俺はただ、君のヒーローであり続けたい~笑顔の可愛い銀髪美少女とのじれったい恋物語~

木ノ上ヒロマサ

第1章『笑顔の裏に隠れたもの』

第1話『英河雄一』

 ――自分は決して、画面の向こうのヒーローのようにはなれない。


 テレビに映し出される特撮番組を前にそう悟ったのは、一体いつの頃だったろうか。


 別に特別なきっかけがあったわけじゃないと思う。ある日サンタクロースの正体に気付くように、ただ日々の生活の中で疑念が積もって、いつしかそれが芽を出しただけのこと。だから落胆してもショックというほどではなくて、むしろ気付かない内に溜まっていた違和感の正体が分かって納得できたぐらいだった。


 ヒーロー物は変わらず好きだ。けどそれらはあくまで非現実――空想の中のお話だ。


 現実には人体改造を行う悪の秘密結社はいないし、蜘蛛に噛まれたからってトンデモ身体能力が手に入るわけがない。


 世界を滅ぼそうとする巨悪に立ち向かい、全人類を脅威から守る――そんなヒーローに、人はなれはしない。


 けれど、今はこう思う。ヒーローというものは目指すことに、そうあろうとすることに意味があるんじゃないかと。


 画面の向こうの彼らみたいに多くを救うことはできなくても、手を差し伸べない理由にはならない。たとえ救えるのがたった一人だとしても、その一人を心の底から救えれば、それで良い。


 少なくとも、自分は“あの日”そう思ったから。











「ん?」


 高校二年生の英河あいかわ雄一ゆういちがその姿を目にしたのは、うだるような暑さの日だった。


 ゴールデンウィーク真っ只中だというのに照り付ける日差しは強く、雲一つない青空には太陽だけがこれでもかとその存在感を主張している。


 今年の夏は随分とフライング気味だ。


 それでも人間というものは中々強かで、駅から五分ほど歩いた距離にあるこの場所――中央記念公園では盛大な催しが行われていた。その名は『中央さくらまつり』。土日の二日間をかけて行われる、この近辺では最大規模のイベントだ。


 園内の至る所に出店が立ち並び、この日のために用意された特設ステージではバンド演奏やショーなどのプログラムが実施される。気温が高いことを除けば天気の良さも申し分ないので、イベントは想定以上の盛況を博していた。


 そんな人の往来が激しい中、500mlペットボトル×24本の段ボール二箱を抱え、さらに両肘からは袋詰めのロックアイスでいっぱいのビニール袋をぶら下げた重装備の雄一は、ふとその足を止めた。


 一瞬視界をよぎった見覚えのある色が気になり、辺りを見回してみる。そうして視線を巡らせた先で、雄一は一人の少女は見付けた。


「あれは確か……」


 ――白取しらとり澄乃すみの。それが彼女の名前だった。


 去年の十二月の半ばぐらいに、雄一の通う高校にやって来た転校生。年の終わりというなんとも微妙な時期だったこともあり、元々転校前からちらほらと噂にはなっていた。そして本人が姿を現すこととなった転校初日、彼女は一躍時の人となった。


 理由は単純明快――白取澄乃という少女はとんでもない美少女だったのである。


 ふわりと広がる紫がかった銀のロングヘアーに、長い睫毛に縁どられた藍色の瞳。目鼻立ちははっきりとしていて、透明感のある白い肌にシミやくすみは見当たらない。手足は細く全体的にすらっとしているのに、その癖出るところ出て引っ込むところは引っ込むという抜群のスタイル。


 まさしく十代女性の黄金比に則って創り上げられたと言っても過言ではない造形美だ。


 これだけでも十分過ぎるほどだと言うのに、加えて成績優秀、品行方正、スポーツに関しても特に苦手といった話は聞かない。そんな自分の優秀さを鼻にかけることもなく、落ち着きがあって、誰に対しても人当たりが良い等々、彼女を称える言葉は枚挙にいとまがない。


 雄一は同級生でありながらも去年は別クラスだったので、その様を伝聞程度でしか知らなかったが、今年はなんと同じクラス。実際に澄乃の日常を目の当たりにして呆気にとられた。


 あまりに噂通り――いや、直接見聞きしてみると、その神々しさは噂以上だった。


 ゲーム好きのクラスメイトが「ガチャなら最高レアリティだな」という評価を下したのも記憶に新しい。


 結局、転校から半年経った今でも、澄乃の人気は留まることを知らない。むしろ半年の間でその地位を盤石のものにしたと言うべきか。


 とにもかくにも、そんな彼女の華やかな外見が雄一の目に留まったわけだったのだが、何もそれだけが理由ではない。


 澄乃の現在の状況を観察して、雄一は少し目を細める。


(友達……ってわけじゃなさそうだよなあ)


 澄乃は今、大学生ぐらいの二人組の男と何かを話しているようだった。けれどその様子は少しばかりおかしい。会話というよりは、二人がかりで澄乃を引き留めようと身振り手振りを駆使しているようで、遠目から見てもそのしつこさが伝わってくる。


 まあ、間違いなく、ナンパの類だろう。


 そう結論付けたところで、雄一はゆるくため息を吐いた。


 雄一も一人の男として、澄乃に声をかけたくなる気持ちは十分理解できる。


 なにせ彼女は、こんな人がごった返している中でも目に留まるほどの美貌の持ち主。なんとか繋がりを作って、あわよくば彼氏彼女の関係に発展させたくなるのも当然の反応だ。もし澄乃と恋人関係になれたとしたら、少なくとも恋愛面に関しては文句無しの勝ち組と言っていい。


 けれど、だからと言って、無理やり持ち込もうとするのは良くない。声をかけて、断られたらそこで終わり。縁がなかったと思って潔く身を引くべきだ。それがスマートな誘い方と言うものだろう。


 ――まあ、生まれてこの方ナンパなんてしたことがない雄一としては、あくまでイメージの話になるのだが。


(あれは手を貸した方がいいな)


 ナンパも中々終わりそうにないので、雄一は助け船を出すことにした。


 所詮はクラスメイトとしての薄い関係性でしかないが、雄一の主義として、困っている人は見過すわけにはいかない。しかもそれが絶世の美少女とくれば、男として少なからず奮い立つものがある。


 結局、自分も澄乃の美貌に少なからず魅入られていることに気付いた雄一は、苦笑しながらもそちらの方に足を向けた。

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