第14話『二人でお買い物』

「良かったね、ちょうどいいタイミングで安売りしてて」


 隣を歩く澄乃がほくほくとした笑顔でそう告げる。


 これまであまり縁の無かった店を訪れたのも相まってか、どこか上機嫌な面持ちだ。


 雄一達が買い出し最初の一軒目として選んだのは、ショッピングモールに併設された大型ディスカウントストア『ジャン・キホーテ』だった。全国展開しているその店舗は『中毒になる安さ』をウリにしており、食料品や消耗品、アパレル、家電、雑貨等、多種多様な商品を取り扱っている。食料品の値段に関してはスーパーとどっこいどっこいなところはあるが、特売で通常よりも安くなっている期間があったりするので、そこに当たりを付けて訪れたわけである。


 雄一の読みは見事に的中して、ちょうどチラシ期間ということで大手メーカーのスポーツドリンクが格安で販売していた。これ幸いと500ml×24本のケースを必要数購入し、そのまま学校への配送手続きも受け付けてもらう。もちろん領収書を貰うことも忘れない。学校に配送して一時保管した商品は、オリエンテーション当日に教員の車で現地に運んでもらう手筈だ。


 目的は最初の一軒目でほぼ達成。当初考えていた予算よりもかなり抑えることができたので、任された役割を十二分に果たせたと言えるだろう。ちなみ余った予算は上位クラスに与えられる景品に回される。


「これで準備は大丈夫かな?」


「あとは……ちょっとだけ細々こまごましたもんを買うだけだな」


「じゃあパパッと終わらせちゃおうかっ」


「だな」


 ふんすと意気込んだ澄乃に同調して雄一は頷く。


 そのまま二人でショッピングモール内を歩いていたところ、どこからか明るくハキハキとした声が聞こえてきた。


「本日セール最終日となっておりまーす! 皆様この機会にどうぞご来店くださーい!」


 声のした方向に目を向けると、視線の先には若い女性向けのアパレルショップがあった。店頭で宣伝をしている女性店員の隣には『本日最終日! セール開催中!』と印刷されたのぼり。近付いてざっと店頭の商品を眺めてみたところ、春物売り尽くしと夏物の先取りを兼ねたセールのようだ。


 生憎と女性向けの店には用の無い雄一だが、ふと隣の澄乃を気にかけてみると、興味深げに店内を見回している。


「覗いてくか?」


「え?」


 雄一の問い掛けに反応して、澄乃がぱちくりと藍色の瞳をしばたたかせる。


「気になるんだろ? それなら寄り道してくかと思ったんだが」


「あ……でも、まだ買い出しの途中だし……」


「どうせ残りは大したもんじゃないし、最初のジャンキで大体の用は済んだからな。寄り道する時間ぐらい十分あるさ」


 正直なところ、あとは雄一だけでも問題ないので澄乃は外れてもらって構わないのだが、彼女の性格上、雄一一人に仕事を押し付けることは良しとしないだろう。


 残りの用事をさっさと済ませてから戻ってくる手もあるが、セール最終日の夕方ともなると客数は多い。どうせなら早めの方が、目ぼしいものが手に入る確率も上がるだろう。


 そこのところは澄乃も分かっているらしく、心の中で色々な要素を天秤にかけたであろう結果、雄一に対し緩く頭を下げた。


「じゃあ、ちょっと付き合ってもらっていい? なるべく早く済ませるから」


「いえいえ、どうぞごゆっくり」


 店員でもないのに店内へいざなうように片手を広げた雄一の行動に、澄乃はくすりとした笑みを漏らした。










 オレンジの照明で彩られた店内では、多くの人が行き交っていた。皆思い思いに商品を手に取り、それを見かけた店員が笑顔片手にセールストークを始める様子は、まあアパレルショップではよくある光景だろう。


 中には恋人同士で来店しているのか、女性が男性に意見を求める光景もちらほらと見かける。


(ひょっとして、周りから見たら俺と白取もそんな感じだったり……)


 ふと思い浮かんだ可能性を払い除けるように頭を振る。雄一としては満更でもないが、澄乃にとってはあまりよろしくない話だろう。こうして一緒にいるのはあくまで同じ実行委員だからであり、そこにそれ以上の意味は無い。変に勘違いされたら澄乃に迷惑だ。


 どうしよう、少し距離を置いた方がいいだろうかと雄一が迷っているのを余所に、澄乃は壁面にずらりと掛けられた帽子にご執心だ。そういえば初めて言葉を交わしたあの祭りの日も、彼女の頭の上には帽子が乗っていた。恐らく好きなのだろう。


 澄乃は一つを手に取っては間近で色や形、手触りを確認し、また別の商品を手に取る。ある時は一つをじっくりと、ある時は二つを見比べたりしながらしっかり吟味を重ねていく。


 なんというか、幼い子供が親から一つだけオモチャを買ってもらえるから必死に選んでいるようで、見ていてとても微笑ましい。端正な横顔に浮かぶその子供っぽい一面が無性に愛らしくて、気付けば雄一の口元はだらしなく緩んでいた。


