第5話『恋の終わり?』

「お疲れ、ナイス死に様だ雄一」


 あれから、フィッシャル撃破シーンを見事に演じ切った雄一は再び登場した戦闘員達に担ぎ上げられ、舞台下手の控えスペースに引っ込んだ。退場する最後の一瞬まで演技の手を緩めなかった雄一だが、顔を覆っていたマスクを外されたところで初めて張り詰めていた緊張の糸を解く。


「お疲れっす。どうですか、観客の方は?」


「そりゃもう盛況も盛況。掴みはバッチリだな」


 力強いサムズアップで答えるのは、今回のヒーローショーを取り仕切る団体――大学サークル『特撮連』のサークルリーダーだ。


 控えスペースと言っても壁一枚を隔てた向こう側はすぐ観客席なので、雄一の問いに答える声は抑え目。けれどその声音からは、隠し切れない興奮が伝わってくる。


 その様子を見て、雄一は安堵の息を吐いた。


 サークルメンバーによって自身の体を覆っていた怪人のパーツもテキパキと外されていき、肉体的な意味でもようやくリラックスできる。


 実のところ、立ち回りで少し間違えた部分もあるのだが、この分なら問題はなさそうだ。


「しかしこの盛況ぶり、ウチのサークルもだいぶ有名になってきたってことだな」


 じきに来る出番に備え軽い準備運動をしていたリーダーが、どこかしみじみとした声音で言葉を零していた。


 大学サークル『特撮連』は、都内の芸術系の大学に籍を置く団体である。元々は特撮物を趣味とする大学生が集まっただけの細々としたサークルであったが、近年はヒーローショーやオリジナル映画製作といった創作活動に力を入れており、作品の高い完成度もあって外部からの招待を受けるケースが増えてきている。


 今回のヒーローショーもその一環であり、別件でのヒーローショーを見た祭りの主催者がいたく気に入って、是非という形で依頼されたそうだ。


 かく言う雄一も、たまたま訪れた大学の文化祭で興味を持ちコンタクトを取った口であり。現在はサークルの外部協力者という形で時折活動に参加している。


「まあ、こんだけのモン作ってれば当たり前の評価だと思いますけどね」


 リーダーの言葉に同調しつつ、雄一はついさっきまで自分が被っていたフィッシャルのマスクを手に取る。


 魚類特有の鱗の質感の再現率といい、口内から生えている牙の凶悪具合といい、身内の贔屓目で見ても造形のレベルは高い。


 美術学科在籍の造形担当曰く、まだまだ本職の人達には及ばないとのことだが、雄一にしてみればほとんど遜色のない出来栄えだ。現状に満足せず常に上を目指そうとするバイタリティは、さすが芸術大学の生徒といったところか。


 改めてスーツの出来栄えに感心していると、ステージ上に流れるBGMがおどろおどろしいものに変わった。それを合図に背筋を正したリーダーに、雄一は激励の声をかける。


「今日暑いんでくれぐれも気を付けて。頑張ってください」


「おう、任せろ。お前の仇はこの俺が取ってきてやるよ」


 ビシッとしたサムズアップで答えるリーダーの頭部は、すでに悪の帝王を模したメカニカルなマスクで覆われていた。どことなく「コー……ホー……」とした呼吸音が聞こえてきそうな造形はさすがの完成度だ。


 十二分に気合を入ったリーダーの背中を、雄一は同じようなサムズアップで見送る。


 ――もっとも、ショーのストーリーは普通に「正義が勝つ」構成なので、彼も最期は観客の声援を受けたヒーローの下に敗れ去るわけなのだが。


 約束された敗北に赴く悪役の背中に、ある意味ヒーローらしい面影を感じた雄一はそっとサムズアップしていた手を下ろした。


(そういや白取は見ててくれたかな?)


