+63話『歯痒い』
二日後。その日は『特撮連』単独での練習日であり、大学構内の運動場に午前中から集まっていた。
「というわけで、この
「初めまして、白取澄乃です。よろしくお願いします」
翔の音頭の下、集まった『特撮連』メンバーの前で簡単な自己紹介をする澄乃。初対面の年上たちばかりが相手なので表情はやや固いが、明瞭な口調と共に軽く頭を下げ、その拍子に運動しやすいようにとポニーテールにまとめた銀髪がさらりと揺れる。
澄乃の華やかな容姿と雰囲気にほとんどのメンバーが見惚れる中、雄一は一人、心の中で澄乃への感謝の言葉を述べた。
一昨日、翔に「心当たりがある」と伝えた後、さっそく澄乃に連絡を取ってみた。あまりに突然の頼みだし、そうでなくともヒーローショーの司会役なんて簡単に引き受けられるようなものでもない。だから澄乃が首を縦に振るかは正直微妙で、現に最初は彼女も電話越しで驚きの声を上げていた。
だが、最終的には快く参加を承諾してくれたのだ。『なんたって雄くんの頼みだからね』というのが本人の弁であり、その頼もしい言葉に電話口でニヤケてしまったのは秘密である。
「雄一、ちょっとカモン」
「はい?」
自分の役目はもちろん、澄乃のフォローも頑張らねばと考えていると、翔を除く男面子から手招きされて運動場の隅っこへと連れて行かれる。
そして、いきなりヘッドロックをかまされた。
「ぐえっ!? な、なんすかいきなり!?」
「なんすかじゃねぇどういうことだこの野郎! 彼女できたってのはなんとなく知ってたけど、あんな可愛い娘だなんて聞いてねぇぞ! おまっ、どうやってお近付きになりやがった!?」
「それは、色々と――」
「その色々を聞いてんだよ! どんなイベント起こしやがった!? まさかのお隣さんか、ナンパから助けたか、食パンくわえて曲がり角でぶつかったのかあぁんっ!?」
一応二番目が正解なのだが、答えようにもヘッドロック状態では声が上手く出てくれない。必死に逃れようと腕をタップする雄一をよそに、他のメンバーもある者は嘆き、ある者はひどく達観した様子で好き勝手に言葉を並べていた。
ちなみに、澄乃は澄乃で女性メンバーに囲まれてきゃいきゃいと盛り上がっている。
「羨ましい、俺だってまだ彼女できたことないのに……! あんなレベル、芸能人でもそうそういねーぞ」
「これが真のリア充か……。いきなりの誘いでも引き受けてくれるあたり、絶対中身も良い娘だよなぁ」
「ねぇちょっと! 澄乃ちゃんがレモンの蜂蜜漬け作ってきてくれたわよ! これすっごい美味しい!」
「おまけに料理上手!? 完璧じゃねぇか天使かよ!? ってか練習始める前から食ってんじゃねぇよ女子ィ!」
男と女。それぞれ分かれてヒートアップしていく様相。
結局、『お前ら何のために来てもらったと思ってんだ!』という翔の一喝が入るまで、雄一はもみくちゃにされたままだった。
沈静化の後、本日の練習開始。
雄一含むスーツアクター陣は柔軟体操や手合わせ、キャラクターに声を当てる声優陣は発声練習など、各々進めていく。
澄乃は裏方担当のメンバーに混ざり、まずは過去のショーの動画を視聴し、どういった感じで演じるのかを落とし込む作業に入る。それからショーの台本を渡して熟読。過去に司会経験のある女性メンバー(今回は敵の女幹部役)の指導の下、簡単な動きを交えながら練習に励んでいった。
そして昼休憩を挟んだ午後、試しにショーの冒頭――最初の挨拶から悪役の襲来、ヒーロー登場までを通してやってみようということに。練習なので衣装の着用まではしないが、全体の雰囲気はこれで掴めるはずだ。
「えっと……み、皆さーん、こんにちはー!」
テープで区切った仮ステージに立つ澄乃が、少し緊張しながらも明るい声で手を振る。
『こんにちはー!』
それを受けて観客側から上がる『特撮連』メンバーの歓声。生憎と子供なんて一人もいない可愛げのないものだが、こういうものはノリが大事なので、各々小さな子供になりきった
「は、はい、元気なお返事ありがとう! 今日はたくさんのお友達が来てくれて、お姉さんはとっても嬉しいでーす!」
ノリの良さが手助けになったのか、澄乃の緊張も進むにつれて徐々にほぐれていく。そのままショー鉄板の注意事項を伝えていき、いざヒーローを呼ぼうとしたその時、音響担当の手によって小型のスピーカーからドロドロとしたBGMが流れ始めた。
「オーホッホッホッ! お生憎さま愚かな人間たち、この会場はこの私が頂いたわ! 来なさい、ジャドー!」
『イーッ! イーッ!』
ステージ下手から登場した女幹部が手にした
「た、大変っ! このままじゃせっかくの楽しい時間じゃ台無しになっちゃう! 皆さん、力を合わせてヴァルテリオンを呼んでっ! せ、せーの、ヴァルテリオーンッ!」
『ヴァルテリオーン!』
「うるさいわね。ジャドー、そこの小娘を黙らせておしまい!」
『イーッ!』
澄乃を取り囲むように迫る戦闘員。だがその悪意が澄乃を襲うよりも早く、新たにステージに飛び込んできたヒーローが戦闘員をまとめて薙ぎ倒す。
「そこまでだ、これ以上はこのヴァルテリオンが許さないっ!」
「はいオッケー!」
そこで翔からの手拍子が入った。
「ど、どうでしたか……?」
澄乃が恐る恐ると演技の是非を窺う。それに対する周囲の返答は――満場一致の高評価だった。誰も彼もが澄乃に拍手を送り、「おー」と感心したような呟きも聞こえてくる。
「いやはや予想以上というか……普通に驚いた。澄乃ちゃん結構上手いじゃん」
「本当ですか? まだつっかえてる場面とか、結構あったんですけど……」
「そりゃ完璧とまでは言わないけど、初めてでこんだけできれば大したもんだ」
「本当よねー。声も聞き取りやすくて司会向きだし。発声が上手いのかしら……? それとも元々の声質?」
「あ、実は高校で演劇部に入っている友達がいて、昨日の内にコツとか色々聞いてみたんです」
澄乃の口にした友達とは、恐らく紗菜のことだろう。予習に抜かりのないところがまた澄乃らしい。もちろんまだ改善点は残っているが、この分なら当日までに期待以上の水準に高めていくことができそうだ。午前中の練習だけでしっかり役に順応しているあたり、改めて澄乃の地頭の良さを思い知る。
(……うーん)
澄乃の順調な滑り出しに一安心な反面、雄一はちょっと複雑な心境を抱えてもいた。
分かっている。そもそも澄乃は臨時参加なわけなのだから、今回の配役がこういう形になっているのは偶然でしかない。
けど、澄乃がいわばヒロイン役で、なのに自分は悪役で、そして彼女を救うヒーローが別にいる。
そのことが、ちょっと面白くないというか――もやっとする。
(何考えてんだか俺は……)
こんな子供じみたわがまま、到底他の人には聞かせられない。周りの迷惑にならないよう気を付けないと。
と、そんなことを考えていると、いつの間にか近付いていた翔が雄一の肩に手を置く。なんだかすごく生温かい視線。
「……なんですか?」
「その悔しさがお前を強く成長させるんだ」
「いやどういう意味ですか!?」
どうやら顔に出ていたらしい。
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