+19話『光に彩られて』
イルミネーションショーの開催地である公園の大きな噴水の前には、すでに多くの人が詰めかけていた。雄一と澄乃が鑑賞場所として選んだのは、そこから少し離れた位置にある高台だ。距離こそ多少あるものの、高さのおかげでこちらの視界を遮るものは何も無く、むしろ近くで見るよりも全体像を捉えやすい。
そう考える人も多いらしく、高台に到着してそう経たない内に周囲には人が増えてきた。
家族や友達でといった形も多いが、やはり比率としてはカップルの方が多い。澄乃とはぐれないように絡め合った腕をそれとなく引き寄せると、澄乃もまた頬を弛ませて身を擦り寄せてきた。
普段、周囲の目がある場所ではそうあからさまに身を寄せ合えないが、今日は別。カップルが多いだけに雰囲気もどこかほわほわと甘ったるく、こうしていても目くじらを立てられることはないだろう。寒空の下で待つに当たって、お互いの温もりは手放すことのできない寒さ対策だ。
少し温くなってしまったホットの緑茶を飲みながら待つこと数分、ショーの開始を告げるアナウンスの後に、一旦周りのイルミネーションから光が消える。
そして、次の瞬間――
「わあ……!」
雄一のすぐ横で、澄乃が感嘆の吐息を漏らした。言葉こそ出さずとも雄一も気持ちは同じで、視線の先で繰り広げられる光と水の共演に目を見開かざるをえない。
赤、青、黄、緑、白と色鮮やかに点灯を繰り返すイルミネーション。それに呼応するように噴き出された幾多もの水流がアーチを描き、冬の夜空に煌びやかな軌跡を刻んでいく。園内に設置されたスピーカーから流れるBGMがさらに雰囲気を助長させ、誰しもが目の前の光景に釘付けになっていた。
「綺麗だね……」
ポツリと呟かされた澄乃の言葉に「だな」と短く応じた直後、不意に吹いた寒風が雄一の首回りを撫でる。首元からコートの内側に冷気が流れ込み、思わず身体がぶるりと震えた。暑かった今年の夏に張り合うように、今年の冬もなかなか寒さが厳しい。
再び緑茶に口を付けるが、温くなった状態では身体を温めるには不十分だった。
開始直前にもう一本買っておけば良かったな、と些細な後悔を感じていると、横合いからくいっと腕を引かれる。もちろんそれは澄乃からのアクションで、視線を向けるや否や、雄一の目の前にマフラーの先端が差し出された。
暖かそうな生地の先――そこにある澄乃の端正な顔立ちは優しい微笑みで彩られていた。
「はい、マフラー一緒に使おう?」
そんな申し出と共に、雄一の返事を待たずにマフラーを巻いてくる澄乃。元々の暖かさにプラスされた澄乃の温もりが伝わってくるようで、冷えていた雄一の身体がじんわりと熱を帯びてくる。
「さんきゅ」
「どういたしまして。ふふ、こうやって好きな人と一緒のマフラー巻くのって、ちょっと憧れだったんだよねえ」
ちょっとと言う割には心底嬉しそうに、寒さで少し赤くなった頬を緩ませて澄乃は笑った。より近付いた澄乃の可愛らしい表情がイルミネーションの灯りに照らされて、普段の二、三割増しで雄一の目に映る。
……ただでさえ魅力的なのに、それが際限なく上がっていくのだから恐れ入る。本当に澄乃は、最高で最愛の恋人だ。
それからしばらくしてショーは終わりを迎え、園内のイルミネーションは通常点灯に戻った。
噴水前や高台に詰め掛けていた人たちが思い思いの場所へ向かう中、雄一は今一度澄乃に「ありがとな」と礼を述べて、マフラーの半分を彼女へと返す。温もりを手放すのは非常に惜しいが、さすがにこのまま歩くのは難儀だ。
さて、雄一たちも雄一たちでこれからのプランに向けて歩き出そうとするわけなのだが、何故か澄乃は噴水の方へ目を向けたまま、じっとしている。いや、正確にはこちらと目を合わせようとしないといった様子か。
「澄乃?」
不思議に思って澄乃の顔を覗き込むと、ようやく澄んだ藍色の瞳と視線が交わる。
どこか潤んだ瞳と、先ほどよりも濃くなった頬の赤み。何かを切り出そうとしていることが読み取れた。
「……あの、ね。この後ケーキ買って、私の家でご飯食べるでしょ……?」
「ああ、そのつもりだけど」
ありがたいことに、今日の夕食は澄乃が腕によりをかけて作ってくれるとのこと。すでに仕込みは終えているらしく、あとはケーキだけ買って、澄乃の自宅でクリスマスディナーに洒落込もうという流れだ。澄乃の料理の腕が身に染みている雄一としては、想像しただけでも涎が出てくるというものである。
ちなみにプレゼントもその時に渡す予定だ。
「ひょっとして、何か問題でもできたか?」
「ううんっ、それは全然、大丈夫なんだけど……」
はて、その割には澄乃の態度は釈然としない。焦らせるわけにもいかないので話を聞く態勢のまま待っていると、澄乃はなにやら深呼吸まで始めた。
澄乃の胸辺りが慌ただしく収縮を繰り返す。
「その、今から言うのはただの提案というか、私のわがままみたいなもので……だから雄くんが無理して聞くことないし……そ、そもそも急な話だと思うからっ、不都合とかあれば、全然断ってくれてもいいんだけど……!」
「お、おう」
捲し立てるような澄乃の言葉に、思わず押されてしまう。一体これから何を言われるのかと雄一が身構える中、澄乃の桜色の唇がその先の言葉を紡ぐ。
「――今日、そのまま泊まっていかない?」
恥じらいという蜜をたっぷりと染み込ませた恋人からのお願いは、雄一の思考回路を容赦なくフリーズさせた。
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