 ふと思い出したのは、ショーの開演前に別れた少女のことだった。


 フライヤーを渡した時は少し表情を曇らせたので脈ナシかと思ったが、澄乃本人は「観に行く」と口にしてくれた。少なくともショーの開始直後には姿を確認できたが、まだ観ていてくれてるだろうか。


 気になった雄一は、壁と壁の合間からそっと観客席を窺ってみる。特設ステージ用に臨時で建てられた壁なので、接合部には目立たないながらも多少の隙間はあった。


 壁一枚を隔てた先に広がるのは、興奮で沸き立つ観客達の姿。そんな中でも目を惹くはずの彼女の銀色は――そこには存在しなかった。








「――それが雄一の、初恋の終わりだった」


「ちょっと待てい」


 ゴールデンウィーク明けの学校。


 親友のいぬい雅人まさとが付け足した勝手なナレーションに、雄一はすかさずツッコミを入れた。胸に叩き付けた右の手の甲の先では、雅人がそれはそれは不思議そうな表情で首を傾げている。


「え、雄一の一夏の恋が終わったって話じゃねえの?」


「全然違うわ」


 一般的に五月はまだ春だし、そもそも恋が終わる以前に始まってすらいない。澄乃のことを魅力的とは思ったが、惚れるかどうかはまた別問題だ。


 現在は昼休みを間近に控えた四限目。本来なら授業中で目立った私語はできないのだが、生憎とこの時間の担任教師が体調を崩したとかで自習になっている。一応課題は用意されているものの、急遽用意された分大した量でもなかったので、早々に片付いてしまった。暇を潰すために、世間話がてら数日前の祭りでの一件を雅人に話していわけだが、どうやら雄一の話は一部曲解されてしまったようだ。


「なんだよー、あんまり浮いた話を聞かない雄一にとうとう春が来たかと思ったのに。ナンパから助けてあげるとか、恋の始まりの定番中の定番だろ」


「あれだけで好きになってもらえるなら、白取の周りは今頃ボディーガードだらけだぞ」


 澄乃のことを狙っている男子は学年問わず多い。もし少し手を貸しただけで惚れられるのならば、我こそはという男子共が物陰から虎視眈々とその機会を狙うに違いない。どこぞの要人もびっくりの警護体制だ。


 ちなみに当の本人の澄乃はというと、本日は欠席で教室にはいない。教師と違って体調不良ではなく、何か用事があるとのことらしい。


「分かってねーなー。そういうあからさまなのじゃなくて、本当に困ってる時にこそサラッと助けてくれるのがいいんだろ。それこそお前の目指すヒーローみたいにな」


 なぜ男である雅人が女性側の意見を得意気に語っているのかは疑問だが、彼の指摘自体は的を射ていた。


 本当に困って、どうしようもなくなって、そんな時にこそ迷うことなく手を差し伸べられる――そんなヒーローのような志こそが、雄一の目標とする人としての在り方だ。


 そこのところを正しく理解していてくれているあたり、中一の頃からの付き合いは伊達ではない。 


 それはさておき、いつまでもこちらばかりを話の種にされるのは納得いかない。


「そういうお前はどうなんだよ、テニス部のエースさん?」


 話題の中心を自分から逸らす意味合いも込めて、雄一は揶揄うような視線を雅人に送る。


 雅人はテニス部に所属していて、その腕前は全国区でも通用するほどだ。その上顔立ちは同性である雄一の目から見ても整っており、性格も親しみやすい。見方によってはややチャラついてると言えなくもないが、雅人の場合はそのあたりの距離の取り方が上手いのか不快に感じることもない。


 スポーツに秀でた性格の良いイケメンなんて、まさしく異性の注目の的だろう。


「俺はなー、今はテニスが楽しくてしょうがないし、特に恋愛したいとも思わないな」


 なのにこれである。その気になれば彼女ぐらいすぐにできそうなものだが、当の本人にその気がない。


 まあ価値観なんて人それぞれだし、雄一も恋愛への意識は雅人と似たり寄ったりなので、特にどうこう言うつもりもないのだが。


「この前の大会でも優勝したって聞いたし、調子良さそうだもんな」


「ああ、もうちょいで無我の奥の三つ目の扉も開けそうだ」


「……待て。逆にお前、もう二つは開いてるのか?」


「百錬自得と天衣無縫はな」


「ん? 順番おかしくない?」


「頭使うのは苦手なんだよ」


 果たして雅人がやっているのは普通のテニスなのだろうか。


 一抹の不安を抱いた雄一は、今度の試合は見に行こうと心の片隅で決意した。

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