+62話『ショーに向けて』

 心頭滅却。


 肺に残った空気を根こそぎ吐き出し、深く息を吸って新鮮な酸素を取り込む。心身ともに充実を図れたところで閉じていた目を開き、雄一は周囲の状況に目を走らせた。


 ――敵は三人。雄一を取り囲むように、扇状の陣形で展開。全員が粗末な棒を剣のようにして構え、鋭い眼差しでこちらを睨みつけている。相手への注意は怠らないまま、雄一は腰と左腕に巻き付けたものの感触を確かめるように手をやり、そして構える。


『来い』


 声には出さずに口だけ動かした瞬間、まず一番右の敵が動き出した。


 雄叫びを上げて棒の先端を突き出してきた敵を両手で受け流し、すぐさま意識を移す。一拍の間を置いて襲いかかる二人目、その上段からの振り下ろしを今度は身を捻って回避し、空振りの隙を突いて腹に拳を一発。身体をくの字に曲げて呻く二人目の腕を即座に掴むと、最初に攻撃してきた一人目の方へと放り投げた。


 絡み合って倒れる敵ニ体を尻目に、残った三人目と対峙。仲間を倒されたことで怒り狂ったのか、矢継ぎ早に棒を振り回す相手の猛攻を捌きつつ、渾身の一撃を待つ。そしてその一撃が来た瞬間、雄一は左腕に装着したスポンジで受け止めた。防御に成功したことで手に入れた好機を見逃さず、雄一はフリーの右手を腰へ走らせる。


 腰に巻いたホルスターから抜いたハンドガンを相手の胸に押し付け――発砲。撃ち抜かれた三人目は大袈裟なモーションで仰け反り、苦悶の声を上げながらどこか遠くへ逃げていった。


「はい、オッケー!」


 三人目の後を追って残りの二人も目の前からいなくなったところで、横合いからパンと大きな手拍子が響く。雄一は張り詰めていた緊張を解き、今しがた声が上がった方へと目を向けた。


「どうでした?」


「バッチリ。やっぱりこの方が流れはスムーズだね」


 ――無事に春休みを迎えた三月のある日、雄一はレンタルスポーツスタジオにて、じきに迎えるヒーローショーの練習に勤しんでいた。


 実は今回のヒーローショーは『特撮連』単独ではなく、別の大学の団体『ヒーロー同盟』とのコラボ企画になっている。その団体も『ガンドレイク』というオリジナルヒーローを持ち合わせているので、いわゆる二大ヒーロー夢の共演というヤツだ。


 広いスタジオ内には二つの団体を合わせた結構な人数が集まっており、何カ所かに分かれて同時進行で練習に励んでいる。そして現在、雄一が練習しているのは自分が演じる『特撮連』側とは全く別の、『ヒーロー同盟』側の立ち回りだ。本来の『ガンドレイク』役が別の場面を練習している最中なので、手が空いていた雄一がその代役に抜擢された形である。


「悪いね英河くん、そっちも忙しいだろうに、こっちの練習に付き合ってもらって」


「いえ、大丈夫ですよ。俺の出番は序盤だけですし、立ち回りもほぼ仕上がってるんで。むしろ練習とはいえヒーローをやらせてもらえるなんて、良い経験になりますよ」


 雄一がそう答えると、『ヒーロー同盟』代表――深山みやま晴人はるとは「それは良かった」と明るい笑顔を浮かべた。日曜朝の特撮番組の主人公が務まりそう爽やかさだ。


「それにしても、英河くんが戦闘員ってのもなんかもったいないね。身長タッパもある分アクション映えするし、ヒーロー役の方が適任だと思うけど」


「そこはまぁ、色々とありますしね」


 今回の配役に関しては体格のバランスや練習時間など、色々な要素を考慮した上での結果だ。これといった文句なんて雄一にはないし、そもそも去年の夏の映画撮影では、理由ありきとはいえドタキャンで迷惑をかけた身だ。こうして活動に参加させてもらえるだけでもありがたい。


「ま、本人が納得してるならそれでいいんだけど。……ところで英河くん」


 不意に声を落とした晴人が雄一の耳元に口を寄せる。


「ここだけの話さ、こっちの団体に移籍する気とかない? 実は今、新しいヒーローの企画を考えてて、ちょうど英河くんぐらいの――」


「勝手にウチの若手を引き抜こうとしてんじゃねぇよ」


 べしっ。そんな音と共に、背後からの突然の手刀が晴人の頭を襲う。振り返ればそこでは、『特撮連』代表――太刀川たちかわしょうが呆れたような表情を浮かべていた。


「なんだい、たっくんは手厳しいな。同じ高校だったよしみで少しぐらいは大目に見てくれてもいいじゃないか」


「ぬかしやがれ。お前の自由っぷりには懲り懲りしてんだよ。今回のコラボだって急に持ちかけてきやがって」


「いきなりなのは認めるけど、たっくんだって結構ノリノリだったじゃないか。だからこうして形になったわけだろ?」


「うっせ。向こうでお前のこと呼んでるから、さっさと行ってこい」


「はいはい。それじゃあね英河くん。もし手が空いてる時があったら、また代役お願いしてもいいかい?」


「ええ、俺で良ければいつでも」


 手を上げて応えると、晴人は爽やかスマイルを残して別の場所へと向かった。


「代役お疲れさん。ほれ」


「ありがとうございます」


 労いの言葉と共にタオルを差し出す翔。雄一は汗を拭いながら、『特撮連』側の練習風景へと目を向けた。


「そっちの様子はどうですか?」


「良い感じだ。この分なら立ち回りは問題なさそうだな」


「……の割には、今日はずっと難しい顔してません?」


 進捗の割に、翔の顔色はあまりよろしくない。体調が悪いというわけでないみたいだが、さっきからスマホ片手にうんうんと唸ってばかりいる様子を見かけていた。


「実は一つ問題が発生してな……。ショーの司会役が急に出られなくなっちまったんだよ」


「え、結構マズいじゃないですか」


 司会――つまりはヒーローショーのお姉さん役だ。掴みはもちろん、観客の音頭取りなどその役割は多岐に及ぶ。ショーにおいて、なくてはならない人材の一人だ。


「それで代わりは……その感じだと、見つかってないってことですよね?」


「ご明察。色々声はかけてるんだけどな。……そういやお前には聞きそびれてた。雄一の方でなんか伝手つてあるか?」


「伝手、ですか。って言われても司会役ですもんね……」


 腕を組み、頭の中で必要な要素を順繰りに思い浮かべてみる。 


「当日はもちろん、練習に参加できるのは大前提として……大勢の観客を相手にする以上、人前に立つことにある程度慣れてないと厳しいですよね」


「ああ。それに本番まで時間もないから、急ピッチで色々と仕込まなきゃならねぇ。台詞ぐらいはカンペでどうとでもなるが、ステージ上での立ち回りは覚えてもらわねぇとな」


「そういう意味じゃ物覚えが良いというか、要領が良いというか……頭の良い人って感じ?」


「あと欲張りなのは分かっちゃいるが、なんたってショーにおけるヒロイン役みたいなもんだからな。ぶっちゃけ可愛い娘がいい」


「本当にぶっちゃけましたね……。さすがにいないですよ、そんな好都合な人は」


「だよなー」


 渇いた笑いを交わし合う。二人して思い付く条件を出してみたが、急で見繕うにはかなり高望みした内容だ。


 そんなうってつけな人材、そうそういるわけが……。


「……ん?」


 いや。いや待て。ちょっと待て。


「翔さん」


「ん?」


「心当たり、一応あります」


「お前マジか!?」

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