第67話『男のプライド(前編)』

 澄乃の希望によって、とりあえずやってみた金魚掬い。なかなかに活きの良い金魚たちばかりだったようで、二人揃ってあっけなく撃沈した雄一と澄乃は、次の遊び場を探すべく神社内を散策していた。


 そんな中、澄乃が「あっ」と言葉を漏らす。その拍子に繋いだままの手がくいっと引かれ、自然と雄一の視線も澄乃が目にするものに向けられた。


 藍色の瞳が見つめる先にあったのは射的の屋台。小さな子供たちがコルク銃を構える様子を、澄乃は興味深そうに観察している。


「射的か」


「うん。雄くんはやったことある?」


「ここ二、三年はやってなかったけど、小さい頃は結構やってたな」


「へぇ、私は一回もやったことないんだよね」


「ならこの機会にやってみるか」


 そう短く告げ、澄乃の手を引いて屋台に近付いていく。ちょうど前の客と入れ替わるタイミングで辿り着くと、景品の整理のためか、店主は射的台の裏に引っ込んでいた。


「すいません、二人――」


 わずかに見える店主の背中に声をかける雄一だが、その言葉は中途半端に途切れる。


 呼びかけに反応してぬっと現れたのは、スキンヘッドの巨漢というこれまた予想外な風貌だったからだ。しかも肌色は黒人のそれで、顔の彫りの深さ含めて到底日本人には見えない。


 まさかの外国人の登場に雄一が戸惑っていると、店主はニカッと快活な笑みを浮かべて雄一らを出迎えた。


「いらっしゃいお二人さん。どうぞ遊んでいってくれ」


 祭りの喧騒の中でもはっきり聞こえる、張りのあるバリトンボイス。しかしてその声音が口にしたのはとても流暢な日本語であり、また別の意味で雄一は面を喰らってしまう。


 あっけにとられつつも提示されている値段を小銭で支払うと、同じように料金を払う澄乃は驚き半分称賛半分といった感じで話しかける。


「日本語お上手なんですね。すごく聞き取りやすいです」


「おっ、嬉しいこと言ってくれるな美人さん。お礼にサービスだ」


 随分気前の良い人物らしい。二発分上乗せされた合計七発のコルクが載った小皿を差し出され、澄乃はやや戸惑いつつも素直に「あ、ありがとうございます」と受け取った。


 雄一も小皿を受け取ると、端の方に置いてあったコルク銃の前へと移動する。ウィンチェスター風の凝った装飾が施されていて、きっと店主のこだわりに違いない。よく見れば射的台もどこか西部劇にありそうな色合いをしてるなぁと思いつつ、一丁のコルク銃を手に取った。


「これってどうすればいいの?」


「えっとだな、まずはこのコルクを銃口に詰めて……で、その後にここのレバーを引く。これで準備はオーケー」


 装填を終えた銃を澄乃に渡し、狙い方や撃つ際の姿勢を軽くレクチャー。とりあえずということで澄乃に一発撃たせてみると、軽い発射音と共にコルクが飛んでいき――景品に掠ることもなく後ろの布に当たった。


 もう一度、今度は装填も澄乃が自らの手で行っての試し打ち。またもや景品に当たることはなかったものの、一発目よりも誤差はかなり少ない。感覚は掴めたようだ。


 ボーナスで貰えた二発を有効活用したところで、澄乃は少し挑発的な笑みを浮かべて雄一を見る。


「雄くん雄くん、どうせだったら勝負しない? どっちがどれだけ多く撃ち落とせるか」


「勝負って、こっちは一応経験者なんだぞ? さすがに負ける気はしないな」


 意気揚々と勝負を挑んでくるのはいいが、射的は簡単そうに見えて意外と奥が深い出し物だ。完全初心者がそうほいほいと撃ち落とせるほど甘くはない。


 けれど澄乃は胸を張り、なおも好戦的に笑う。


「今の二発で感じは分かったし、なんとなくいけそうな気がするんだよね。それとも……負けるのが怖い?」


 わざとらしく首を傾げ、澄乃はニヤリと口の端を吊り上げる。


「――ほう」


 見え透いた挑発だが、そうまで言われて引き下がるのは雄一のプライドに関わる。ここはまんまと乗らせてもらおう。


「良いだろう。受けて立とうじゃないか。ただし、手加減無しだ」


「ふふっ、望むところ。間違い探しにお化け屋敷と、雄くんには負け続けだからね。今日こそリベンジだよ……!」


「澄乃って結構根に持つよなぁ……。ってか、お化け屋敷に関してはほとんど自滅――」


「早く準備しないと試合放棄で雄くんの不戦敗にするよ?」


「うわきったね」


 意外にも様になったポーズで銃を構える澄乃。その隣で手早くコルクを装填し、雄一は相手を威嚇するように指の関節を鳴らして構えを取る。


 両者の視線が交錯し、互いに頷き合った瞬間が開戦の合図。それぞれ別のターゲットに狙いを定め、意識を集中させる。


 ……まぁ勝負はさておき、ここはお菓子辺りでもゲットして、澄乃にささやかなプレゼントを贈ることにしよう。


 そんなことを考えながら、雄一は目に付いたラムネ菓子の箱に狙いを定め、引き金を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る