第4話『ヒーローショー』
『そこまでだ! 半魚怪人フィッシャル!』
中央公園特設ステージ。キラキラと目を輝かせる子供達で埋め尽くされた興奮溢れるその空間に、気合の入った声がスピーカーから駆け巡る。
威勢の良いセリフと共に舞台袖から登場したのは、このヒーローショーの目玉――詰め掛けた子供達が待望する一人のキャラクター。
装着者の身体能力を向上させるスーツに身を包み、その上から全身各所にに白く輝く装甲を纏った雄々しき姿。胸部中央のクリスタルからは、スーツのエネルギー循環を補助する紅いラインが四肢へ伸びている。
フルフェイスマスクの額部分には、トレードマークの金色の角。対象の動きを捉える高性能センサー搭載のブルーバイザーも相まって、実にヒーロー然とした印象を抱かせる。
彼こそが、この銀河を暗躍する悪の軍団『ブラックホウル』から生きとし生ける者全てを守る正義の守護者――銀河ヒーロー『ヴァルテリオン』。
――無論、全てそういう“設定”である。
観客の歓声を一身に浴びるヴァルテリオンが見据えるのは、ちょうど司会の女性をその顎で噛み砕かんとしていた半魚怪人『フィッシャル』。
その周りには黒い全身タイツに身に包んだ三人の戦闘員が控えており、手にした簡素な剣でヴァルテリオンを威嚇している。
魚の胴体から人間を模した手足が生えた文字通りの半魚人は、濁った黄色い眼でヴァルテリオンを睨み付けた。
『ゲゲゲ、ようやく現れたなヴァルテリオン! 今日こそ貴様を、俺様の可愛い可愛い魚達の餌にしてやるぜぇ!』
『イー! イー!』
大振りな口を天に振り上げ宣戦布告するフィッシャルに、それに同調して剣を掲げる戦闘員達。
鱗状のパーツに覆われたフィッシャルが全身を震わせると、観客の子供達からは「キモーイ!」という率直な罵声が飛んで来た。内に秘めた闘争本能を匂わせるその動きは、醜悪な外見のせいでかなり見栄えが悪い。
『黙れぇぇええいっ! 俺様はバカにするヤツは許さねえッ! 行け、ジャドー共!』
『イー! イー!』
激昂したフィッシャルの命令を受け、三人の戦闘員が舞台から飛び降りて子供達に襲い掛かろうとする。しかし、その凶手が届くことはない。
危険を察知して一早く子供達の前に立ち塞がったヴァルテリオンが、流れるような動きで戦闘員を打ち倒したからだ。
情けない悲鳴を上げて舞台袖に消えていく戦闘員達を尻目に、ヴァルテリオンは背後の人々を守るように両手を大きく広げる。
『そんなことはさせない! この私がいる限り、この中央さくらまつりに来ている人々には指一本触れさせるものか!』
『ええい役立たず共めぇ! この俺様が相手だ、ヴァルテリオン!』
『望むところだ!』
ヴァルテリオンがステージに駆け戻ると、中央を挟んで両者が向かい合う。待ちに待ったバトルの到来に、子供達の興奮は最高潮に達していた。
「頑張れー! ヴァルテリオーン!」
「やっつけちゃえー!」
「フィッシャルなんかぶっ倒せ―!」
子供達の元気な応援が飛び交う中、ステージで睨み合う二体のキャラクター――その片方に扮した雄一はスーツの下で口の端を吊り上げた。
(だいぶ盛り上がってるみたいだな……!)
スーツの下の限定された視界では、外の状況を満足に窺い知ることはできない。けれど聴覚を介して伝わってくる熱量は予想の上を行くものだった。
こうも期待されれば、否応なしにテンションが上がってくるというものだ。
(そんじゃ、いっちょ始めようか!)
黄色く色付いた視界の先にいる相手に意識を集中させると、雄一は腰を深く落としたファイティングポーズを取る。
『来い!』
舞台袖の、観客から見えない位置に控えたヴァルテリオン担当の声優の掛け声を皮切りに、バトルが開始した。
駆け出した雄一は相手との距離を詰めると、上段から右拳を振り下ろす。相手の肩のやや上を狙って打ち込んだ拳は、待ってましたと言わんばかりに左腕で止められた。
今度は左拳でボディブローを繰り出すが、それも即座に防御され、すぐさま反撃のキックが飛んで来る。
後ろへ身を逸らしてそれを回避。一度距離を取ろうとさらにバックステップを踏むが、相手はそれを許さないと言わんばかりに大股で向かってくる。
前蹴り、肘打ち、フックからの裏拳と、矢継ぎ早に飛んでくる連撃に対し、ある時は腕で防御、ある時は喰らってダメージを負う素振りを見せながら、雄一はステージ上での立ち回りを続けていく。
『フウン! これでも喰らえいっ!』
『くっ! まだまだぁっ!』
雄一らの動きに合わせて、スピーカーからはヴァルテリオンとフィッシャルの声が流れる。台詞や掛け声を織り交ぜたキャラクターボイスの甲斐あって、ヒーローと怪人の戦闘模様はさらに激しさを増していった。
もちろん、一連の動きは全て打ち合わせ済みの、練習を重ねて作り上げたものだ。攻撃は相手にギリギリ当たらない位置を狙い、演出上当ててしまう時もできるだけ寸止めに留める。攻撃を受ける側が大げさに反応すれば、観客側からは案外しっかり喰らっているように見えるものだ。
相手に攻撃を喰らわせ、逆にこちらが喰らって、その度に子供達から歓声が沸き上がる。
日差しが照り付ける中、分厚いスーツを着込んでのアクションは当然暑くて辛い。それでも雄一は、今この瞬間が楽しくて仕方がなかった。
自分達の一挙手一投足に皆が反応してくれて、周りの注目をまるごと一人占めしているような充足感。体が疲労を訴えてきても、心の奥底からはそれを補って余りある活力が生まれてくるようだった。
いつまでもこの場所にいたい――。
そんなフレーズが雄一の心に芽生えるが、それが叶わない願いであることは分かっている。
なにせヒーローショーはまだまだ序盤。名残惜しいが、この立ち回りはあくまで前座のようなものなのだから。
『ぬぐあっ!? まさか、この、俺様が……!?』
『これで終わりだ、フィッシャル!』
それは締めの合図。
ヴァルテリオンの台詞の後に、一か所にエネルギーを集中させるような強烈な効果音がステージ上に流れる。
そう、フィニッシュはヒーローの必殺技で決まりだ。
『喰らえ、必殺――!』
高まる興奮の中、雄一は汗だくの体に鞭を打って構える。
必殺の一撃を放たんとする、最高の最高にカッコつけたヒーローのファイティングポーズ――!
――を
『――スターダスト・ブリットォッ!』
『グオオオォォワアアァァァァッ!?』
打ち込まれるは正義の鉄拳。邪悪を粉砕する、銀河を背負ったヒーローの一撃。
必殺スターダスト・ブリットを見事に“喰らった”雄一は、大の字でステージに倒れ込む。
(あー……今日ほんっと天気良いなあー……)
黄色く濁った目を通した世界では、太陽が燦然と光り輝いている。
その光を一身に浴びた雄一――改め半魚怪人『フィッシャル』は、陸に打ち上げられた魚のようにピチピチと身を震わせると、最後はバタリと力尽きたのであった。
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