の友人の顔を思い浮かべつつ、雄一は澄乃の言葉に頷く。


 今になって思い返してみれば、あの二人には色々と世話になっているのだろう。花火大会の時に二人っきりにされたのはその最たる例で、彼らなりに雄一たちの恋路をサポートしてくれたのだと思う。特に雄一個人としても、雅人には髪型や服の件で恩がある。


 礼儀というほどのものかは分からないが、一つの区切りとして自分たちの状況は伝えるべきかもしれない。


『……なんか改まって報告するって、変に緊張するね』


「確かに」


 電話越しで苦笑しているであろう澄乃に雄一もまた笑みを零した。











 そんなわけで。


『付き合うことになりました』


 翌日の昼休み。陽光が穏やかに降り注ぐ学校の中庭にて、雄一と澄乃の二人は揃って頭を下げた。雅人と紗菜に声をかけ、澄乃が用意してくれたレジャーシートの上に各々弁当や購買で買い込んだものを広げ終えたところで話を切り出した次第である。


 そして雄一たちのハモりを聞いた友人二人は――


『はぁぁぁぁぁ』


 これまたハモったため息で受け止めるのであった。


「おい待て、なんだその反応は」


「いやぁ……ようやくかぁーってな」


 雄一がじろりと睨んでみれば、雅人はお構いなしにしみじみと頷いている。まるで孫の成長を見守っていた老人のような雰囲気だ。


「ようやくって……そこまで時間かけてないだろ」


 雄一と澄乃が話すようになったのは五月のゴールデンウィークから。今は九月の頭なので、付き合うまでに要した時間は四ヶ月程度だ。世の恋人たちがどれほどの交友期間を経て結ばれたかは定かではないが、少なくとも呆れられるほど長いわけではないはずだ。


 けれど雅人は肩の荷が下りた様子のまま、あぐらをかいて頬杖をつく。


「そりゃ時間はな。けど途中からお前らの話を聞いたりしてるとさぁ……なんで付き合ってないのか不思議でしょうがなかったわ」


「……んな言うほどじゃないだろ」


「言うほどだっつの。花火大会の時のお前らときたら……。ナチュラルに食べさせ合いっこしててこっちが面食らったわ」


「うぐっ……」


 その辺りを持ち出されると何も言えない。遊園地前に立ち寄ったカフェやプールでの経験でそういった行為への羞恥に慣れていたこともあり、ほぼ無意識でやってしまった結果だ。


「まぁまぁ、何はともあれおめでとう。実際お似合いだし、良いカップルだと思うよ」


「ありがとう、紗菜ちゃん」


 紗菜からの祝いの言葉に澄乃は照れ臭そうに頬を弛ませる。男性陣に比べて、女性陣は随分と和気あいあいとしたムードである。


「ほら、お前も紗菜みたいに素直に祝うということができないのか」


「あいつもさっき俺と一緒にため息ついてたんだけど……。まぁいいや。はいはい、おめでとさんごちそうさまでーす」


「てめぇ……。言っておくがな、今となっては恋愛に関しちゃ俺の方が先輩なんだからな」


「ハッ、ファッションに関しちゃ俺の方がもっと先輩だけどな。遊園地デートの時に服とか髪型の相談に乗ってやったことを忘れたとは言わせねーぞ?」


「ぐっ……!」


 またもや返す言葉が無い。短い口喧嘩が雄一の敗北で終わると、隣の澄乃がぴくりと眉を動かした。


「髪型……? え、遊園地の時の雄くんの髪って、乾くんの発案だったの?」


「あ」


 しまった、と気付いた時にはもう遅い。雄一が止める暇も無く、対面の雅人は澄乃の問いに「そうそう」と頷いてしまっていた。


「白取さんの隣を歩くにはどういう格好が相応しいかって泣きついてきてな。俺が色々とアドバイスしてやったんだよ」


「ちょっと待て! 泣きついてはいないだろ!?」


 せめてもの反論を口にするもののあまり効果は無く、澄乃はどこか嬉しそうな視線を雄一に向けてくる。


「そっか……色々と考えてくれてたんだね」


「……当たり前だろ。せっかく誘ってもらったわけだったし」


「ふふっ、ありがとう。あの時の雄くんカッコ良かったよ」


「……そりゃどうも」


 気恥ずかしさでつい返事はぶっきらぼうになるが、澄乃はそれでも笑みを絶やさない。彼女の笑みはそのうち微笑ましいものを見るように変わってきて、まるで頑張って背伸びした子供のように扱われている気分になる。


