第13話『不自然な距離感』
小山高校春のオリエンテーションは二年生の年間行事の一つであり、六月中旬に行われる。
新学期が始まって約二ヶ月。クラスが徐々に馴染んできたところで、より結束力を高めるという目的の下に行われるのだが、その内容は毎年異なる。
というのも、オリエンテーションの内容は各クラスから二名ずつ選出された計十八名の実行委員会によって決められるからだ。
昔は教員の間で決められていたらしいのだが、近年は生徒の自主性を鍛える意味合いも込めて、企画・準備・運営等は生徒側に一任されている。
つまりこれは、
――まあ実際のところ、ある程度雛形となるプランはいくつか用意されているし、先生方も知恵なりアドバイスなりはしっかりくれるのだけれど。
そんなこんなで幸か不幸か実行委員に選ばれた雄一と澄乃は、放課後に行われた委員会に参加した。
用意されていた基本構想となる案から一つを選び、そこから各々意見を出し合ってその案を煮詰めていく。最終的に出来上がった今年のオリエンテーションの内容は、大型公園内にあるフィールドアスレチック場を利用したクラス対抗スポーツ大会である。
この学校の体育祭は秋に行われるので、時季外れのプチ体育祭といったところか。
内容が決まれば、次はそれに向けての準備だ。
種目内容や点数の割り振り、全体のタイムスケジュール、何の用具を用意するか等々、方向性が絞れれば存外と話はテンポ良く進んでいき、委員会は初回にして、事前準備における各委員の役割分担まで決まることとなった。
雄一と澄乃のクラス――二年一組が担当することになったのは、当日の飲料水の用意だ。
温暖化の影響かどうかは知らないが今年の夏はだいぶ血の気が多いようで、オリエンテーション当日も例年以上の気温が予想される。それに当たって、生徒達自身が水筒なりを持参するのはもちろん、学校側もペットボトルのスポーツドリンクを用意しておこうという運びになった。
雄一は『特撮連』での活動でそういった物品の手配をした経験があったので、この役割に立候補。澄乃から特に異論はなく、周りも『経験者なら任せよう』ということで早々に役割が決まった。
そうと決まれば善は急げ。早速翌日の放課後に、雄一と澄乃は二人で街へ買い出しに行くことにしたのだった。
「ペットボトルをケースで買うわけだから……やっぱりスーパーとかで注文する形の方がいいのかな?」
「それが一番手っ取り早いけど、まずはジャンキに行ってみないか? あそこなら定番品でもチラシ期間とかで安くなってたりするから、金額を抑えられるかもしれない」
「あー、なるほど。私あんまりジャン・キホーテって行ったことないんだよね」
「意外と良い暇潰しになるぞ? 『安さに中毒』なんて言うぐらいだから、たまにすっげえ安い商品があったりするし」
「へー、ちょっと楽しみかも」
「あくまで買い出しだからな? ぶらつくのは用事が終わった後だぞ」
「もう、それぐらい分かってますー」
「なら良し。えーっと、ここからジャンキに行くんだと……あっち方面だな。ちょっと歩くけど大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ところで英河くん」
「ん?」
「――なんか今日距離ない?」
澄乃の指摘に、隣を歩く雄一の足がビクリと止まった。しかしそれも一瞬のことで、すぐさま何事もないように歩みを再開する。
「気のせいじゃないか? クラスメイトで同じ実行委員、俺は結構仲良くやれてると思ってるぞ」
「いや、精神的じゃなくて、どちらかと言うと物理的な意味でね?」
再び雄一の足がビクリと止まるが、またもや素知らぬ態度で動き出し、澄乃の隣を歩き続ける。
――正確には、澄乃から人二人分ほどの距離を取って。
「だから気のせ――」
「さすがにこの距離は気のせいじゃないよね? それに中途半端に離れると他の人の邪魔になるし、あと単純に話し辛いよ?」
「……おっしゃる通りです」
