+18話『待ち合わせ』

 待ちに待った日が到来するのは意外にも早く感じ、いつの間にか終業式――クリスマス当日のホームルームも終了間近だった。


 期末テストの返却も数日前に終了。澄乃は今回も栄えある学年首席の座を勝ち取り、雄一も雄一で自己ベストを更新することとなった。得意の暗記科目ぐらいなら澄乃を超えられないかなあと密かに狙っていたのだが、結果はあえなく惜敗。改めて澄乃の学力の高さが身に沁みた。


 羽目を外し過ぎないように、勉強を疎かにしないように等々、担任の教師が長期休みにおける定番の文句を伝えていき、最後に「解散」の宣言と共に今年の学校生活を締め括った。途端に教室内が活気立つ中、雄一は帰り支度を進めながら隣席の澄乃を見る。


「今日の待ち合わせだけど、駅に六時でいいんだよな?」


「うん。開始が六時半だから、それで大丈夫だと思う」


 今日の澄乃との約束は、都心にほど近い大型公園で行われるイルミネーションを観に行こうというもの。ライトアップ自体は夕方から始まっているのだが、クリスマス当日は噴水やライトを組み合わせた限定ショーが開催されるので、一番のお目当てはそれだ。


 時刻はまだ正午を回ったぐらい。お互い一度家に帰って、改めて夕方に公園の最寄り駅に集合する予定である。


「楽しみだなあ。アイチューブにあった去年の映像もすごく綺麗だったし」


 早くもキラキラと目を輝かせる澄乃。雄一も澄乃から教えられて映像を見たが、確かに力の入れ具合が素晴らしかった。それを直接見れると考えれば、澄乃の興奮具合ももっともだろう。


 そんな二人に、帰り支度を済ませた紗菜と雅人が近付く。


「聞いたよー? 二人でイルミネーション見に行くんだって?」


「雄一もすっかりリア充の仲間入りだな。うむうむ、立派になってくれて誇らしいぞ」


「師匠か何かか」


 何やら感慨深く頷いている雅人に軽くツッコむ。


「でも去年なんて野郎共で駄弁ってただけだろ? それに比べたらすげえ進歩じゃねえか」


「あー、そういやそんなだったか……」


 確か去年のクリスマスは、雅人も含めた同性の友人同士でファミレスやゲーセンで遊んでいただろうか。同性で気兼ねなくというのももちろん楽しかったが、見方によっては寂しい者同士で肩を寄せ合っていたと言えなくもない。


 そういう意味では、今年の雄一は文句無しの勝ち組である。澄乃に感謝だ。


「白取さんみたいな美少女とクリスマスデート、この幸せ者めっ!」


「やめろっ、首絞めんなっ!」


 背後に回り込んだ雅人から首を絞められる。じゃれ合っているうちにクラスの注目も少なからず集めてしまったようで、周囲から嫉妬や羨望といった視線が送られていた。


「チッ、英河も“向こう側”にいったか……!」


「いいなー、白取さん幸せそう」


 少々気恥ずかしそうな澄乃と、それを見て茶化すように小突く紗菜。そんな二人を他所に、雄一は雅人からの物理的ちょっかいに四苦八苦するのだった。













「これでよしっと」


 一度自宅に帰った後、澄乃との約束の約一時間前に雄一は準備を完了させた。


 鏡の中の自分はいつもと違い、ヘアスタイルもしっかり整えた完全デートモード。髪の長さも変わったので多少趣は異なるが、基本的には夏に雅人からレクチャーしてもらったツーブロックスタイルを踏襲した形だ。あれから何度か自分なりに他の髪型も研究してみたが、やはりこれが一番しっくりくる。ファッション面に関しては、まだまだ雅人には及ばないようだ。


 タートルネックのセーターの上からファーの付いたPコートを羽織り、服装の準備も完了。最後にもう一度鏡の前で全体をチェックしてから、澄乃へのプレゼントが入ったバッグを忘れずに手に取る。せっかくのクリスマスデートなのだし、念には念を重ねた方がいいに決まっている。