 さらには雅人からもニヤニヤとした笑みを向けられてくるので、雄一は視線から逃れるようにペットボトルのお茶を呷った。


 そんな中で一人、紗菜だけは澄乃を見てすぅっと目を細める。


「そういう澄乃も人のこと笑えないんじゃないかなぁ」


「え……? な、なんのこと……?」


「おやぁ、なかなか水着が決まらなくて悩んでたのは誰だったかなぁ?」


「ちょ、紗菜ちゃんそれストッ――!」


 愉快そうに唇を歪める紗菜。慌てて止めようと身を乗り出す澄乃の肩を、横合いから伸びた手ががしっと掴んで引き止める。


 当然の如く、その手の主は雄一だ。


「あ、あの、雄くん……?」


「――俺は一つ暴露されたんだ。ここは公平に、澄乃も一つ白状してもらおうじゃあないか」


 ニヤリと、獲物を前に舌なめずりをする肉食動物のように雄一はわらう。


「え、え、えぇぇぇえええ……」


 学園の穏やかな昼下がり。一人の少女の情けない悲鳴が静かに霧散した。


 ――ちなみに、話がまたもや雄一にも飛び火して、恋人同士二人揃って顔を真っ赤にする羽目になってしまったのは余談である。











「ところで、他の人たちには説明したりするの?」


 ひとしきり聞きたいことも聞けて満足したのか、ほくほく顔の紗菜がそう尋ねる。ややグロッキー状態であった雄一は顔を上げると、一度澄乃の方を確認。未だ耳まで真っ赤で両手で顔を覆っている彼女の再起動には時間がかかると判断し、紗菜の問いには一人で答えることにした。


「そこら辺は昨日澄乃とも話したんだけど、わざわざ説明することはないと思う」


 澄乃の人気はさておき、何も人気芸能人のスキャンダルというわけでもないのだ。あえて自分たちから言いふらすような真似をするのも自意識過剰なような気がする。


 今後の恋人付き合いに関しても、恋愛にかまけて普段の生活が乱れないようにということで互いの意見は合致している。高校生らしく節度も守った付き合いを。真面目な澄乃らしい考え方に雄一も賛同した形だ。


 ――まぁもっとも、要は人目のあるところで調子にのってイチャイチャしないようにという話であり、二人っきりの時はその限りではないのだが。


「とりあえずは今まで通りで、もしバレたら正直に認めるって感じだな。二人にもそんな感じで頼めると助かる」


「了解。聞かれた分には教えちゃっていいんだよね?」


 紗菜の最終確認に雄一が頷いていみせると、雅人と紗菜はそれぞれOKサインを出してきた。


 ひとまずはこんなところでいいだろう。


(……まぁ実際、教室とかで誰かに聞かれちまうのが一番手っ取り早いよな)


 周りから来るのであればこちらはただ打ち明けるだけでいいし、そこからそれとなく知れ渡ってくれるのが一番無難な流れだ。澄乃がまた告白されるようなことになったら、さすがに彼氏であることを名乗り出てしまうかもしれないが。


 とにかくにも一旦は現状維持と心に決めて、雄一は澄乃の回復を促すように華奢な肩を優しく叩くのだった。







 ――そんなことを思っていたわけだが。


「ねぇ、二人って付き合ってるの?」


 よもや放課後になってすぐにそう問い質されるとは、微塵も考えてなかった。

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