+29話『恋人面接?』
「へー、二人でサマシャン行ったんですかー! ウォータースライダーとかどうでした?」
「楽しくて全制覇しちゃった! 国内最大級だけあって楽しかったなあ」
「いいないいなー! あたしも一度行ってみたいんですよねえ。お兄ちゃんとは他にどこ行ったんですか?」
「あとは……遊園地とか、友達含めれば花火大会とか……あ、クリスマスにはイルミネーションも見に行ったかな」
「ほほう、それはまたロマンチックな! やっぱり綺麗でした?」
「うん、すっごく! これとか、雄くんから貰ったクリスマスプレゼントなんだけど……」
「わ、可愛いネックレス! お兄ちゃん意外とセンス良いなあ」
(めっちゃ仲良いなオイ……)
わいわいきゃいきゃい仲睦まじく。雄一の見つめる先で、ソファに並んで座った澄乃と優衣の二人はおしゃべりに花を咲かせていた。
澄乃は言わずもがな、優衣だって身内の贔屓目抜きにしても整った外見をしていると思うので、そんな美少女二人が笑顔を浮かべて語り合う様はとても絵になっている。だが惜しむらくは、その内容が自分も関係する恋愛模様だという部分だろう。
事の発端は、先ほど暴露された雄一の過去の発言。そこから雄一に関する昔話に話が飛び火し、現状がこういった形となっている。
妹に過去の行いを晒されていくというのは、妙に恥ずかしいやらこそばゆいやら。今にして思えば、『よく付き合う前に二人で遊園地とかプールに行ったよなあ……』と他人事のような感想を抱いてしまう。他人事と思わないと喉を掻きむしりたくて仕方がなかった。
まあ、澄乃が楽しそうなら何も言うまい。緊張はすでに鳴りを潜めているし、洗車を終えリビングにやって来た晴信からも『姉妹みたいだ』と評されたぐらいの仲睦まじさだ。今回の帰省における一番の懸念材料が片付いただけで御の字。多少の恥ずかしさには目を瞑ろう。
そんなんこんなで澄乃と優衣の会話に口を挟むことなく時間は流れ、外の景色に茜色が差し始めた頃、台所から桜子が近付いてきた。
「雄一、ちょっと優衣と一緒に買い物行ってきてくれない?」
「買い物?」
「そ。今日はすき焼きにする予定なんだけど、せっかく澄乃ちゃんもいるんだし、ちょっと良いお肉買ってきて欲しいのよ」
「え、私は別にそんな……!」
「いいのいいの。わざわざ来てもらったんだし、これぐらいのおもてなしはさせて頂戴」
狼狽える澄乃に向けて、桜子はひらひらと手を振る。
「買い物はいいけどさ……」
そう、買い物自体は別にいい。人選に関しても、スーパーの場所含めて土地勘のある優衣に加えて雄一は荷物持ちという割り振りだろうから、そこもいい。
だが――。
チラリと横に視線をやると、ちょうど同じタイミングでこちらに向けられた澄乃の視線とぶつかる。その藍色の瞳の奥では微かに緊張の色がぶり返していた。
優衣との会話で英河家に慣れてきたと言っても、やはり雄一が――見知った相手がそばにいるからこそという前提条件があるはず。いきなり両親と澄乃だけにしてしまうというのは如何なものか。というか、正直わざとそうしている節がある気もする。
雄一の胸中で渦巻く逡巡。けれどそれを終わらせるように、澄乃は雄一に向けてゆっくりと頷いてみせた。
大丈夫だから行ってきて、ということらしい。……ここは澄乃本人の判断に任せよう。
「行くぞ、優衣」
「はいはーい。澄乃さん、また後でお話しましょーね!」
すっかり澄乃と仲を深めた優衣を連れて玄関へ。見送りがてら財布とエコバッグを差し出してきた桜子に対し、雄一は少しだけ釘を刺しておくことにした。
「何を企んでるか知らないけど、あんまり澄乃を怖がらせるなよ?」