 自宅を出て駅に向かい、ちょうど良くホームに到着した電車に乗り込む。二十分ほど電車に揺られれば目的の駅に着く予定だ。


 そのままスマホで適当に時間を潰すこと約十分、トークアプリ経由で澄乃からのメッセージが舞い込んだ。


『着いたよー』


 約束の十五分前ぐらいに着く予定だったが、澄乃の到着はそれよりも早かったらしい。『悪い、あと十分ぐらい』と送ると、すぐさまぴしっと敬礼したパンダのスタンプが送り返される。相変わらずのパンダ好きに頬が緩みそうになるが、澄乃を待たせてしまうのは失敗だ。


 次の待ち合わせでは必ず先に到着しようと心に決め、電車に揺られることさらに約十分。電車から降り、人の流れに乗って改札へ向かう。途中の自販機でホットの緑茶とレモネードを買ってから改札を出ると、ほどなくして待ち合わせ場所に辿り着いた。


 当然そこには澄乃がいて、本来ならすぐに声をかけて、待たせたことを詫びるところなのだが、それに反して雄一の足は立ち止まってしまう。


 多くの人で賑わう中、柱に背中を預けて自分を待つ澄乃。その姿が――あまりにも綺麗だったからだ。


 紺色のケープコートに膝丈のフレアスカート。首にはマフラーが巻かれていて、頭上には澄乃の私服ではお馴染みのベレー帽も。全体的にもこもこふわふわとした、実に暖かそうな装いだ。少し冷えてしまったのか、両手に息を吹きかけて擦り合わせる様子がとても可愛らしい。


 紫がかかった銀髪も合わさり、さながら妖精のような佇まい。人込みの中でもすぐに目に付くあたり、澄乃の美貌は留まることを知らない。というか、いつにも増して磨きがかかっている気さえしてくる。


 ふと、雅人から言われた『幸せ者』という言葉が脳裏をよぎる。


(ホント、澄乃みたいな子が恋人だなんて幸せ者だよな……)


 改めて自分の幸福を噛み締める。


 さて、いつまでも見惚れているわけにはいかない。この間も澄乃は待ってるし、うかうかしていると他の男に声をかけられてしまうかもしれない。澄乃の隣を歩けるのは、今までもこれからも自分だけだ。


 そーっと後ろから忍び寄り、「お待たせ」の言葉と共に澄乃の頬にレモネードのペットボトルを押し当てる。「ひゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げた澄乃は、雄一の姿を捉えるとふんわりとした柔らかい笑顔を浮かべた。


「もうっ、びっくりするでしょ」


「悪い悪い。待たせた詫びにどっちでも好きな方をどーぞ」


「じゃあ、レモネードで。えっと――」


 例によって財布から小銭を取り出そうとする澄乃を手で制すると、彼女は頬を膨らませて分かりやすく不服を露わにする。けれど頭を撫でればふにゃりと表情を緩め、くすぐったそうに目を細めた。


「むー……雄くん、撫でればいいとか思ってない?」


「心外な。そんなことを言うとやめるぞ?」


「ああっ、ごめんっ、やめないで欲しいです」


「はいはい……ん?」


 慌てる澄乃の頭をゆっくり撫でる中、雄一は少しの違和感を覚える。


「澄乃、髪切った……ってわけじゃないか?」


「あ、気付いた? 実は学校から帰った後、美容院に行ってきたんだー」


 髪を見せるように、澄乃が首を左右に振る。その動きに合わせて揺れる髪はゆるいウェーブがかかってふわりとしている。髪の長さ自体はそこまで変わっていないので、全体的に整えたといった感じだろう。いつも以上に手入れの行き届いた銀髪は澄乃の魅力を何倍にも引き上げている。


「クリスマス特別バージョン。なんちゃって」


 そう言って得意気に胸を張る澄乃。今日のデートのために手間をかけてきてくれたことが、雄一にとっては嬉しくてたまらない。


 少し気恥ずかしいが、ここは正直な感想を伝えるべきだろう。


「ん、よく似合ってる。可愛い」


「えへへ、ありがとう。雄くんもカッコいいよ」


 ささっと近付いた澄乃が、雄一の腕に自分の腕を絡める。衣服越しでも澄乃の柔らかさや温もりが伝わってくるようで、自然と雄一の気持ちまでも温かく満たされていく。


「少し早いけど行くか」


「うんっ」


 人の流れを見たところ、どうやら自分たちと同じ目的の人は多い。どうせなら早めに行って良いポジションを確保した方が、ショーもより楽しめることだろう。


 澄乃と二人、身を寄せ合いながら、ゆっくりと公園へ続く道を歩き出した。

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