第36話『いつもと違う?』

 雅人の先導で立ち寄ることとなったファミレス。駅近でなおかつ新装開店ということで中々の混雑具合ではあったが、時間自体は夕飯時よりも少し早かったので、十分ほど待つだけで席に着くことはできた。


 オープンしたばかりで店内は掃除が行き届いており、おまけに開店セールということで一部商品の値段も通常価格より安いという良いこと尽くめ。この場所を提案した雅人の判断は見事と言えよう。


 各々好きなものを頼んで少し早めの夕食を摂りつつ、色々な話題等で盛り上がること一時間半程度。出入口付近の待合スペースが混み合ってきたところで、打ち上げはお開きとなった。


「ふぃー、食った食ったー」


 店を後にして最寄り駅に向かう傍ら、雄一の前を歩く雅人は満足そうに腹をさすっている。


「さすがに食べ過ぎじゃない? お腹壊しても知らないよー?」


 その隣を歩く紗菜が、からかうような視線を少し膨らんだ雅人の腹部に送る。


 グリルハンバーグとライスのセットに始まり、パスタ、ピザ、サラダ、最後にはデザートと、雅人の食べた品は多岐に渡る。ピザやサラダ等の取り分けられるものは四人でのシェアを前提に頼んでいたが、それを差しい引いても雅人の胃に吸い込まれた量はかなりのものだろう。


 雄一もそこそこ食べる方ではあるものの、今夜の雅人には到底敵わない。まあ、別に大食い勝負をしたわけでもないのだが。


「いーんだよ。今日は無礼講ってヤツだし、普段その分動いてんだから。夏休み入ったら部活も忙しくなるしなー」


 数日後のテスト返却も終われば晴れて夏休みを迎えることとなる。休止期間だった部活動も再開され、テニス部のような運動部は大会に向けての練習でより活発になることだろう。


「大会の日程、分かったら教えてくれよ。予定が合えば応援行ってやるぞ?」


「お、サンキュ。分かったらメッセージ送るわ」


 スポーツマンらしい爽やかな笑みで答える雅人。そんな親友の姿を見つつ、どこか気持ちを切り替えるように息を吐いた雄一は隣へ目を向ける。


 そこには――


「じー……」


 いかにも「私、不満です」といった視線を送り付けてくる澄乃がいた。


 こうなったのには、もちろん理由がある。


 打ち上げの際、勉強を教えてもらったことのお礼として澄乃にデザートを奢ろうとしたのだが、例によって例の如く、澄乃はそれに対して遠慮の意を示した。けれど今回に関しては雄一も「はいそうですか」と引き下がるわけにもいかず、お互い意地を張ったまま話は平行線に。その成り行きを愉快そうに眺めていた紗菜と雅人から、「じゃあこれで決着付けたら?」と差し出されたのが、メニューの裏に印刷されていた間違い探しだった。


 ルールは全九個の間違いの内、より多くの間違いを見つけ出した方の勝ち。動物たちが大きな切り株をテーブルに見立てて食事をしているというポップな絵柄の割に、超鬼難易度の問題に悪戦苦闘すること数十分。最終スコア五対四という白熱の戦いを制したのは――雄一であった。


 そして、期間限定プレミアムストロベリーパフェは澄乃の胃袋に収まることとなった。


「むー……最後のアレ、私も見つけてたのに……!」


「先に指摘したのは俺だからな。僅差だろうと何だろうと勝ちは勝ちだ」


「英河くんのいじわる……。ミスの数ならそっちの方が多かった! 五回!」


「五回じゃないです四回ですー! それを言ったら白取はとんでもないミスしてただろ? 何だよ、『この二つの笑顔は同じに見えて実は違った想いを抱えて……』って」


「だって豚さんの前に置いてあった料理、Aのイラストだとハンバーグで、Bの方はとんかつだったんだよ!? ぜったいBの方は内心で泣いてたはず!」


「そんなん言い出したらキリ無いわ!」


 あまりの見つからなさに思考がオーバーヒートしてしまった故の発言であることは理解できるが、さすがに間違い探しでそれは反則だ。


 結果的に奢らされてしまったことが随分と悔しかったようで、なおも澄乃はぷんぷんと頬を膨らませている。突いてみたい衝動に駆られた雄一だが、それをしたら火に余計な油を注いでしまいそうなので我慢した。


「じゃあ、私たちはここで」


 言い合っている内に最寄り駅の改札前に辿り着いていた。電車通学の紗菜たちとはここでお別れだ。


「ねえ雄一。もう結構暗いしさ、白取さん家まで送ってあげたら?」


 スカートのポケットから定期入れを取り出した紗菜がそんなことを言ってくる。


「って言われてもなぁ……」


 思わず言い淀んでしまう。


 無論、雄一としてはむしろ進んで送りたいぐらいなのだが、澄乃が首を縦に振るとは思えない。しかも先ほどの一件のせいで今の彼女はご立腹気味だ。余計に意固地になりそうなのがありありと想像できる。


「……あの、じゃあ、お願いしてもいい?」


 しかし雄一のそんな予想とは裏腹に、澄乃はあっさりと紗菜の意見に賛同した。


「え? 送って、いいのか……?」


「うん……ダメ、かな?」


「いや、全然そんなことは……」


 上目遣いで「ダメ?」なんて言われてしまったら断れるわけがない。もちろん断るつもりもないのだが、澄乃の態度には少し疑念を覚えてしまう。


(白取にしては珍しいな……)


 今日の打ち上げに参加したように交友関係に対して前向きになってきた澄乃だが、元々の性分のせいか、差し出された厚意に関しては消極的な態度を見せる面が多い。心境の変化と言われればそれまでだが、デザート一つでバトルに発展した先ほどを振り返ると、やはり彼女にしては珍しい。


 雄一が訝しんでいると、急に雅人が肩を組んできた。女性陣と少し距離を離したところで心底楽しそうな笑みを向けてくる。


「白取さんが可愛いからって送り狼になるんじゃねーぞ?」


「ならねーよ。人聞きの悪いこと言うな」


「ははっ、ヒーローにはいらない心配だったか。でもまあ、あれだ、あんまテンション上げ過ぎんなよ」


「……んん? 何の話だ?」


「いや、べっつにー」


 雄一からの追求の眼差しをするりと抜けて、雅人は改札の方へと歩いていく。


 気付けば女性陣は女性陣で何か話していたようで、紗菜が「頑張って!」と澄乃に言い残して、同じように改札へと足を向けた。澄乃が若干上気した頬で「うん……!」と答えているが、一体全体何を話していたのだろうか……?


 最後に手を振ってきた紗菜たちに手を振り返して、残された二人は互いに目を合わせた。


「じゃあ、行くか?」


「う、うん……!」


 何故だか緊張気味の澄乃を伴って、帰宅ラッシュで混み合い始めた駅を雄一は後にした。

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