第3話『お誘い』

「よし、ここまでで大丈夫だ」


 澄乃と連れ立って歩いていた雄一は、目的の場所に辿り着いたところで段ボール箱を下ろす。


 隣の澄乃もそれに倣ってビニール袋を段ボールの脇に置くと、ふぅと小さくを息をついた。


 雄一の運んだ段ボールほどではないにしろ、ロックアイスが詰め込まれたビニール袋も中々の重量だろう。澄乃の額にじんわりと浮かんだ汗がそれを物語っていた。


「入口までで大丈夫なの? 部屋の中まで運ぶけど……」


 そう言って澄乃が見上げるのは、三階建ての公園の事務所だった。祭りのメインストリートから少し離れた場所にあり、雄一の所属するとある団体は訳あってこの建物内の一室を借り受けている。


 澄乃の申し出自体はありがたいが、一応ここから先は関係者以外立ち入り禁止となっているので、彼女の手を頼るのも自動的にここまでになってくる。


「あとはエレベーターで上がるぐらいだしな。ありがとな白取、助かったよ」


「気にしないで。むしろ助かったのは私の方だから」


 澄乃の形の良い唇が緩い弧を描く。


 頬を伝う汗が日差しを反射して輝き、彼女の背後には咲き誇る花の幻影すら見えてきそうな、そんな華やかな笑みだった。


(ほんっと、いちいち絵になるよなあ)


 思わず見惚れてしまった雄一は、心中で率直な感想を口にする。


 雄一の個人的な意見として、一目惚れというのは相手の外見だけしか見ていないような気がしてあまり好きではないのだが、澄乃の笑顔を前にすると、そんなポリシーなど簀巻きにしてそこらの海に投げ捨てたくなるような衝動に駆られる。


 外見然り、ここに来るまでの短い間で伝わってきた性格の良さ然り、澄乃がモテるのも頷けるというものだ。


 実際、転校から現在に至るまでの間に告白された回数は余裕で二桁に上るし、雄一もそれっぽい現場を目にしたことはある。


 当時は「そんな簡単に惚れるもんかね」と思っていたが、今となってはその気持ちを少なからず理解できた。


 こんな笑顔を自分に向けられたら、そりゃ勘違いの一つや二つしたくもなろう。


 ――ちなみにこれは余談だが、澄乃に交際を申し込んだ男達は全員もれなく丁重にお断りされたそうだ。ハードルは高い。


「?」


 じっと自分を見つめてくる雄一を不思議に思ったのか、澄乃がこてんと首を傾げた。


 よもや「見惚れてました」なんて正直に言えるわけもないので、「なんでもない」と手を振ってやや強引に誤魔化した雄一は、段ボール箱からペットボトルを一本取り出して澄乃に放った。


「わっ――……これ、なに?」


「スポーツドリンク」


「いや、それは分かるけど……えっ、くれるの?」


「手伝ってくれた礼だ。それに今日結構暑いから水分補給は大事だぞ」


「だから、それは――」


「気にしなくていいは禁止な」


 お互いに何度も言い合ったワードを先んじて禁止すると、澄乃は分かりやすく頬を膨らませた。本人は不満を露わにしているつもりなのだろうが、見ている側としては逆効果なのでつい口元が緩んでしまう。


「むー……じゃあ、いただきます」


「どうぞお構いなく」


 不貞腐れながらもきっちり一礼だけは忘れない澄乃に苦笑しつつ、雄一も雄一で自分用にペットボトルを取り出すと、キャップを回してその中身に口を付けた。


 元々、数には余裕を持って用意していたし、澄乃に渡した分に関しても、雄一に割り当てられるであろう分から差し引いた形なので、大して問題はないだろう。


「それにしても、こんなにたくさん用意してどうするの?」


 なんだかんだで喉が渇いていたのか、中身の三分の一ほどを一気に飲み干した澄乃が尋ねてくる。


「んー、控え室で待ってる仲間の分と、あとは本番で手伝ってくれる祭りのスタッフさんに配る分だな」


「本番って……英河くん、何かやるの?」


「あっ、そっか、そういや言ってなかったな」


 最後のもうひと踏ん張りと、再び段ボールを持ち上げようとしていた雄一は澄乃の問い掛けにその手を止めると、履いているチノパンのポケットを探った。


 ややあって四つ折りにされた一枚のフライヤーを取り出すと、そのまま澄乃の方へと差し出す。


「園内の中央に特設ステージあるだろ? この後そこでやる予定なんだけど、良かったら見に来てくれ」


 小さな手でフライヤーを受け取った澄乃は、丁寧な手つきでそれを開いていく。


 やがて彼女の目に晒された一面には、とある催し物の内容が告知されていた。


 宇宙空間をイメージした背景に、フライヤーの各所に配置されるのは実際の写真からトリミングされたキャラクターの数々。


 メカニカルなマスクに黒マントを羽織ったいかにもな悪の帝王を始め、魚の胴体に人間を模した手足が生えた怪人、簡素な剣を持った全身タイツの三人組など、各々がそのキャラクター性を連想させるようなポーズを取っている。


 そして中央を一際大きいサイズで陣取るのは、白い装甲を身に纏った人型のキャラクター。両足を前後に開いて拳を構えたその姿は、見る者に力強さを与えるファイティングポーズだ。


 それらを全て見下ろすようなフライヤー最上部の見出しには、こう記されていた。


『ボクらの地球を守れ! 銀河伝説ヴァルテリオン・ヒーローショー! 13:00~』

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