「あらやだ、親を何だと思ってるの。心配しなくても少しお話したいだけよ。別に取って食ったりしないわ」
「ならいいけど……」
「お兄ちゃんてば、本当に澄乃さんが大事なんだねえ」
「うっさい」
茶々を入れてくる優衣の額に、軽くデコピンをお見舞いする。妹からの非難の視線をさらっと受け流しながら、雄一は一抹の不安と共に外へと繰り出した。
雄一と優衣がいなくなったリビング。ソファから食卓用のテーブルへと場所を移した澄乃は、緊張で渇き気味の唇を舐めた。
澄乃とて分かっている。あのタイミングで雄一が外に送り出されたのには理由があって、そしてそれは恐らく、自分と彼の両親の間で何かしら話があるからだということを。
その証拠に、先ほどまでは遠巻きに様子を眺めるだけだった晴信が自分の対面に腰を下ろしている。表情こそ柔和なものを浮かべているが、いったいこれから何をお話しすることになるのか。
……いや、内容も何となく察しは付いている。これから始まるのはたぶん、言わば就職活動における面接のようなもの。
ずばり――両親直々の恋人面接だ。
何せ自分は大事な息子にできた初めての彼女。子を想う親として、それに相応しい人物なのかどうかを見極めたいと考えるのは当然のことだろう。だからこそ澄乃はこの針の筵めいた状況をぐっと堪え、次の相手のアクションに備えて気持ちを落ち着かせる。
当然だが、雄一と別れる気なんて一切無い。そのためにはこの山場を乗り越えなければ。
何を言われるか、どう受け応えるか。持ち前の頭脳で必死に何通りものシミュレーションを繰り広げていると――
「はい、どうぞ」
桜子のそんな柔らかい声と共に、一客のティーカップセットが澄乃の前に置かれた。
「え?」
面を喰らう澄乃を他所に、カップの中身である薄い茶色の液体からはどこか優しい香りが漂ってくる。
「最近ハーブティーに凝っててね、良かったら是非感想を聞かせて欲しいの」
「あ、はい……えっと、じゃあ、いただきます……」
用意してくれた桜子に軽く会釈をしてから、澄乃は両手でカップを手に取り、慎重にこくりと一口。
「……美味しい」
率直な感想が口から零れた。
凝っていると言うだけあって、ハーブティーはとても口当たりの良い味わいだった。詳しい香りの種類こそ分からないが、喉から身体全体へと広がる温かさは澄乃の強張りを解きほぐしてくれる。
「気に入ってくれたなら何よりだわ。澄乃ちゃん緊張してるみたいだし、こういうものがちょうどいいかと思ったのよ」
「す、すいませんっ。わざわざ気を遣って頂いて……」
思わず身が縮こまって頭を下げる。桜子は柔らかい表情で首を振った。
「気にしないで。お客様をもてなすのは当然のことよ」
柔らかな微笑みと共に手を振ると、桜子は再び台所の方へと向かう。
その声音からは、純粋に澄乃を労わろうとする気持ちが感じられた。だからこそ澄乃に疑念が積もる。てっきり圧迫面接よろしく怒涛の質問攻めでも始まるかと思ったのに、ちっともそんな気配が見られない。桜子はもちろん、対面の晴信も落ち着いた雰囲気で澄乃を見ているだけだった。
「……あの、今回はどうして、私を呼んだんですか?」
緊張が緩んだ拍子に、胸の内に抱えていた疑問が口をついて出た。
いくら予定が空いていたとはいえ、家族の
澄乃の問いには晴信が応じる。
「そう構えなくても大丈夫だよ。単純に会ってみたかったのと、君の口から直接、今の雄一のことを聞いてみたくてね」
「え……?」
首を傾げる澄乃に対し、晴信と表情を正した。
――そこに浮かぶのは、子供への真剣な憂い。
「雄一は、元気にやれているだろうか?」
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