理路整然とした正論を突き出されてしまえば反論する余地はない。あっけなく白旗を上げた雄一は観念して澄乃との距離を詰める。
けれど一貫して前を向き続け、澄乃とは目を合わせないように努めていた。もちろんその行為は相手から見れば不自然であり、澄乃は雄一の真意を探るように視線を注ぎ込んでいる。
「(じー)」
「……」
「(じー)」
「…………」
「じーっ!」
最後の方はもはや擬音ではなく、完全に声に出している。それほどまでに澄乃からの圧力には凄まじいものがあるが、雄一も雄一で理由ありきの行動なので簡単に折れるわけにはいかない。
結局、根比べに先に見切りを付けたのは澄乃の方だった。
「ねえ英河くん、私何かした? もし気に障るようなことをしたなら、謝るからちゃんと教えて欲しい」
「いや、別に白取が何かしたってわけじゃ……」
「じゃあ何でそんな風に避けてるの? 私、英河くんは理由も無しにそういうことをする人じゃないと思ってるよ」
何か訳があるに違いない――そう言ってくれるのも、澄乃が一定の信頼を置いてくれているからなのだろう。その事実を嬉しく感じる雄一だが、生憎とその心地良い気分に浸っている暇もない。
さっさと買い出しを終わらせて別れてしまうのが一番楽なのだが、どうにも澄乃がそれを許してくれるとは思えない。彼女の頑固な一面はすでに雄一も把握しているところだ。
いくら頭を捻ってもうまい切り抜け方は思い浮かばないし、時間が経てば経つほど澄乃からの圧力が増していくので、雄一は諦めて正直に理由を伝えることにした。
「白取ってさ……ヒーローとかそういうの、苦手なんだろ?」
「え……うん、まあ、そうだけど……」
「で、逆に俺はヒーロー物とかが好きなんだよ」
「うん、知ってる。ヒーローショーやってるぐらいだもんね」
「だから、こう……ヒーロー好きな俺は、ヒーロー苦手な白取にあんまり近付かない方が良いかなーと……思った、わけ、でして……」
雄一の言葉が尻すぼみになっていくのは、告白が後半になるにつれて澄乃からの視線が剣呑のとしたものになっているからだ。
その理由は分かっている。「私なんか」という自己否定云々の話も関わっているのか、澄乃は過度に気を遣われることを良しとしない傾向にある。そんな彼女からしてみれば、今回のような雄一の態度には物申したいところがあるのが当然だ。
もう少しさり気なく距離を置くことができれば良かったのだが、雄一だってその決意をした途端の澄乃とペアの実行委員に抜擢された。戸惑ってしまった結果がそのまま不自然な行動に現れた形なのである。
ひとまず一通り白状したところで、雄一はようやく澄乃を正面に捉える。
剣呑とした雰囲気こそ残っているが、意外にもそこには、呆れたように苦笑を浮かべる彼女の姿があった。
「とりあえず、英河くん」
「ハイ」
「気を遣ってくれてありがとうございます」
「ア、ハイ」
正直怒られると思ったのだが、予想に反して、雄一に送られたのは深く腰を折り曲げての一礼だった。
そんな澄乃の行動に気が緩んだのも束の間、即座に「けど!」と言ってびしっと細く綺麗な人差し指が眼前に突き付けられる。
「そんな不自然になるぐらいだったら、無理に気を遣う必要はないから。分かった?」
「はい、承知いたしました……」
まるで先生に言い聞かせられる幼い子供のような気分だった。無性に恥ずかしい気持ちに襲われるが、今回に関しては澄乃の言い分に理があるので甘んじて受け入れるしかない。
「ただその代わりに、私も嫌な時はちゃんと嫌だって言うようにする。それだったら、英河くんも納得してくれるでしょ?」
「ああ、それなら確かに」
雄一としても、むしろその方が分かりやすい。願ってもない意見だった
お互いの線引きがはっきりとしたところで、ようやく澄乃の表情にも柔らかさが戻ってくる。
張り詰めていた緊張を捨て去るように息を吐いた雄一は、クラスメイトとして適切な距離を保ちつつ、澄乃の隣を歩くのだった。
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