 いかんいかんと表情筋に力を入れると、両手にそれぞれ帽子を持った澄乃がこちらを振り返る。間一髪、みっともない顔を見られなくて良かった。


「この二つで迷ってるんだけど……英河くんはどっちがいいと思う?」


 そう言って澄乃が差し出してきたのは対照的な二色の帽子だった。


 片方は赤のマリンキャップ。造りとしてはシンプルで、フロント部分に付いたつばは夏におけるほど良い日差し除けになるだろう。


 もう片方は青の小振りなベレー帽。趣としては祭りの時と似ていて、サイドから垂れるレース素材のリボンが愛らしさをプラスしている一品だ。


 澄乃がその二つを交互に軽く被る。二つの姿をしっかりと見比べてから、雄一は自分の意見を述べた。


「右のベレー帽かな。白取の髪って綺麗な銀髪だから、やっぱり暖色系の赤よりは寒色系の青の方が良いと思う。私服ってだいたいは祭りの時みたいな感じか?」


「うーん……そうだね。全部ってわけじゃないけど、ああいう服装が多いかな」


「なら余計に右だな。赤い方の帽子って割とシンプルな服装に合うと思うから、白取の私服にはリボンとか付いてるヤツの方が似合うと思うぞ」


 まあ、あくまで無難な意見だ。特別女性のファッション事情に詳しいわけでもないので、雄一から見て率直に思ったことを伝えているに過ぎない。


 しかし澄乃は何が可笑しいのか、口元を帽子で隠して小さく笑っていた。一瞬自分のセンスがあまりに悪くて鼻で笑われているのかと思ったが、どうにもそういったマイナスな意図は感じない。


「俺、何か可笑しいこと言ったか?」


「ご、ごめん、そういうわけじゃなくて……なんだか、ちゃんと考えてくれるんだなあって思って」


「んん? そりゃ聞かれたんだから、しっかり答えないとダメだろ?」


 ヒーローたる者、頼られた以上はその役目をしっかり果たすべきだ。


「ほら、勝手なイメージだけど、男の子って女子の買い物は長くて面倒だーって思ってるだろうから、英河くんが具体的に考えてくれたことにちょっと驚いたの」


「なるほど、そういうことか。まあ俺の場合、紗菜に付き合わされることがあるからな」


「紗菜って、同じクラスの小柳さんのこと?」


「ああ。あいつ演劇部なんだけどさ、舞台用の衣装で何が良いか一緒に選んで欲しいってことで連れてこられたりするんだよ。観客目線でどう感じるかってのが知りたいらしく、結構細かい意見を求められたりするし」


「へえ。乾くんも合わせて三人でいることが多いし、やっぱり仲良いんだ?」


「そうだな。紗菜とは去年からだけど、雅人は中学から一緒だったし、腐れ縁みたいなもんだよ」


「……ひょっとして、どっちかは小柳さんと付き合ってたりするの?」


 探るような視線を送ってくる澄乃。どこか後ろめたさを感じさせるような表情もしている。


「え? ――ああ、それはないない。二人とも今は部活が大事って感じだし、俺も似たようなもんだからな。というか、俺達がよく一緒にいるのって、そういう部分で馬が合うからだと思うし」


「そっか、なら良かった。もし英河くんと小柳さんが付き合ってたら、こういう状況は悪いなって思ったから」


「気遣いどうも。生憎と彼女はいないから、そういう心配はしなくて大丈夫だよ」


「そう? 英河くん優しいし、結構人気あると思うけどなあ」


「それはないんじゃないか? まあ白取にそう言ってもらえるだけで満足だよ」


「……あっ。今思い出したけど、一年の時にやってた人気ランキング。英河くん確か『良い人』部門でランクインしてたよ!」


「正確には『良い人なんだけど』部門な。それは紗菜から聞いた」


「実は私、英河くんに入れました」


「え、マジで? ……出席番号順で一番最初の名前に入れたってオチじゃないよな?」


「……何ですぐ気付いちゃうかなあ」


「白取……期待させておいて酷いぞ」


「あーごめんごめんっ。あの時はほら、転校したてで良く分からなかったから、つい……」


 そうやって二人で笑い合う。


 笑ったり、慌てたり、からかってきたり、澄乃のコロコロと変わる表情が魅力的で、そこには雄一にとって心地の良い時間が流れていた。


 澄乃はひとしきり笑った後、手に持っていたマリンキャップを壁面のフックに掛け直す。


「じゃあ、こっちの青い方を買ってくる。ちょっと待ってて」


「え、それで良いのか? 言っといてなんだけど、最終的には白取の気に入ったのを買った方が良いと思うぞ」


「大丈夫、私もこっちの方が気に入ったから。それに――」


「それに?」


「せっかく英河くんが選んでくれたんだしね」


 澄乃はそう言い残して、レジへ向かう列に並び始める。


 直前に見せたちょっぴり恥ずかしそうな彼女の笑顔は――雄一の脳裏にしばらく焼き付くこととなった。

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